第446回 番組審議会議事録

1.開催年月日
平成15年10月10日
2.開催場所 読売テレビ本社
3.委員の出席 委員総数 10名
出席委員数

7名

出席委員の氏名 熊谷信昭、林 千代、馬淵かの子、野村明雄、
阪口祐康、老川祥一、川島康生
欠席委員の氏名 秋山喜久、金剛育子、佐古和枝
会社側出席者 土井共成 (代表取締役会長兼社長) 以下13名
4.審議の概要 テーマ及び視聴合評対象番組
テーマ 「政治・選挙とテレビ番組」
視聴合評番組 「ウェークアップ! ~自民党総裁選スペシャル~」
放送日時 9月13日(土)午前8時00分~9時25分
放送エリア 全国ネット
 10月の番組審議会は10月10日(金)読売テレビ本社で行われ、報道番組「ウェークアップ!」を視聴合評するとともに、「政治・選挙とテレビ」について意見を交換した。
 委員からは「番組の中で『独裁者』とか『うそつき』などと政治家がインタビューの中で使った言葉が断片的に使われていた。このような表現が必要なのだろうか」「番組では全編自民党の総裁選をテーマに展開していたが、それは引き続き自民党が政権を担当するという前提に立っているのではないか」など、視聴した番組について様々な意見が出された。
 また、「テレビ番組ではしばしば司会者が、最後に短くコメントして終わることがある。そのコメントによってそれまでの議論がすべて帳消しになり、コメントだけが印象に残る結果になるのは公平性の上で問題がある」「テレビ特有の問題として『善玉』『悪玉』に分けて表現しがちなことがある。そうした表現を繰り返すことが、政治不信を更に深刻化させる一因となっているのではないか」など、テレビが政治や選挙について伝える際の問題点が指摘された。

【議事録】
(社側)まず、土井会長から、泉社長の逝去についてご報告をさせていただきます。

(社側)本当に長い間、泉がお世話になりましてありがとうございました。泉は、きのう、10月9日午前2時31分に東京の済生会中央病院で亡くなりました。
もともと胆嚢に障害がありまして、その治療を続けていたのですが、夏前から体調がすぐれませんでした。それでも元気で、私たちと話をしていたのですが、9月26日の金曜日に東京へ帰りまして、非常に体調がすぐれないということで入院をいたしました。
その後、10月4日の土曜日に急変いたしまして、特に悪くなりました。ここにおります高田専務と私が、亡くなる1日半前に済生会中央病院で会いましたときは、意識もはっきりしておりまして、「よろしく頼む」と言葉もはっきりと話していたので、大丈夫かなと思っていたのですけれども、9日の朝、そういうことになりました。
本日、これから東京の築地本願寺別院でお通夜をいたしまして、明日、密葬をいたします。後日、「お別れの会」を大阪で行いたいと思っております。
本当にまじめ一筋で、最後の方は気力だけで務めていたようです。痩せていたのを、皆さまもご覧になっていただいたと思いますけれども、主治医の方に最後に「完全燃焼されました」と言っていただきましたので、それが私どもの救いだと思っております。
長い間ありがとうございました。

(社側)黙祷をいたしたいと思いますので、ご起立をお願いいたします。
黙祷

(一同起立 黙祷)

(社側)それでは10月度の読売テレビ番組審議会を始めさせていただきます。
本日のテーマはほかでもありませんが「選挙と政治」でございます。ご承知のように、きょう午後に国会の衆議院が解散され、11月の投票に向けて総選挙が行われる運びとなり、選挙の季節の到来でございます。そこで本日は「選挙とテレビ」「政治とテレビ」について、幅広く皆さまのご意見をお伺いしたいと思っております。
まず審査室長から、選挙や政治に対する読売テレビの基本的な姿勢につきまして説明をいたします。

(社側)今、話がありましたように、きょう午後1時からの衆議院本会議で衆議院が解散される運びとなっており、10月28日公示、11月9日投票という日程で選挙戦に突入していきます。いろいろ焦点はあると思いますが、小泉自民党と新しい民主党との対決を軸に選挙戦が展開されていくだろうと思われます。また、地元の方に目を移しますと、11月30日に大阪市長選がございますし、年が明けますと大阪府知事選が2月1日に予定されているということで、「政治の季節」を迎えることになります。
お手元に、読売テレビの「報道・番組制作ガイドライン」から「政治的公平と選挙」という部分をコピーしたものを、お配りさせていただいています。日ごろから政治報道にあたりましては、放送法にも定められた政治的公平の確保に注意しながら、事柄の重要性、つまりニュースバリューに応じた報道をするべく取り組んでいるというところでございます。
「政治的公平」と書いてございますが、政治的公平とは、機械的に均等に時間を配分することや中道意見を出すということではなくて、異なる意見を偏らずに公平に紹介して論点を明らかにしていくということだと位置づけております。もちろん取り上げる内容によりましては、その瞬間だけを切り取れば政治的公平性を損なう可能性はあるのですが、中長期的な流れの中で各勢力に、いろいろ配慮しながら公平性を確保していくということを心がけて進めているわけです。
選挙戦に入りますと、放送法だけではなくて、公職選挙法にも注意を要するなど、慎重さが一層必要になってきます。公職選挙法の中にも選挙報道に関して、報道とか評論の自由が基本的に保障されているのですが、選挙の公正を害することがないように、細かい点にまで配慮してやっていかなければいけないということになります。
どのようなことかといいますと、例えば出馬宣言などで特定の候補者を取り上げる場合は、強弱とか、露出差別が起きないように、きちんと他の候補者にも配慮していかなければいけません。また、党首が第一声をする場合や、党首の投票風景については公平に扱わなければいけません。さらに、小選挙区の選挙を取り上げる場合は、公示後なら立候補者全員を取り上げなければなりませんし、公示前でも立候補予定者として確定している者については、何らかの形で全員取り上げなければいけません。特に小選挙区については公平性を欠く報道が特定候補者に決定的な利害を及ぼす恐れが強いということで、より慎重に対応しなければいけません。
ガイドラインには、そうした、いろいろなことがあげられていまして、そうしたことに十分注意、配慮を払いながら取材報道に取り組んでいくということになります。
それから、もう一つ、選挙期間中の政治家のテレビ出演について触れさせていただきます。資料に「政治家の番組起用について」というところがございますが、もちろん選挙期間中であっても、党首の会見であるとか、党首や幹事長が顔を揃えて番組に出演して、議論をするのは、その人が仮に候補者であっても、それは容認され、放送していいということになっております。また、候補者が政党を代表して番組に出る場合も、出演は容認されるというスタンスでやっております。
ただ最近、ご存じのように、そのほかの議員がいろいろなトークショーとかバラエティーも含めて幅広く、テレビ番組に出演する流れが続いております。中には準レギュラークラスといいますか、自らのホームページにテレビ出演の予告欄を設けてPRしている議員もいるという状況がございます。ガイドラインにも書いてありますが、現職議員や立候補を表明している人などについては、公示1か月前から選挙終了まで出演を自粛していただくことにしております。
ただ、今回読売テレビは、日本テレビとも調整確認の上、衆議院選挙に出馬する人はもちろんなのですが、総選挙には直接関係のない参議院議員や自治体首長についても出演させないことを取り決めました。読売テレビに出演している政治家の具体的例を挙げますと『ウェークアップ!』によく出られます舛添参議院議員、それから荒井広幸議員、このかたは衆議院福島3区ですね。それから松沢神奈川県知事や中田横浜市長、それから『たかじんのそこまで言って委員会』の平沢勝栄衆議院議員、この方は衆議院の東京17区です。こういう方々がよく出演しています。また、ほかにも、その都度のゲストとして、いろいろな政治家が出演されています。
今回の取り決めに当てはめますと、先ほども申しましたように、荒井議員とか、平沢議員は衆議院の候補者でもありますので当然なのですけれども、舛添議員ら参議院議員や中田横浜市長ら自治体首長についても、このルールに当てはめていこうということになりました。
と申しますのは、出演していただくと、どうしても政党や政策のPRとか、批判とか、そういうものが話の中に出てくる可能性が非常に高いわけでして、比例区選挙への影響なども考慮すれば、出演は控えていただいた方がいいだろうという判断を日本テレビとも相談の上、今回いたしました。
先月の中旬に審査室の考査総括責任者から報道局、制作局に連絡、確認を既にしております。選挙のスケジュールが確定していなかったため、公示の日から逆算してぴったり、この日からというわけにはまいりませんでしたけれども、大体9月の最終週から、そうした方々も含めて番組への出演はやめていただいているという状況が続いております。
いずれにしましても選挙というのは候補者においても、政党においても最も重要なもので、本人や党の消長にも関わってくるものだけに、我々としても非常に注意深く、これからも対応をしていきたいと思っております。

(社側)続きまして、きょうご覧になっていただく報道番組『ウェークアップ!』のチーフプロデューサーから、具体的に番組を制作している立場から、政治や選挙に関してどのようなスタンスをとっているかを説明いたします。

(社側)これから見ていただくVTRは、先日ありました自民党の総裁選の候補者4人の方に出演していただいて、東京から生放送したものでございます。
通常、総理大臣は個別の番組には出られないということになっているそうですが、今回につきましては自民党というか、小泉総理に、「自民党総裁として、積極的にマスコミにも出たい」という意向があり、各系列に2番組ずつという約束でテレビ出演しました。『ウェークアップ!』に限りましては、お手元の資料にもありますように、過去95年と01年にも自民党の総裁選で討論をやっておりますので、そういった実績も自民党の方で考慮していただいた模様で、1系列2番組という枠に入れずに、特別に出演していただけることになり、番組が成立いたしました。
それと先ほど説明がありましたように選挙が近づいてきましたので、議員とか、自治体の首長の方は、今は出演を控えていただいていますが、「ウェークアップ!」では、通常、何人かの政治家に出演していただいています。今までに出演された方は多数いらっしゃいますが、頻繁に出ていらっしゃる方は5、6人です。
出演する政治家をどのように選んでいるかといいますと、もちろん政治的公平性を守るということが第一ですが、毎回々々すべての党派の方を揃えるというわけにはいきません。そこで、長いスパンで見て、視聴者の方に「自民党ばかり出している」とか「民主党ばかり出している」と思われないように配慮して選んでおります。
具体的には、その時々の話題の方とか、将来リーダーになる可能性がある方、そして、特定の分野の専門家などに出演を依頼しています。専門家の場合は、例えば安全保障をテーマにする場合は安全保障の専門家とか、社会保障の専門家とかいう観点で選んでおります。
「ウェークアップ!」は、ガイドラインにもありましたように、今のところは、政治家の出演を見合わせていますが、政治とか、行政問題を真正面から取り上げる番組ですので、議員の方や自治体の首長の方などには、ぜひ出ていただきたいと思っておりますので、選挙が終わりましたら通常の形で公平性に配慮しながら出演を引き続きお願いしたいと思っています。

<VTR視聴>
「政治とマスコミ」「選挙とマスコミ」というのは非常に難しい問題であると同時に極めて重要な問題でもございます。特に最初に審査室長からお話がございましたように、衆議院選挙が始まるようでございますし、地元関西では大阪市長選挙、大阪府知事選挙などが間近に迫っております。
そういう状況の中で、きょうは視聴させていただいた番組にとらわれずに、「マスコミと選挙」「マスコミと政治」の問題について、委員の皆さまが日ごろから考えておられること、また感じておられることなどを、ご自由に、かつ率直にお話しいただきたいと思います。

日ごろ私が感じていることですけれども、マスメディアが政治に関して何らかの報道をすることによって、何かしら影響があること自体、これはもう否定しようがありません。公平と言ってもいろいろな角度があるわけで、いくら公平を保とうとしても、一方から見れば多少こちらの方に偏っているのではないか、と見られることは、やむを得ないところだと思います。
では放送法などで言われている公平というのは何かと考えますと、私が思うには、事実あるいは根拠に基づいて対立点を明らかにしていくということが、やはり根本だと思うのです。
そういう意味から、私がちょっと最近気になるのは、映像の撮り方とかは、なるべく公平にいろいろ配慮しているのはよく分かるのです。しかし、司会者やコメンテーターが、その番組の最後に、コメントというのか、感想というのかを言うことで、私が見ている限りでは、今までの議論を吹っ飛ばしてしまうようなことがあります。最後にちょろっと言ったコメントだけが、見ている方には印象に残ってしまうのです。
そのコメントの内容は、別に事実とか根拠を示すのではなく、単なる感想的なもので、それによって印象が決まってしまいます。これは、私は公平ではないと思うのです。なぜかというと、事実とか根拠に基づいていないことだから、公平ではないと思うのです。
いろいろな番組を、私どもは見る機会がありますけれども、最近私が一番気になるところは、その点です。視聴した番組には、そのようなことは感じませんでしたが、番組制作者側としては、やはり司会者のコメント、特に最後のコメントにかなり気をつけなければならないところが、含まれているのではないか、というのが私の意見です。

見せていただいた番組に関して言えば、政治的公平とか、放送法的な観点からの問題は、特段ないと思います。
ちょっと気になったのは、一つは、番組の冒頭の、それぞれの候補者を紹介する部分で、高村候補者について「武闘派」という位置づけでした。少林寺拳法三段だからという意味だろうけれども、政界で彼を武闘派と思っている人は一人もいないのですよね。武術には造詣が深いというか、有段者だけれども、政界で武闘派というのは、昔いた、梶山静六さんとかのことを言うのです。高村さんは、ああいう人たちが言われたような、政治家としての武闘派ではないので、ああいう性格づけというのは不正確だなという感じがしました。
もうひとつは、専門家の質問が、非常に正確に言おうとしているために、ちょっと細かすぎて、一般の人に分かりづらいという感じがありました。だから、逆に答える方に、極めて大ざっぱなスローガン的なことを言われて、それで終わってしまうのですね。そういう意味で、ちょっともどかしさが残りました。
みんな、何となくもどかしい思いをしているのは「小泉首相の改革というのは何なんだ」という、そこが分からないからなのです。聞いても、どうせまたはぐらかすに決まっているけれども、その辺をスパッと聞いてもらった方が、よかったと思います。素人的に見ていると、そこら辺、ちょっともどしかったなという感じがします。
それから、放送というか、報道と政治について一般的なことを言いますと、アメリカの大統領選挙などの分析でもそうで、よくメディア論で問題になるけれども、テレビあるいは報道は選挙というものをドッグレース的に、どうしても勝ち負けの観点で報道します。本当はもっと政策であるとか、内外の情勢について有権者はどう考えるべきか、というようなことを伝えるべきなのですが、どうしても、こっちが競り合って優勢であるとか、そういう観点で伝えてしまいます。
そうすると見ている人も何となく傍観者的な気分になり、自分が政治の主体ではなくて、「競馬の勝ち馬はどっちかな?」という視点でしか見なくなってしまう弊害が、メディア論では指摘されており、私もそういう面があると思います。
しかし、私自身は、新聞の報道をする立場で、やはり何党が優勢であるか否かということが、気になります。これは、特に国会の選挙の場合は議席の多い少ないが一番のポイントになってきますので、それはそれである程度、やむを得ないことだと思うのです。
一方、テレビ特有の問題としては、そういう勝ち負けだけではなくて、もう一つの問題は、番組のつくり方として善玉悪玉に分けて表現する傾向がある、これなのです。「椿事件」については、ガイドラインの170ページに一例として挙げられていて、この解説によると椿の真意はいろいろあるのだけれども、妙な言葉だけが、一部をつまんでピックアップされてしまったと、こういう解説になっています。
しかし、私の知っている限りでは椿の問題は、あのときの選挙にあたって、佐藤孝行と梶山静六がひそひそ話をしている映像をとらえて、これを「いかにも悪代官に見えるんだ」「これがいいんですね」「だからこれを繰り返し放送したんです」ということを言っているのです。そこが私は問題だと思うのですね。
しかも、あの映像は政治改革とは全く関係のない国会の本会議場における場面でしたが、それを繰り返し、繰り返し放送した。そういうところに彼の発言の一番の問題があったのではないかと、私は思うのです。
そういう意味で、新聞と違ってテレビの場合は、いわゆる娯楽性を持たせて報道しようという姿勢、単にニュースを伝えるのではなくて、番組の表現の仕方として、善玉悪玉的なとらえ方をした方がやりやすいのだと思うのです。ここら辺がやはり一つの問題になるところではないのかなと思います。
そういうことによって政治というものが相も変わらず、どうしようもない世界なのだなということを繰り返し、繰り返し放送する。新聞にも、そういう傾向がありますから我々自身、自戒しているのです。こうしたことを、メディア論でいえば「冷笑の螺旋」というのです。「Spiral of Cynicism」ですね。つまり、そうやって冷ややかに他人事のように見る。そういう気分というものが螺旋的に拡大していって、これが、政治不信を招いて、ますます政治がおかしくなる原因の一つになると指摘されているのです。
そういう問題にもつながっていく非常に深い問題だと思うので、我々自身、報道に携わる立場として、日ごろから気をつけなければいけないと思っております。

私は、全体的に、テレビについて言わせていただきます。すでに、テレビ放送が始まって、50年近くになります。日本国民の大半が、生まれたときからテレビというものに接していると思うのです。その中でも私の周囲には、比較的早くテレビが入っていたと思います。
その頃は視聴率を測るために、電通から番組の一覧表が来まして、「何が面白かったか?」という質問に○をつけて、それを電通に送り返すという形で統計を取っていたように思います。その時代のテレビ番組を思い返しますと、もうちょっと上質な番組が多かったと思うのです。
今回この番組を見せていただいたときに思ったことは、『ウェークアップ!』という番組について言えば、テレビ局が視聴率を優先して番組を編成していることを考えた場合、こういう番組をゴールデンタイムに持っていくということは、まずないと思うのです。番組の中でテーマになっていた、21世紀の日本がどうなるのか?どうするのか?ということは、やはり国民全員が考えなければならないことです。
ですから、こういう番組をもう少しいい時間にまず持ってきてもらって、テレビというもの、メディアというものを国民の中に浸透させていってほしいと思います。
最近、視聴率競争が激しいのか、だんだん大阪弁で言うと「えげつなさ」が目立ってきているように思うのです。そういうことを考えたときに、こういう番組を、もう少しきちんとした時間帯へ持ってきてもらうことが大事だと思います。
また、今回この番組を見せていただきましたが、非常に抽象的すぎるという印象を受けました。一般的な主婦を対象にした場合に、あまりにも抽象論で、具体的にこれからの日本がどうなるのかということがよく分からず、心に響くものがなかったように思うのです。それは番組のコンセプトとか、それから司会者の準備とかが十分でなく、この4人の候補者から引き出すものがなかったように思います。
それと、自民党の総裁選挙に関して言えば、国民が、それぞれが投票するわけではないから、いくら、いろいろなことを言われても直接には関係ないと思ってしまうのです。だから、あまり響いてくるものがなかったように思います。
年金制度にしても、候補者の意見を踏まえて我々が投票するのであれば、もっと熱心になれたかと思うのですけれども、直接関係なく、自民党の中だけの話で、その中ですら意見が分かれているということで、いまひとつ関心が持てなかったのではないでしょうか。一体この4人は、自民党は、この国をどうしていこうとしているのか、そのことが疑問として残りました。
それから、もう一つはナレーションの声が妙に気になりました。というのは、ワイドショーでいつもよく聞く声に、とても似ているのです。ワイドショーで番組自体をおちょくっている声と同じような声が耳について、この番組のナレーションとしては、ふさわしくなかったと感じました。

きょうの番組は、あまり批判するようなことが少ないのではないかと思いました。というのは番組審議会というのは、そもそも何であるかということから考えますと、番組の中で展開された討論の内容に、あまり立ち入ってお話するのが審議会の役目であるようにはちょっと思えないのです。そうすると、こういった番組をつくられたということについての批判ということになるのですが、あまり申し上げることがないのではないかと思ったのです。
先ほどお話がありましたが、こういうトークの最後に司会者がちらっと言うことが、非常に影響が大きいと思います。しかも、それが不見識なものであると、甚だ不愉快であるというのは、これはもう全くそのとおりであります。その一番激しかった司会者が、間もなくおやめになるのですか?そういう点からいうと、文珍さんは役割をわきまえて、呼び出しに徹しておられるような気がいたします。
それとは逆に、司会者の中には、自分の見識をひけらかすために、討論者の話を途中でちょん切って割って入って自分の意見を述べる人もいます。これも、実に嫌らしいので、そういう点からいうと文珍さんという人が、この番組の司会をしておられるのは、私は悪くはないのではないかなと思います。
特に、この方が司会しておられるがために、平生、政治などにまるで興味のないような人たちも、この番組を見るということになると、それはそれなりの効果があったのではないかなという気がいたしております。
討論の内容は、いろいろご批判があると思いますけれども、これはここで言うのではなしに、出演した方に向けられるべき批判ですから言ってもしょうがないと思うのです。けれども、この番組は自民党をオープンにしたという点では、非常によかったのではないかという気がいたします。
ただ、その討論の内容から教育が抜けていましたね。委員長もそうですけれども、私も教育者として、今の日本のすべての悪の根源は教育にあったと思っておりますので、この問題が抜けていたことは、ちょっと残念でした。
番組の冒頭の「暇になったら何をしますか」という、あのような話はいらないのではないかと思います。そのような時間があるのならば、教育のことを入れていただいてもよかったのではないか、という気がいたします。番組の中で皆さんが討論された内容については、幾らでも言いたいことがありますけれども、別のところでお話ししたいと思っています。

番組に対する評価の差は、ものの見方が違いますから当然のことですし、それはそれでいいと思うのですね。やむを得ないとも思います。
この番組に関して言えば、私の個人的な感想ですけれども、事前におそらく小泉さんが圧勝するだろうという予感を持っておりましたので、この討論も巧まずして優劣が現れていたと思います。ですから、我々一般の視聴者が予測していたとおりの議論が展開されて、結果として、非常に分かりやすい番組であったと思います。
次に一般論ですけれども、番組に政治家が出演してコメンテーターやいろいろな方々と議論するときに、言葉の定義が共通していて、同じ認識に立っているのだろうかどうかという心配があります。結局、議論がすれ違ってしまうと、その結果、テレビの番組として何が残るかというと、感性とか、イメージとか、場合によるとビジュアル系がどうとかと、そのような感覚になってしまうのですね。これはひょっとすると、衆愚に道を開くことになるのではないかと、そういう感想を持っております。
それから、もう一つは、常に劣勢にある側に肩入れする編集が行われていると感じます。これは、判官びいきのようにも見えますけれども、実は、深く掘り探っていくと椿発言と同じ感覚ではないかと思うのですね。批判勢力に加担し、反体制を支援するという姿勢です。それが政治的意識を持って行われるとすれば、これはおかしいのではないか、不公平ではないかと、そう思います。
それから、これは先ほども話に出たことですが、断片的に反論のしようのない結論的意見が、いろいろな人によって挿入されることは極めて不当であると思います。この番組でも「500%分からない」というおっしゃり方は、あの時点では仕方がないのかなとは思いますけれども、しかし意識的に混乱させる発言というか、おっしゃる必要のない発言だと思います。
それから、もう一つは「独裁者」とか「うそつき」という、政治家の発言の断片的なところだけをVTRの部分で使っていましたが、あそこでなぜあのようなものが必要なのでしょうか。さらに言えば、いわゆる総裁選ですから、衆議院の選挙とは違いますけれども、一般の人の声として「景気がよくなれば誰がなってもいい」というものをあえて紹介する、それは我々の感覚からすると「無責任なことを意識的に宣伝するんだな」と、そういう印象になってしまいます。

この番組は放送当日の朝、見まして、ビデオを送っていただいて、また見まして、きょうも見たのですけれども、やはり私は、「政治はよく分かりません」という感じでお手上げなのですよ。ビデオを2、3日前に、娘と一緒に見たのですけれども、総裁選挙の結果が分かっていて、小泉さんが圧倒的に勝たれた後で見たので、「ああ、もう自信満々やね」という感じでした。
小泉さんはあまり発言もなさらなかったし、時間も満杯に使わなかったし、映っている時間も非常に短かったような気がするのです。ほかの人は「まだ10秒あるぞ」とか言うぐらい一生懸命しゃべられたのですが、小泉さんは自信満々で、やはり票を開けてみると結果は予想と同じようなものでした。
ごく普通の人がボケッと朝の時間に、この番組を何かしながらちらちら見ていたとすると、先ほどお話がありましたが、ビジュアル系というのかな?話の内容より顔つきや服装が気になります。やはり亀井さんなどは非常に損をしますよね。男の人は六十を超えてくると、自分の風貌にその人のこれまでの行いが現れてくると昔聞きました。「行いがいい人は、いい風貌になるぞ」とか、そういうふうな感覚でボーっと見ていましたら「亀井さんは、えらい損するね」と、娘も言うのです。そういう感覚で見ると、小泉さんは何となく欠点のないお顔ですし、シャープなお顔をしていらっしゃるので「得やな」という感覚で見ていました。
政治家も、これからはああいうふうにビジュアル系が得をするのでしょうか。人気取りではないのですが、ハンサムでなくても、着ているものとか、髪型だとか、身だしなみに注意して、ああいうところへ出てきた方が得だと思います。普通の人たちは、目に見えるところから「あの人嫌いや」と判断してしまいます。そういいますと、藤井さんと高村さんは「個性がないね」と、私の娘も、そのような感覚なのです。
私どもは、そういうことばかり言いながらビデオを見ており、あまり掘り下げて考えていなかったので、先ほどの皆さまのお話を聞いていると「なるほど、そういう見方をしないといけないんだ」と私自身が勉強いたしました。

この番組について言えば、印象に残ったことがふたつあります。ひとつは、自民党という一つの政党の中での党首選びに、1時間をはるかに超える時間を充てた、というのは、暗黙のうちに「日本の政治は自民党で決まるんだ」ということを前提にしている、そういうことになる感じがするわけですね。
実際、ほかの政党の代表選びや党首選びについては、こんなに時間をかけて、その候補の意見や考え方を述べさせたり、討論させたりはしていない。しかも、今は政権与党で衆議院の過半数を持っておりますから、自民党の総裁は、とりあえずは内閣総理大臣になりますから、日本の政治に直結しているのですけれども、解散も近いということはみんな知っておりますし、自由党と民主党が合体して大きい野党になるということも分かっておるのです。
そういうときに、自民党の総裁選挙に、これだけの時間をかけるというのは、一つは「自民党が結局は日本の政治をやるんですよ」ということを前提としているのではないかというのが一つですね。
二つ目は、それでも、みんなの関心があればやればいいので、こういう番組をつくって放送すれば視聴率が十分得られるだろうというお考えがあったのではないかと思います。悪いことではありませんけれども、候補者の4人がおっしゃっていることは、実質的には同じことで、基本的には何も差がないのです。表現の違いぐらいのものしかないのですが、しかし顔つきもみんな違うし、表現の仕方も違うから何となくヤジ馬的な興味があって、私も見るのです。そういう視聴者の、いわばヤジ馬的興味、そういうものを考えて視聴率も取れそうな番組だということで、おつくりになったのかなというのが、もう1点、印象としてありました。
どちらも間違っているとも言えないし、悪いことであるとも言えませんが、そういう印象を受けたのです。
放送、新聞も含めてマスコミと政治や選挙との関係で言えば、先ほどもお話がありましたが、いろいろな放送コードや何かで局のキャスターなどは十分心得ておられると思うのですけれども、解説者とか、コメンテーターとかは、必ずしも中立性が極めて高いとは限らないですね。
新聞の場合も、新聞の指導性と中立性というのは基本的な課題としても古くから議論されています。マスコミには、世論を"誘導"というと語弊がありますけれども、社会や国民の考え方を、その新聞社の考え方でリードすることが、よいことでもあるし、使命でもあるという考え方があります。
一方、中立性というものもある。そこが一番、やはり難しいところだと思うのです。
先ほどのお話のように司会者とかコメンテーターの発言が、自分の考えに合わないときは本当にむかつきますわな。しかも後に議論が続かない最後の締めくくりで司会者とか、コメンテーターが言う一言というのが自分の考えと合わないと、そのあとしばらくは、本当に不愉快です。
その辺が、難しいところではないかと思います。あまり毒にも薬にもならないことしか言わない人では面白くないし、「この人を呼んでくれば、こういうことを言うだろう」「この問題についてはこういうことを言うだろう」ということが、あらかじめ、ほぼ確実に予測できる解説者とか、コメンテーターを出演させるというのは、結局は、その番組の制作者あるいはその局の考え方を、やはり表しているわけですね。
そういう意味では読者は、中立性をいくら言われても、「この新聞はこういう考え方なんだな」ということを感じます。テレビについても同じだと思うのです。だから、これは大変難しいことではないのかと思いますが、影響も大きいだけに、非常に重要な問題でもある、と思っております。
制作者の側からも反論、コメントをやはりお聞きしないと不公平なので、ございましたらご遠慮なくおっしゃってください。

(社側)今、お話しのあった司会者の問題ですが、文珍さんについて申し上げますと、ご自身が、いわゆるジャーナリストではないということを自覚されています。実は、番組の前の日に打ち合わせをするのですが、そのときに文珍さんは、あまり自分のご意見はおっしゃいませんが、「私は、こう考えるんですよ」というようなことを、おっしゃいます。
その際に非常に大事だなと思うのは、きょう番組に出ていました岩田解説委員や私が立ち会っているのですが、我々が「それはおっしゃるとおりだと思います。私たちもそういうふうに思います」と言えば、番組の中でおっしゃることが多いですし、「いや、こういう見方もあるのではないでしょうか」など、はっきり否定しないまでも「ちょっと違うんじゃないか」という意味のことを言うと、決して番組ではおっしゃいません。
そこで機械的に発言をチェックしているということではありませんが、そこは阿吽の呼吸なのです。それはアシスタントの酒井ゆきえさんも同じですけれども、前の日の打ち合わせのときに「きょうのテーマについては、私はこういう考えです」というようなディスカッションをやっております。
コメンテーターについても、人にもよりますが、番組が始まる前に、私か、時には部長と一緒に話をしています。その時々の話題についてコメンテーターが、いろいろお話されて、我々とディスカッションをして、こちらが「そうですよね」というようなことは、番組でおっしゃることが多いようです。
やはり、番組制作者の姿勢が非常に大事だと感じております。
それともう一つ、先ほどお話がありましたが、「自民党総裁選を1時間半もやって、視聴率が…」というお話でしたが、正直に申し上げますと、私と岩田が当初2人で話し合ったときには「45分ぐらいでいいんじゃないか」と考えていました。というのは、先ほどお話もありましたように、小泉さんが勝つことが、ほぼ決まっているし、自民党の中だけのことなので、逆に視聴率があまり取れないのではないかと判断していたのです。
結果的には、おかげさまでそこそこの視聴率が取れましたが、当初は「45分ぐらいでいいんじゃないか」というのが2人の考えだったのです。ところが、制作者の会議で、若い制作者を中心に「やはり自民党の総裁は総理大臣になるのだし、この際ゆっくりと考えを聞きたい」「やるなら全部やりましょう」という意見が多く出されました。視聴率だけを目指してやっているわけではないのですけれども、45分ではなしに全部やると、視聴率は取れないだろうな、ちょっと厳しいのではないかな、と思っていたのですが、逆の結果になりました。
自民党だけを取り上げたということにつきましては、先ほど長いスパンで考えて公平性を保っていく、というお話をしましたけれども、実は資料にもありますように、02年のときに民主党の党首選を、今回と同じように90分間やりました。そのときはさすがに反対意見がすごく多くて「民主党の党首選なんて全然興味がない」と「視聴率もとれない」と、制作者の中でも意見が分かれました。
そのときに民主党がすぐに政権につくとは思えませんでしたけれども、最大野党でありますし、一度聞いてみようということで、90分間ぶち抜きで候補者の皆さんを呼んでやりました。視聴率は、思っていたとおり、あまりよくなかったです。
それから私が制作に携わる前ですけれども、これは極めて珍しいと思いますが「共産党は日本を救うのか」というタイトルで、90分間ぶち抜きで、共産党の委員長を呼んでやったこともございます。

ちなみに視聴率は何%で、普段の『ウェークアップ!』と比べてどうですか。

(社側)このときは東京が9.8%、大阪は6.7%、どちらも大体今年の、平均的な視聴率でした。

(社側)最後に次回の予定の確認ですが、次回は11月14日の金曜日、午前11時から、この場所で開催させていただきます。ご確認をよろしくお願いします。本日はご審議ありがとうございました。
  • 平成15年度読売テレビ番組審議会委員
  • 委員長    熊谷信昭   兵庫県立大学名誉学長、大阪大学名誉教授
  • 副委員長    馬淵かの子   兵庫県水泳連盟   顧問   元オリンピック日本代表
  • 副委員長    川島康生   国立循環器病研究センター   名誉総長
  • 委員    秋山喜久   関西電力株式会社  顧問
  • 委員    金剛育子   能楽「金剛流」宗家夫人
  • 委員    林  千代   脚本家
  • 委員    阪口祐康   弁護士
  • 委員    佐古和枝   関西外国語大学教授
  • 委員    北前雅人   大阪ガス株式会社   代表取締役副社長執行役員
  • 委員    谷  高志   読売新聞大阪本社   専務取締役編集担当