今回の配達先はケニア共和国のカイモシ。貧困にあえぐこの地区に学校建設を夢見て日本での仕事をリタイアし、移住した長田博文さん(60)、寿和子さん(59)夫妻と、大阪に住む娘の真希さん(24)、息子の賢さん(32)をつなぐ。真希さんの就職を機に、家を売り払ってケニアに行ってしまった両親。真希さんは「実家もなくなり、本当に困ったとき誰に相談すればいいのか…」と不安を口にし、還暦を前にガスも水道もない村で生活を始めた両親に、賢さんは「不自由をしていると思う。元気でやっているのか…」と心配する。
5年前にケニアの小学校を訪れた夫妻は、劣悪な環境で勉強する子供たちを見て、“彼らのために学校を建てたい”という夢を抱き、この地にやってきた。「自分にできることをしたいとずっと思ってきた。ちょうど娘が自立する時期と重なり、たまたまケニアに縁があった…それだけの理由ですよ」と淡々と語る博文さん。現在2人は、教師をしているケニア人家族の家に一間を借りて生活している。
だが半年前、この地にやってきた2人が目にしたのは、十分な農業の知識がない農家の厳しい現状だった。「これだけの土地と気候があるのに、何故自分たちで収穫を上げられないのか…」。農家で育ち、土木技師として働いていた博文さんにはもどかしかった。“自分の経験を生かしてこの地の農業を変えたい”。そんな思いが芽生え始め、今はホストファミリーの土地を借り、有機農法に取り組んでいる。
長い間、自給自足の生活を送ってきたカイモシの人々にも、近年、携帯電話が急速に普及するなど、現金を得る必要性が高まってきた。だが農家の人々の唯一の“現金作物”といえる茶葉は、安値で取引されているのが現状だ。博文さんは、まずどんな現金作物がこの土地に適しているのか自ら実践し、それを農家に伝いたいと考えていた。実際、農業指導もしているが、そんな思いが伝わらない歯がゆさもあるようで、博文さんは「彼らの中に金を手に入れたいという意欲は湧いている。でも売れるものを一生懸命作らない。楽して金は手に入らないんだということを、なかなか分かってもらえない」と嘆く。
だがこの地での過酷な農業は、還暦の博文さんにはかなりこたえるようだ。畑にまく水は自らポリタンクで川まで汲みに行かなければならず、草取りなどもすべて手作業。高地の村は空気も薄く、炎天下の気温は30度を超える。一方、中学教師をしていた寿和子さんは、村の人たちに日本語を教えているが、授業料は一切もらっておらず、月3万円の生活費は、貯金と退職金を切り崩している状態だ。実は学校建設予定地はすでに購入済みなのだが、予想以上に費用がかさみ、着工のメドは立っていない。今後どのように資金を得ていくのかも大きな課題だという。
移住前に掲げた理想と、厳しい現実のギャップに戸惑いながらも、「10年はここで頑張りたい」という2人。そんな両親に、日本の子供たちから届けられたのは、還暦祝いの夫婦湯のみと急須。日本茶がなにより好きだった両親のために、兄妹で選んだものだ。添えられていた手紙には「今まで言ったことないけど、育ててくれてありがとう。夫婦仲良く2人の夢を叶えてください。応援しています」と綴られていた。「今までは照れ臭くて、こういうことをお互いに言ったことがなかった。あまりメールもくれなくて寂しく思っていましたが…ちゃんと私たちのことを考えてくれてたんですね…」と、2人は嬉しそうに顔をほころばせ、久しぶりの日本茶を味わうのだった。