今回の配達先はスペイン・バルセロナ。この街を象徴するのが、世界遺産にも登録された天才建築家・アントニ・ガウディの建築群だ。そんなガウディ建築に魅せられ、研究に情熱を注ぐ田中裕也さん(59)と、札幌市に住む兄・敏滋さん(61)をつなぐ。大学卒業後、一度は就職したが、学生時代に出会ったガウディが忘れられず、33年前、仕事を辞めてバルセロナへ。兄は「海外に行くのは真っ先に反対した。何もかも捨てていったので、苦労すると思った」と振り返る。
「サグラダファミリア聖堂」を始めとするガウディ建築群の多くは、特異な構造ゆえに設計図が無く、彼のイメージ画を元に作られたものだという。裕也さんはそんなガウディ建築を自ら実測し、正確な図面を作ることで、天才建築家の意図を見出そうとしているのだ。何度も現場に足を運び、それを元に少しずつ図面を書き足す裕也さん。その集大成とも言えるのが、5年の歳月を費やしたというサグラダファミリア聖堂の1/50の実測図。複雑を極めるガウディ建築を、地道な実測と緻密な計算で細部に至るまで描ききった実測図は、まるで芸術作品のよう。グエル公園の実測図はなんと全長6m、完成まで8年を費やした。その緻密で正確な実測図は、大学の研究施設などでも貴重な資料として利用されている。「ガウディ建築に隠されているものが、測ることや絵にすることで見つかる…その面白さ、喜びでずっとやってきた」と、裕也さんは研究の魅力を語る。
実は自らも建築家として活躍する裕也さん。そもそも建築家を志すきっかけとなったのは兄だった。「小学生の時、兄がオランダの住宅のプラモデルをくれ、それを組み立てながら建築に興味を持った」と裕也さん。兄にとっては初めて聞く話だ。仕事を辞めてスペインへ行こうと考えたとき、“海外に行けば日本のことを尋ねられる”と思った裕也さんは、まず自分の足で日本を見てみようと、自転車で日本縦断を決行。「僕にとっては小さな冒険だったが、やりたい道を作ってくれた」。裕也さんはその情熱を胸に、何のあてもないスペインに渡ったのだ。
以来、ガウディに魅せられ、ガウディ一筋に生きてきた裕也さん。気がつけば日本を離れて33年が経った。気がかりなのは北海道の施設で暮らす両親のこと。「家族には迷惑をかけていると思っている。でも、志した夢に向かって走り続けていたら、止ることができない。小さいときからそうだった。なんでここまでやって来られたのか…不思議だ」。裕也さんはそうつぶやき、涙を見せる。
そんな裕也さんが最も好きなガウディ建築が、地下聖堂のコロニアグエル教会。研究一筋の裕也さんをずっと支えてくれた妻・パトロシニオさんと結婚式を挙げた場所でもある。ガウディの隠れた最高傑作と言われているが、100年前に資金難から建設が途中で中止となり、未完のままなのだ。裕也さんはガウディのラフデッサンと、新たな測定を元に、さらに精度の高い完成予想実測図を作ろうとしているのだ。完成にはいつまでかかる?との質問に、「時間は僕には関係ない。やりたいところまでやるだけ」と答えが返ってきた。
そんな裕也さんに兄から届けられたのは、かつて日本縦断旅行の相棒となってくれた自転車。裕也さんのあふれる情熱とエネルギーの原点だ。物置でさび付いていた自転車を、兄が修理して乗れるようにしてくれたのだ。「僕の自転車だ!信じられない!」と感激し、雨の中を子供のようにはしゃいで自転車を乗り回す裕也さん。「このまま(研究を)続けろって意味かな?でも言葉なんていらない…これだけで嬉しい」と、兄の想いに涙が止らない…。