今回の配達先は、冬まっただ中のオーストラリア。その第二の都市メルボルンにある「国立サーカス芸術学院NICA」で学ぶ阪知香さん(28)と、父・国治さん(58)、母・みちよさん(58)をつなぐ。実は知香さんに語学の勉強を兼ねて海外に行くことを勧めたのは父だった。だが父は「サーカスの道に進むと聞いたときは驚いた。心の底ではやはり心配」といい、母も「ケガがないようにちゃんとやっているのか…」と心配は尽きない。
小学生の時にミュージカル「CATS」に感動して舞台の道を志し、高校・大学と演劇を続け、卒業後も舞台俳優やパフォーマーとして活動してきた知香さん。2年前に演技の幅を広げようとやってきたオーストラリアで出会ったサーカス団「Circus Oz」の個性的なパフォーマンスが、彼女の運命を変えた。「実験的ですごく面白かった。衝撃でした」と振り返る知香さん。それをきっかけにサーカスの道へ進む決意をしたのだ。
芸術性やストーリー性を重視し、いまやアートとして認められつつある現代サーカス。NICAはそんな現代サーカスのオーストラリア唯一のプロ養成機関だ。卒業生はカナダの「シルク・ドゥ・ソレイユ」など世界の第一線で活躍している。そのNICAで知香さんが選んだのは"スウィンギング・トラピーズ"という一人乗りブランコの空中芸。トレーニングでアクロバティックな技を次々と披露する知香さん…1年半でここまでの技術を身につけたのだ。マメだらけの手がその努力を物語っている。
NICAでは年に数回、観客を集めて生徒たちの定期公演を行っている。知香さんも1,2年生総勢40名が出演する初の大規模なショーに向けてリハーサルを続けていた。内容はシェークスピアの戯曲をモチーフに作られた、空中芸を中心としたオリジナルのステージ。生徒たちにとって自分の専門技を披露する初めての機会となる。本番で知香さんが挑む空中ブランコは高さ13m。ビルの5階に相当する。練習では経験したことのない未知の世界だ。緊張の中、黙々とリハを繰り返す知香さん。そんな彼女を舞台監督は「スキルや技はもちろん、表現力がズバ抜けている。それはサーカス・アーティストになるためには大切なこと。スキルや技だけでは観客を惹きつけられない」と高く評価する。
本番当日。知香さんが扮するのは、身分を越え、王様と恋に落ちる召使いの役どころ。技はもちろん、高い演技力も要求される。リハーサルでは照明が暗くてブランコのバーが見えにくいと言っていた知香さんだが、本番の緊張の中、かすかな光を頼りに、難易度の高い技を確実に成功させていく…。
「やらないで後悔はしたくない」。30歳を前にして飛び込んだサーカスという未知の世界。年齢も経験不足も、人一倍の情熱と努力で乗り越え、1年半でここまで成長してきた。そんな知香さんの夢は一流のサーカス・アーティストになること。その夢を実現させるために日々努力を続ける知香さんへ、日本の両親から届けられたのは、綿入りの"はんてん"。亡くなったおばあちゃんの形見の着物をほどいて、お母さんが縫い上げてくれたものだった。南極からの冷たい風が吹くメルボルンの冬。「これを着て寒い冬を乗り切ってほしい。そして自分の夢を実現させてほしい…」。そんなお母さんの思いが込められた"はんてん"に、知香さんは感謝の気持ちを語る。