今回の配達先はタヒチの名で親しまれる南太平洋の楽園フランス領ポリネシア。海に浮かぶ小屋で暮らしながら、たった一人で黒真珠養殖に励む中川浩嗣さん(50)と、大阪・十三で喫茶店を営む父・浩次郎さん(73)、母・正子さん(72)をつなぐ。海が大好きだった浩嗣さんは25歳の時、友人に誘われ真珠養殖の道へ。次第にその魅力に取り憑かれ、30歳の時にこのタヒチで黒真珠と共に生きることを決めた。「そう聞いた時はどう思いました?」と聞く山口智充に、両親は「最初は心配したが、本人は自然が好きだったから、思うようにさせました」と当時の気持ちを語る。
浩嗣さんの養殖場は、ポリネシアの首都パペーテから飛行機で1時間ほどのライアテア島を経て、さらに定期船で1時間。タハア島近くの海の上にぽつんと浮かぶ小屋だ。妻子が住む自宅はライアテア島にあるが、平日はこの小屋でたった一人、黒真珠の世話をしながら暮している。冷蔵庫もなく電気はソーラー発電、生活用水は雨水を使う。訪ねて来る人もない孤独で過酷な生活だ。
黒真珠は黒蝶貝という貝の中に核と呼ばれる真珠の元を入れ、栄養豊富な海の中で1〜2年かけて育てられる。浩嗣さんは自分が納得のいく真珠を作りたいと、その“核入れ”からすべての作業をたった一人でこなしている。世界の95%の黒真珠を生産しているタヒチでも、そんな養殖業者はほとんどいないという。傷がなく形の良い黒真珠は一粒100万円以上で取り引きされることもあるが、そんな真珠は1万粒に1粒出るかどうか。「自然の力が作用することだから偶然を待つしかない。でもそれが面白い」と浩嗣さんはその魅力を語る。
実は浩嗣さんは、タヒチに来てすぐに難病の「再生不良性貧血」を発症。治療のために一度日本に戻ったが「骨髄移植をしないと助からない」と宣告され、残りの人生をタヒチで送ることを決意。手術は受けずに、再びこの海に戻ってきた。死をも覚悟して選んだタヒチの生活。しかし、両親には心配掛けまいと、そんな想いをあえて伝えなかったという。
タヒチで再び真珠養殖に携わるようになってからは、不思議なことに病状も徐々に良くなり、38歳の時には20歳年下の現地女性と結婚。2人の子供にも恵まれた。今は週末に家族と過すのが一番幸せな時間という。現在も病状がいつ悪化するかわからない不安な毎日だが、愛する家族の存在がそんな浩嗣さんを支えている。