循環器病チャリティー 医療セミナー
「“口は災いの元”~むし歯・歯周病と脳卒中の危ない関係~」vol.2
このINTERSTROKE研究という32か国26,000例以上の脳卒中に対して、その方々のリスクについて調べた研究ですが、2016年に発表され、日本でも非常に大きなニュースになりました。高血圧というのは非常に大きな原因で、リスクだということ、そして喫煙ですね。この10項目が並んでいますが、全部きちんと管理すれば脳卒中というのは90%以上減るのではないかという報道がされました。ただこの研究の重要なポイントは、当然ながら、研究対象とした項目しかここには上がってこないということです。この時点で知られていなかった項目は上がっていません。そこで我々が今、非常に重要なリスクだと考えているのが「口腔内」の細菌です。ミュータンス菌のほとんどが「むし歯菌」ですが、そういった口腔内の衛生環境というのは極めて、この脳卒中の発症に大きな影響を及ぼしていることが明らかになってきました。
そこでこのむし歯菌について詳細をご説明しますと、2012年に日経サイエンス誌に特集が組まれた「マイクロバイオーム」、“フローラ”ともいわれますが、口腔内のフローラ、腸内フローラという言葉をお聞きになったことがある方も多いと思います。細菌の構成、色々な細菌が協力しあいながら、この“フローラ”、「マイクロバイオーム」という細菌叢を形成していますが。胃の中にも当然ながら菌がいます。口の中にもいます。腸内にもいます。この代表格が、口の中にはむし歯菌、さらに胃の中にはピロリ菌がいます。大腸の中にはもちろん色々なバクテリアが生息しています。こういったものが、“フローラ”もしくは「マイクロバイオーム」を形成しているわけです。こういった細菌の研究が、広く世界中で行われるようになりました。その理由は、ヒトの遺伝子の数に比べると、実にヒトの体の中にいる細菌の遺伝子の数は、大体100倍のオーダーですね。ヒトの遺伝子というと、20,000~25,000しかないわけですが、ヒトの体内の細菌種が持つ遺伝子の数は、3,000,000(300万)を超えています。100倍のオーダーを超えているということを考えますと、ヒトの遺伝子研究はもちろん重要ですが、それに加えてヒトの体の中にいる細菌を対象にした研究というのが極めて重要だということがおわかりになろうかと思います。その代表格が、この口の中の菌が血中に入って心臓弁を侵す、「感染性心内膜炎」という病気ですが、必ずしも心臓にとどまらずに全身に菌は移行して、菌血症を起こすということが明らかになっています。これがその図ですが、抜歯をすると、歯科で抗生物質を処方されることが多いと思いますが、抜歯をして抗生物質を飲まなければ、50%ほどの方が菌血症という体の中で菌がグルグル回っている状態に陥ることが知られています。一方で抗生物質を服用していれば、大体20%程度に抑えられます。さらに注目すべきは「歯みがき」です。
歯みがきでも実は10%ぐらいの方が菌血症に陥っているということが研究で明らかになっており、歯みがきをすると出血が時々起こる方がおられると思います。歯周病をお持ちだと余計に出血の頻度が高まりますが、それに伴って口の中の菌というのは血液の中に入り込んで体をグルグルまわっています。したがって非常に口の中の衛生状態というのは気を付けないといけないということがこの研究でも明らかです。どういった菌が血液中に入って悪さをするかっていうことを調べた研究がこちらです。これは頸動脈のプラークというゴミですね、頸動脈の壁にあるゴミをPCR法という方法でどういった菌が頸動脈のゴミの中に存在しているかを調べた研究です。で、口の中がこの白い棒グラフですが、口の中には当然、歯周病菌が一定頻度生息しています。ただ、頸動脈のゴミの中にはほとんど歯周病菌はいません。一方で、これがミュータンス菌ですね、むし歯の一番の原因であるミュータンス菌は100%いました。どうしてミュータンス菌、いわゆるむし歯菌がそれだけ頻度が高くて、歯周病菌がいないのか。実はこのむし歯菌であるミュータンス菌というのは、酸素が豊富な血液中でも大丈夫で、血液中をグルグル回るらしいです。ただ、歯周病菌というのは、歯周ポケットの中に生息していて、酸素が苦手です。したがって、歯周ポケットの中だと増殖しますが、血液の中に入ると酸素にやられてしまうということで、頸動脈まで到達していないということが大きな要因だそうです。ただここで明らかなのはミュータンス菌というのは血液の中に入り込むと全く死滅せずにグルグル血液中を回ってしまい、頸動脈に到達するということは当然、脳にも到達しているということがこの研究からも明らかなわけです。
大阪大学歯学部の仲野和彦先生ですが、むし歯菌の中で特に悪玉がいるということを、昔から研究している先生です。「Cnm」といいますが、コラーゲンにペタッと接着するたんぱく質ですが、本来むし歯菌というのは、硬組織に、エナメル質にしか結合できないそうです。ただこの「Cnm」というのを産生できるようになると、軟組織であるコラーゲンにも接着できるようになるということで、悪さしやすくなります。「悪玉むし歯菌」なのです。そのむし歯菌を脳梗塞のモデル動物に、仲野先生たちはラットのしっぽから注入すると、悪玉ではないむし歯菌、コントロール群ですけれども、注入したときは、脳梗塞はできますが、出血はほとんど見られません。ただ「Cnm」というたんぱく質を産生する悪玉むし歯菌を注入すると、出血が起こるということが明らかになり、どうもこの悪玉むし歯菌というのは脳の血管で悪さをするのだなということがこの研究で明らかになりました。高血圧を起こすラットというのもいます。SHRと言いますが、そのラットに同じく「Cnm」陰性、悪玉ではない普通のむし歯菌を注入しても出血は起きませんが、この悪玉のむし歯菌を注入すると出血が多発しているのが、この赤い点々が全部出血ですが、おわかりになると思います。このような現象について、走査電顕という電子顕微鏡で見ると、血管の内腔、ここに赤血球が見られますが、血管の中から壁を突き破って外に出ているのが示されています。むし歯菌というのは“ストレッドコッカスミュータンス”「連鎖球菌」といいますが、連鎖している菌がここに見られたということで、どうもこの血管の中で増殖する以外に壁を突き破って脳の実質、脳みその方に侵入していたという、結果こうした出血が起きていたということを明らかにされたわけです。
これは我々国循では脳卒中の患者さんが多数入院されますので、そういった脳卒中の患者さんで実際にこの口の中にいる悪玉むし歯菌の頻度を見てみようということになりました。100名の方、脳卒中を起こされてから1週間以内に入院された方を対象に、この口の中の菌の存在をPCR法で、悪玉のむし歯菌がいるかどうかを調べる研究を行いました。色々な患者さんの血液データも検査して、悪玉をお持ちの方とお持ちでない方の違いというのを検討したわけです。そうするとまず血液データで、違いがありました。この悪玉をお持ちの方、最終的に99名の解析になっていますが、悪玉をお持ちの方11名と、お持ちでない方88名を比べると、まずこのCRPという炎症反応がわずかに高い。それほど異常高値ではありませんが、わずかに高い。さらにフィブリノーゼンという炎症に伴って上がってくる血液のマーカーですけども、これもわずかに高いということで、どうもこの悪玉むし歯菌をお持ちの方は、原因か結果かはわかりませんが、少し炎症が高めであるということがわかりました。それからこの病型ですね。脳卒中にはいろいろタイプがありますが、「破れるタイプ」と「詰まるタイプ」。この悪玉むし歯菌を一番お持ちだったのはやはり我々の研究でも脳出血の方だったわけです。大体4人に1人が悪玉むし歯菌をお持ちでした。次に多かったのは、細い血管が詰まるタイプですね、「ラクナ梗塞」と言いますが、このタイプの方が2番目に多くお持ちでした。その他の脳梗塞の病型の方々にはあまり見られませんでした。一般の住民だと10%~20%お持ちと言われておりますので、明らかに脳出血の人はこの悪玉むし歯菌をお持ちの頻度が非常に高いということがわかったわけです。
