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台北市長選の注目候補は“蔣介石氏のひ孫”

【独自解説】台湾地方選“親中国”最大野党が大躍進か 注目候補は初代総裁・蒋介石氏のひ孫 “台湾有事”にどう影響するのか

 11月26日、台湾で4年に一度の統一地方選挙を迎えます。中国軍による軍事的威嚇が続くなど、緊張状態にある台湾情勢ですが、“親中国”とされる野党の勢いが増していると言います。台湾で今、一体何が起きているのでしょうか?元・朝日新聞台北支局長で、現在は作家や大学教授として活動する、ジャーナリストの野嶋剛(のじま・つよし)氏が解説します。

2大政党で「対中政策」が割れる中、“親中国”の野党が優勢のワケ

今回の選挙戦の様子(提供:民進党/撮影:野嶋剛氏)

 台湾の統一地方選は、4年に一度、22の県と市の首長や議員などが改選されます。これは次期総統選(2024年)の「前哨戦」に位置付けられる重要な選挙です。台湾で今回の選挙戦の様子を取材している野嶋氏は、「選挙運動は日本と比べると、やはり派手でにぎやか。民主主義が活発なんだと実感する。投票率は7割を超えるか」ということです。

ジャーナリスト 野嶋剛氏

Q.まるでお祭りのような選挙戦ですが、投票率が7割というのはすごいですね?
(野嶋剛氏)
「おっしゃるとおりです。前回の総統選挙は2020年にありましたが、この時も投票率は75%でした。日本との一番大きな違いは、若い人の投票率が非常に高いことです。台湾では若い人の方が政治参加の意欲が強く、政治に対して関心が高いくらいなので、若者の投票動向が選挙の結果を占ったりします」

2大政党の「対中政策」

 激しい選挙戦を繰り広げている2大政党ですが、「対中政策」では違いが際立ちます。与党・民進党は蔡英文総統が主席を務め、日本の国会にあたる立法院で、単独過半数を獲得しています。「中華民国と中華人民共和国は、互いに隷属しない」などの方針を掲げ、中国に対して対決姿勢をとっています。一方、野党・国民党は、1949年に中国から逃れてきた蔣介石氏が率い、長年政権を担っていました。「一国二制度」には反対するも、「台湾独立」にも反対。中国への融和路線を取り“親中国”とされています。

 今回の選挙戦で、蔡英文総統は、「地方選の結果は、台湾の未来の進路に大きな影響を与える。私たちは『台湾人民は、自由と民主主義を支持している』というメッセージを全世界に伝えねばならない」と訴えています。一方、国民党の朱立倫主席は、「選挙のたびに、民進党は、中傷的な手紙や汚い手段をとるか、外部要因を利用して焦点をそらし、台湾の人々を威嚇し、自らのガバナンス(統治)の欠陥を決して見直すことはない」と主張しています。

台湾の主要6都市の市長選の情勢

 今回の選挙、“親中国”である野党・国民党が“優勢”であるという見立てがあります。台湾政治に詳しい、東京外国語大学の小笠原欣幸教授は、「国民党が大勝し、民進党が大敗する可能性が高い」としていて、野嶋氏も「民進党の敗北は避けられない。大敗になるか、惜敗になるか、最後の追い上げを図っている」と分析しています。

“親中国”の国民党が優勢のワケ

 “親中国”の国民党が優勢である理由について野嶋氏は、「中国問題が争点になっていないから、地方選挙なので候補者の好き嫌いや経済問題が中心の議題になっている」と言います。こうした、台湾人の政治意識について、東京外国語大学・小笠原教授は、「台湾の人たちは、一つの政治勢力が巨大化することに対して警戒感を持っている。民進党が調子に乗りすぎないよう、お灸をすえる意味合いを含めて、地方選では国民党に投票するという、牽制的な行動を取る人達が一定数いる」としています。

Q.中国の脅威というのは肌で感じていると思うのですが、今回の選挙では争点になっていないのですか?
(野嶋氏)
「まず一つは、野党・国民党がいわゆる『争点隠し』というか、中国問題が争点にならないよう巧みに、問題を現政権与党の政策的な失敗や、コロナ対策への不満などに上手く逸らしているのが原因だと思います。国民党や中国のことは台湾では決してプラスのイメージではないの現状があるのですが、国民党の候補者が自分たちが国民党であることをあまりアピールしなかったり、中国政策についてはっきり物を言わなかったりすることによって批判が集まらないよう工夫しているのです」

Q.台湾の方は普段から政治の話をされていて、「政治に参加している」という感じがするのですが?
(野嶋氏)
「選挙の人数の動員なども桁が違いますし、選挙カーが通り過ぎると、多くの人が街に出て行って手を振ったり、選挙の前はそれ以外のことは何も進まないという感じのお祭りでもあり、自分たちの将来を選挙の度に決めてきたので真剣勝負の場でもあると言えると思います」

Q.民進党をあまり躍進させると調子に乗るので、地方選はお灸を据えようという動きもあるのですか?
(野嶋氏)
「そうですね。民進党政権は6年以上続いているので、やはりある程度不満も積もっているところもないわけではないです。ただ、政権交代を望むほどではないというのは確かなので、そこで一つ批判をしておこうということと、日本でも東京と大阪の投票行動はかなり違いますが、台湾でも同様で北部と南部の投票行動はかなり違います。北部は国民党の地盤が強くて、南部は民進党が強いので、今回苦戦が伝えられている台北市や桃園市は北部で、もともと国民党の地盤が強いところですので、そういう意味で民進党が苦戦していると、地域性を鑑みてもいいところもあります」

総統への登竜門、台北市長選 注目候補は“蔣介石氏のひ孫”

台北市長選 蒋介石氏ひ孫が出馬

 統一地方選の中でも“総統への登竜門”とされ、一目置かれるのが台北市長選です。注目候補は3人いて、1人目は、国民党の蔣万安氏、43歳。日本の国会議員にあたる元・立法委員で、台湾の初代総統・蔣介石氏のひ孫です。2人目は、無所属の黄珊珊氏。元台北市議かつ、2022年8月まで台北の副市長を務めていた人物です。3人目は、民進党の陳時中氏。“新型コロナ”対策を担う、中央感染症指揮センターの元指揮官です。11月10日に発表された世論調査によると、リードしているのは蔣万安氏。その後を3.2ポイント差で黄珊珊氏が追っています。

“期待の星” 蔣万安氏とは

 市長選で一歩リードしている蔣万安氏は、台北生まれ台北育ち。米・ペンシルベニア大で法学修士・博士号を取得。カリフォルニア州の弁護士資格を保有し、“将来の総統”などと称されています。親日家ともいわれ、2022年9月に台北で開かれた、建築家・安藤忠雄氏の展覧会を訪問し、「大阪にある『こども本の森 中之島』が好きだ」とSNSに投稿しています。また、10月には、「小さい頃、ドラゴンボールが好きだったので、今年は悟空に扮してハロウィーンを迎える」とSNSに投稿しています。

Q.蔣万安氏は経歴も見た目もカッコイイですね?
(野嶋氏)
「そうですね。日本で言えば、小泉進次郎さんを思い起こさせるような経歴とルックスだと思います」

“中国との統一の賛否”については、「正面からの回答を避けた」?

 一方で、蔣万安氏が所属するのは“親中国”の国民党です。11月5日に開かれた討論会で、台北市長選の候補者らに対し、メディアが“中国との統一の賛否”について質問しました。民進党の陳時中氏は「答えはもちろん『否定』だ」と述べましたが、蔣万安氏は「中華民国憲法を順守し、中華民国主権を守り、台湾の民主主義や自由、法の支配、人権の価値観を守る事こそが私のDNAだ」と返答。これに地元メディアは「正面からの回答を避けた」と指摘しています。

Q.蔣万安氏の演説で具体的なことは発言していないのでしょうか?
(野嶋氏)
「むしろそこは意識的に言わないようにしているというのが正確かと思います。今蔣万安氏は選挙戦を有利に展開しているので、どうやってリードを守るか、失敗や失言をしないかというところに彼は気を配っています。私は朝、彼の集会に出てすぐそばで話を聞いてきたのですが、非常に慎重かつ一般的な当たり障りのないことだけを言っておこうというのがありありとしていて、他の候補と5ポイント以上の差が開いていると言われていますので、終盤に近づけば近づくほど、蒋介石氏がかつて住民を弾圧したことや中国との接近を図っていていずれ統一を受け入れるのではないか、などセンシティブで自分に不利な話題になるのをなるべく避けようとしているという印象です」

Q.国民側からすると祖父は「中華民国を救った人」なので、ひ孫が「中国と統一することはないだろう」と読めないこともないですよね?
(野嶋氏)
「やはり、中華民国は中華人民共和国とは違うので、中華民国をまもるということで中国とは一緒にならないというような意思表示をすることは可能だと思います」

Q.蔣万安氏の本音は、現状維持で良いと思っているのでしょうか?
(野嶋氏)
「今の民進党が、親米・親日・反中と位置づけされているわけですが、今後国民党が政権を取った場合、彼は親米・親日・親中と全方位でありたいと、そういうことで台湾の安全を守っていくとそんなプランを思い描いているのではないと思います」

次期総統選の行方と“台湾有事”にどう影響?

どうなる?次回総統選

 蔡英文総統は、現在2期目で、任期の規定で次回、2024年の総統選には出馬できません。野嶋氏は「今回は蔡英文総統が推した候補が不調。指導力の低下が起きるだろう」としています。しかし、次回総統選について“親中国”政権誕生の可能性について、小笠原教授は「可能性はほとんどない。地方選で台湾の有権者が民進党への牽制的な投票行動をとろうしていることは、逆説的に民進党が国政で優位にあると台湾人が感じている表れといえる」としています。野嶋氏は、「可能性はまだ高くない。国政選挙になれば民進党が有利。しかし地方選で大勝となれば勢いはつくので、接戦に持ち込める機会は出てくる可能性も」ということです。

今後、中国はどう動く?

また、野嶋氏は中国の次の一手について、「総統選を視野に圧力を強めるだろう。(今回の結果を受け)習近平国家主席のやり方を台湾社会も受け入れる方向に傾いたと国際宣伝を行う可能性あり」としています。

Q.中国としては、国民党に勝ってもらった方が2年後の総統選に水面下で様々な影響を及ぼすことができるでしょうから、応援しているのでしょうか?
(野嶋氏)
「かなり期待していると思います。習近平国家主席の強硬路線はずっと裏目に出てきましたから、国民党が勝つことによって、『我々がやることは間違っていない』という宣伝をする可能性もありますし、昨日民進党の幹部と話したのですが、『この選挙でたとえ負けた場合、中国あるいは国際社会に、“我々が中国に屈した”というような誤解を与えるのが怖い』と仰っていました。今回選挙で中国があまり争点になっていないにも関わらず、中国側に利用されるのは望ましくないという意識はあるみたいです」

Q.中国側は武力で台湾を統一したいというわけではなく、政策・政治・ビジネスで統一することが習近平国家主席にとって理想的なことなのでしょうか?
(野嶋氏)
「おっしゃるとりです。武力行使はコストもかかるし不確定要素が大きいです。台湾の中で中国と統一したいという政党が勝利して、台湾の民主的なプロセスの中で中国との統一を選ぶというのが最高のシナリオです。それができるかどうか、中国側が武力行使を踏みとどまるポイントにもなるので、逆に国民党が今回勝つことで武力行使のオプションはやや後ろに下がるという可能性も無きにしも非ずだと思います」

(「情報ライブミヤネ屋」 2022年11月25日放送)

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