今回の配達先は、イギリス。ここで競馬厩舎を経営する園部花子さん(48)へ、埼玉県で暮らす父・和夫さん(76)、母・照美さん(75)の想いを届ける。
ロンドンから北へ車で2時間、緑豊かな小さな街・ニューマーケットは「競馬の聖地」と呼ばれるイギリス競馬の中心地。約80軒の厩舎があり、3000頭ものサラブレッドが人々とともに暮らしている。花子さんはここで夫のロジャーさん(45)とヴェリアン・ステーブルという厩舎を経営。東京ドーム約1個分の敷地に200頭あまりのサラブレッドと100人を超えるスタッフを抱えている。
高校卒業後、獣医学と馬科学を学ぶためイギリスの大学に留学した花子さん。その後、ドバイ首長が主催する競馬産業のエリート養成機関に日本人で初めて合格し、競走馬の調教から競馬場の経営まで競馬に関するあらゆることを学んだ。そして世界各国でキャリアを積み、2011年に聖地・ニューマーケットで念願だった自身の厩舎をスタートさせた。馬を見る目では他を圧倒するロジャーさんと、競馬に関するノウハウを知り尽くした花子さんの2人が目指すのは、世界一の厩舎。2023年の獲得賞金はイングランドで3位にまでなった。
ヴェリアン・ステーブルの1日が始まるのは、朝6時。花子さんは隣町のケンブリッジにある学校まで3人の子どもを送ると、すぐさまウォーレンヒルへ向かう。これまで幾多の名馬が鍛え上げられたニューマーケットの広大な調教場・ウォーレンヒルでは、ヴェリアン・ステーブルの200頭が調教を始めていて、その様子を花子さんとロジャーさんが注意深く見守る。昼過ぎに厩舎に戻ってもまだまだ仕事が続く中、一番重要な作業が翌日の調教メニューの作成。今日1日見た馬の状態から、調教の方法、餌の種類、担当するライダーなど、無数に考えられる組み合わせから最善のメニューを導き出す。厩舎経営の主な収入は、調教料と賞金と馬の売買。調教料は経費でほとんど消えてしまうため、賞金を稼ぎ、馬を高く売るにはとにかく強い馬を育成するしかないのだ。
多忙な中、花子さんは昨年「馬文化を広げたい」とアパレルブランドを立ち上げた。時代とともに薄れ行くイギリス伝統の馬の文化や産業を後世までつなげたいのだという。そんな想いを持つ花子さんをイギリスに導いたのが、愛馬キャプテンクック号。高校時代に親の勧めで始めた障害馬術でパートナーを組んだ馬で、人間以上に深いつながりを感じていたという。だがあるとき、腹痛でうずくまっていたキャプテンクックの状態を見抜けなかったことに、花子さんは強いショックを受ける。この出来事を機に、本場イギリスで馬の勉強するため海を渡ったのだった。花子さんの人生の基盤となったキャプテンクック号は引退後、厩舎から引き取って埼玉の両親に託したという。
当時、父・和夫さんは馬のことは何もわからなかったそうで、家でキャプテンクックの世話を始めた当初は近所を巻き込んだ事件もあったと懐かしそうに振り返る。一方、母・照美さんは今の娘の姿を見て「頑張ってやっていることがすごくうれしく思いますし、ロジャーも一緒に仲良くやっててくれるのが最高ですね」と喜ぶ。
競馬の聖地に渡り30年。夢だった厩舎を手に入れ頂点を目指す娘へ、両親からの届け物はキャプテンクック号の写真と蹄鉄。人生を導いてくれた愛馬の形見に、「彼がいなかったらここにはいなかったと思う」と花子さんは涙声になる。「1頭の馬がこれだけの影響力を与えてくれたっていうのはすごいことだと思うし、だからこそ馬にはすごいパワーを感じる。でも彼は本当に特別な馬で、この1頭の馬のおかげで私は頑張ってきた」。そして、キャプテンクックを家族として迎えてくれた両親へ、「私は自分が思ったことは正しいと思って進むタイプなので、周りにすごく迷惑をかけていると思うんですけど…本当に感謝しています。なのでせめて10年以内にはイギリスNo.1になりたいなって。世界の馬たちと戦って、世界一になれたらうれしいです」と目標を語るのだった。