ワールドカップの期間中に読もうと思っていて、結局読みきれなかった一冊。夏休みに入る直前に読み切りました。2週間くらいかかったな。と言うのもやはり、登場人物が横文字の(カタカナ)の名前ばっかりだからねえ・・・。そこで最初の方に載っていた「ダスラー家 家計図」をコピーして、ことあるごとに、それと今読んでいるところに出てくる人名とを見比べて「ああ、この人は、この人のいとこね」などと確認しました。この面倒くささは何とかならないか?もう一つ希望を言うと、地図が欲しいね。このダスラー家が工場を作った場所の距離感などがつかめるから。ダスラー家は、ある意味で「現代のロスチャイルド家」みたいな感じがしましたね、そのワールドワイドな展開に。
さて、皆さん!この本で私が一番「へえー、そうだったのか!」と思ったのは、
「アディダスとプーマの創始者は兄弟」
ということです。知ってましたか?私は知りませんでした。そして「アディダス」という商号は、創始者であるダスラー家の弟が「アドルフ・ダスラー」だったので「アドルフ」の愛称「アディ」に「ダスラー」の最初のカタカナ二文字(日本語で言うと、ですが)「ダス」をくっつけて「アディダス」となったということ!ね!!「へえー」でしょ?でもすぐに疑問が。
「じゃあ、兄貴の方のルドルフ・ダスラーさんは、なんで愛称の『ルディ』に『ダス』を付けて『ルディダス』にせずに『プーマ』なの?」
と思いますよね。それに関してもこの本にはちゃんと記されています。この兄弟、仲が悪かったので袂を分ったのですが、その際に、兄の方は最初、商号を「ルーダ」としたんだそうですが、どうも垢抜けない感じがして、より軽快な印象の「プーマ」にしたんだそうですよ。
そのほかに、この本を読んでいるうちに、「あ、あれがそうか!」と思ったのは、数か月前に見た『ベルンの軌跡』という映画。これは1954年スイス・ワールドカップで、当時無敵で「マジック・マジャール」と呼ばれていたハンガリーを破って初のワールドチャンピオンとなった西ドイツチームの物語。その中で、西ドイツチームの練習中に、「グラウンドの状態に合わせて、長さの違うスタッド(=サッカーシューズの裏の突起状のポイント)を取替えられるシューズ」を作った靴職人が、監督に会いに来るシーンがあるんだけど、
「ああ、あれがアドルフ・ダスラーだったのだな。」
と。だから(西)ドイツ代表のユニフォームは、ずっとアディダスなのか!と思いました。この本を読んでから、また『ベルンの軌跡』を借りてきて見ました。W杯スイス大会で優勝したチームのキャプテンは、フリッツ・ヴァルター選手ですが、彼が所属していたチームがカイザースラウテルン。今回のワールドカップで日本代表がオーストラリア代表と戦ったスタジアムのある街のチームです。それどころか、そのスタジアムは「フリッツ・ヴァルター・ストゥーディオン」と彼の名前がついているんです。そのヴァルターのサインを、今回のドイツ行きで、ボンの蚤の市で発見して購入しました!エッヘン!
ちなみに今回のドイツワールドカップの決勝は「アディダス(フランス代表)」対「プーマ(イタリア代表)」の戦いで、プーマが勝ちました。また、日本代表は、デッドマール・クラーマーコーチと岡野俊一郎・前日本サッカー協会会長の付き合い以来、ずーっとアディダスと付きあって来てるという歴史があるということなのですね。
それと、1974年西ドイツワールドカップのオランダ代表キャプテン、ヨハン・クライフはプーマと契約していたのだけど、代表のユニフォームはアディダスだったので、無理を言って、彼のユニフォームの袖の三本線を二本線にしてもらったというエピソード、聞いたことはあったけど、やっぱりそういうことだったんだと確認。さらに、代表チームにユニフォームをサプライ(供給)していたアディダスの社員は、代表チームが集合写真を撮る瞬間に、プーマのシューズをはいたクライフの足元にさりげなく「adidas」と大きく書かれたカバンを置いて、プーマのシューズが映らなくしたとのこと。このエピソードには笑いました。でもシビア現実!
サッカーファンにとっては、なんともおもしろい本でした! |
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