• 『アニメ村のステキな住民たち』アニ民66人目
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  • 2010.11.11

 今週は株式会社ハーフ エイチ・ピー スタジオ 執行役員・中野徹さんです。

 先週の渡邊さんに続いて生年月日が同じ業界の仲間が今回の中野さんです。というわけで彼も昭和34年4月14日(火曜日)にこの世に誕生してます。偶然とはいえ同じ日に日本の各地で生まれた、という縁はやはり不思議なものを感じてしまいます。ここではいつものようにナカノと呼ばせてもらいます。

 ナカノはこの業界に入ったのがやたら早いそうです。東京は恵比寿を中心に活動。高校時代から雑誌の編集や制作プロダクションのお手伝いをしていたそう。そんなナカノと初めて出会ったのは1985年秋。僕のデビューアニメ「ロボタン」のオーディションで場所は当時の246沿い東北新社。まだ銀座線の音が響く建物でしたね。そして次の年の夏恒例真鶴の海の家へ行ったとき、一晩中語り明かしたことを覚えています。ビールの勢いもあったのでしょうが、初めてのスタッフ旅行だったこともあって完全に打ち解けました。

 そうして人となりを理解すると話は意外な方へ面白い方へどんどん展開していきます。先週書いた自らの誕生日会はもちろんですが、仕事の上でいっぱいお世話になります。まずは「アニメだいすき!SP よみうりテレビアニメ30年史」。150分におよぶこの大作、神谷明さんをMCに当時麹町にあったYTV東京支社の応接室でロケ。「黄金バット」から「シティーハンター」までのすべてのYTVアニメのOP/EDを放送すると言う大胆にして画期的な番組でした。

 その「アニメだいすき!」という番組は1987年から1994年まで、YTVローカルですが年に3回、春休み夏休み冬休みの平日1週間を通してとにかくTVで放送してないOVA(オリジナルビデオアニメ)を放送しちゃおうという企画。基本的には大阪での編集スタジオでの仕事なのですが、その“特別編”は当時自分の事務所(81プロデュース)所属の関俊彦さんと日高のり子さんを連れてきて出演させ、「魔法騎士レイアース」などひたすらYTVアニメのパブリシティを展開してくれました。思えばあの富久町の音響スタジオではいろいろやっちゃいましたね。

 プライベートでもお互いお年頃?だったのでいろいろありました。一緒に山中湖へ行こうということでわざわざGW連休の初日に朝から戦いを挑み、中央高速の50キロ渋滞のど真ん中に突入。到着したのが暗くなってからだったのは忘れられません。そう言えばナカノが突然ディーゼルのパジェロがいいよね、と言い出して勢いで一緒に車を購入。彼はとっくにそれを卒業したのに、僕は今でも自分としては2代目のパジェロに乗っているのであります。

 コナン役の高山さんのアニ民でも書いたように、彼女を最初に声優の道に導いたのがナカノであり、そのおかげで僕も彼女に出会いました。思えば彼の事務所の多くの声優さんが彼を通しての紹介になっていましたね。事務所主催の新宿のホテルにおける恒例年末の華やかな忘年パーティーも、裏方のスタッフは大変そうですが多くの声優さんと会うことが出来る良い機会です。

 そんな彼も今や“なかのとおる”名義で音響監督業に忙しく、先述した僕らとの番組制作経験が今の現場に生きているそうです。明らかにアニメ業界での長い積み重ねやマネージャー経験も、声優の演出や指導に役立っていそうだよね。ちょっと話題になっている12月31日放送の「アニソン紅白2010」なんて番組もプロデュースしているそうでやってるよなあ。アニメに対する深い愛情を持って業界を支え、今さらに新たな音響世界を創造しているナカノ。とにかくタカシと共に人生スタートは同じ3人であります。街角で妙に偶然に会うことも多いナカノだけど、できればコトあるごとにキッチリお互いを確認してそこをエネルギーにがんばっていこうな。