重症の子どもたちを救いたい…最後の砦、PICUで日本の小児治療を支えるトップ医師に密着

小児集中治療室「PICU」では、先天性の心疾患や子ども特有の感染症などを患った重症の子どもたちを治療しています。ここで働く小児集中治療医には“小児科”と“集中治療科”、2つの能力が求められる難しさがあり、全国にはわずか230人。そのトップランナーとして働く医師が、神戸にいます。次々と運ばれてくる重症の子どもたちを救う「PICU」の現場に迫りました。

【特集】助かることを当たり前にしたい…幼い命を守る“最後の砦”PICU 日本の小児治療を支えるトップ医師に密着

 2022年、日本で最も多く重症の子どもたちを治療した医師が神戸にいます。医師が勤めるのは、小児集中治療室「PICU」。先天性の心疾患や子ども特有の感染症など、生命を脅かすような病気を患う子ども達の治療にあたっています。目指すのは、どんな重症の子どもでも“当たり前に助ける”治療。24時間、幼い命に向き合う現場に迫りました。
※年齢は放送当時のものです

子どもの命を救う“最後の砦” PICUとは

小児集中治療医 黒澤寛史医師(47)

 黒澤寛史(くろさわ・ひろし)医師(47)は、日本の小児集中治療の立ち上げに携わり、海外でも研鑽を積んだ医師です。2022年、日本で最も多く重症の子どもたちを治療してきた、「兵庫県立こども病院」のPICUに勤めています。

肺の難病を抱える、岡田蘭ちゃん(1)

「ちょうど今、お昼寝に入っていますね。さっき座りながらウトウトしていたので、かわいいなと思って見ていました。普通の子ですもんね、こうして見ていたら。ウソみたい。なんでPICUにいるんだろうっていうくらい」(黒澤医師)
「元気やのにね」(蘭ちゃんの母)

 岡田蘭ちゃん(1)は、重い肺の病気を患っています。20万人に1人の難病で、空気が常に肺を圧迫し、突然死をもたらす危険があります。

「昨日も夜中の0時くらいに具合が悪くなって処置をしたので、常に24時間、目が離せないです。何かが必要になったときに、すぐに処置できるような体制が整っていないと危ないと思います」(黒澤医師)

「PICU」とは

 「PICU」は、15歳未満の子どものための集中治療室です。大人のICUには心筋梗塞や脳卒中などを患う患者が多いのに対し、PICUは先天性の心疾患や子ども特有の感染症などを持ちながら、痛みなどの症状を訴えることが難しい、小さな重症患者を治療しています。この病院には25床のベッドがあり、医師18人、看護スタッフ92人が、24時間体制で子どもたちの治療にあたっています。

深刻な病状で運ばれてきた、佐藤梨愛ちゃん(0)

 この日転院してきた佐藤梨愛ちゃん(0)は、生まれつき心臓に2か所の穴が開いていました。そこに肺炎が重なり、高度な医療技術を持つ大学病院でさえ治療が難しく、この病院にやってきました。早速、黒澤医師が処置にあたります。

「結構CO2貯めてる…CO2が90いってるわ。先濵先生、レントゲン呼んでくれる?一回撮る。今FiO2いくつ?ちょっと落として、40まで落としていいわ。ハイフローだわ、この子」(黒澤医師)

 まずは子ども特有の症状を見極め、手術ができる状態にもっていくことが、PICUの仕事です。梨愛ちゃんは、心臓に開いた穴から肺に血液が流れ過ぎていたため、血液の流れる量と呼吸を調整し、体の状態を安定させました。担当医師から梨愛ちゃんの母に病状を説明します。

「今は呼吸と心臓がしんどいので、進行すると命に関わるような状態です」(担当医師)

 一命は取り留めたものの、手術に向けて予断を許しません。

“怠け者”な性格から子どもを救う道へ

 PICUが日本にできて20年。「小児科」と「集中治療科」という2つの能力が、高い次元で求められる難しさもあり、小児集中治療医は全国にわずか230人、PICUも35施設しかありません。

 黒澤医師は元々小児科医でした。数ある分野から子どもを救う道を選んだのは、“怠け者”な性格からだったと言います。

「子どもが相手だったら、自分が一生懸命になれると思ったんです。僕は基本、怠け者なんです。基本サボりがちで。でも、子ども相手だったらサボりそうになった時も頑張れるかなって。子どもは無条件に助けてあげたくなるじゃないですか」(黒澤医師)

 しかし、PICUは子どもが一番亡くなる場所。子ども好きだからこそ、命を救うためにPICUを選んだのです。

突然の脳出血で入院…目標は“歩いて帰ること”

脳出血で入院した、ゆうだいくん(8)

 朝、黒澤医師がまず目を通すのが、今入院している子どものデータです。その中でも特に気にかけている男の子がいます。小学2年生のゆうだいくん(8)は、自宅で突然意識を失いました。脳出血が原因でPICUに運ばれ、すぐに緊急手術を行いました。しかしー

「側頭葉に言語の中枢があるので、言葉をしゃべることができない、聞いた言葉を理解するというのもダメージを受けている可能性があります。ただ、同じような所見でも、寝たきりの人もいれば歩いている人もいたりする、特にお子さんの場合は回復することも多いので、なんとも言えないです。ただ、これは『もうギブアップしましょう』というところまではいっていないかなと思います」(脳神経外科医 阿久津宣行医師)

病状の説明を受ける、ゆうだいくんの母

「普通に、ではないけれど…しゃべったりとか自分の意志を伝えるということも、できるかもしれない?」(ゆうだいくんの母)
「できるかもしれないですが、言語に関しては大元のところがやられている感じがあるので、言葉をしゃべる・理解するというのは、少なくとも障害されている可能性があります」(阿久津医師)

 黒澤医師のPICUでさえ、ゆうだいくんのようにすでに負ってしまった脳のダメージは、最小限に抑えられても、回復させることは難しいのです。

 黒澤医師は、ゆうだいくんの病室を訪れました。

ゆうだいくんの病室を訪れた黒澤医師

「だいたい、お話聞けていますか?質問はできていますか?」(黒澤医師)
「ちょっと冷静になってきて、この数値は何を見ているんだろうとかって…」(ゆうだいくんの母)
「すごく混乱されていたと思うんですけれど、その中でしっかりお話をされるご夫婦だなと思って」(黒澤医師)
「周りに、今はこういう状態らしいと言えるようになってきました」(ゆうだいくんの母)
「すごいです」(黒澤医師)

目標は“歩いて帰りたい”

 別の日も、黒澤医師はゆうだいくんの家族の元へ足を運びます。

「頑張ってるね。頑張っているのはわかっているけどね…みんな待ってるよ。希望を捨てずに、呼び続けたら…」(ゆうだいくんの母)
「歩いて帰るのが…」(ゆうだいくんの父)
「目標やもんね」(ゆうだいくんの母)

目指すは“助かるのが当たり前”の現場

心臓の手術の日を迎えた、梨愛ちゃん

 心臓の病気がある梨愛ちゃんは、PICUでの処置を経て手術の日を迎えました。

「なんとか今日までもってこれたので、良かったです」(黒澤医師)
「やっと手術できるまでにたどりつけて…」(梨愛ちゃんの母)

 手術は心臓に2か所開いている8mmの小さな穴をふさぐ難易度の高いもので、手術時間は7時間に及びましたが、無事成功しました。

無事手術を乗り越えた梨愛ちゃん

「ほんと頑張ったね、梨愛ちゃん。長い間、大変やったね」(梨愛ちゃんの父)
「合併症とかがないように、こちらでしっかり見させてもらいますね」(黒澤医師)
「お願いします。ありがとうございました」(梨愛ちゃんの母)

 手術から3週間後、梨愛ちゃんは退院し、自宅へ帰ることができました。

退院が決まったゆうだいくん

 そして、脳出血を起こしたゆうだいくんも、退院する日が決まりました。しかし、退院は決まったものの、脳へのダメージは大きく、後遺症が残りました。ゆうだいくんは、3人兄弟の長男。病院で回復を待つより、弟たちの声が聞こえる自宅の方が脳に良い刺激を与え、回復に繋がると考えました。

「弟たちにも退院のことを話したら、『やったー』と言っていました。家族的には前向きな退院として、『これから帰ってくるから、いっぱい話しかけてね、頑張ろうね』って感じで、とらえています。欲を言えば、もっと色々できたら、せめて言葉がしゃべれたら、本人のストレスも軽減できていいのかなとは思うんですが…」(ゆうだいくんの母)

「本当は、もう少し後遺症が少ない状態で助かってほしかった、悔しいというのが正直な思いです。ゆうだいくんのお母さんが『欲を言えば』と言っていましたが、それはかなり遠慮してそう言っていたと思います。あれ以上のことができたかは分からないですけど、命を繋ぎ止めるだけじゃなくて、もうちょっと…もうちょっとでも良くしたかったです。もちろん、まだもう少し回復するかもしれないけれど、今の時点で、あのぐらいの後遺症を残しているのは確かなので…」(黒澤医師)

「助かることが当たり前に」

 PICUには、生後5か月で“初めての抱っこ”を経験する赤ちゃんの姿がありました。「声を聞くのもこれが初めて」と話す両親と、寄り添う黒澤医師にも笑みがこぼれます。

「“最後の砦”という言葉がよく使われますが、そうあり続けるためには質を保たないといけないので。『このぐらい重症の子が助かるのは当たり前だよ』って、そういう意味で普通に助けるようにしたいです。『普通に助かるじゃん、当たり前じゃん、それが当然だよ』っていうふうにしたいですね」(黒澤医師)

(「かんさい情報ネットten.」 2023年1月13日放送)

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