5月19日(木)
十分なお金がもらえない…問われる「犯罪被害者等給付金」のあり方 殺人事件の被害者遺族らの訴え
26人の命が失われた大阪・北新地のビル放火殺人事件。その遺族が、悲しみに暮れる間もなく直面しているのが、国から支払われる給付金の問題です。加害者による賠償金とは別に、犯罪被害者に対し国が補償する「犯罪被害者等給付金」。しかし北新地放火殺人の遺族らは、十分な金額を受け取れない恐れがあるのです。それは一体なぜなのか?補償の実態と問題点を取材しました。
【特集】北新地クリニックの犠牲者“無職”とみなされ補償金減額も…、殺人事件で夫を失い「125万円」に愕然、問われる『犯罪被害者等給付金』のあり方
犯罪被害者の補償に制度の壁
大阪・北新地のクリニックで、26人が犠牲となった放火殺人事件。悲しみに暮れる遺族に追い打ちをかけているのが、犯罪被害者に対する国の補償の脆弱さです。この事件の遺族らは、十分な金額を受け取れない恐れがあるというのです。それは一体なぜなのか…補償の実態と制度の課題を取材しました。
“無職”で減額の可能性、遺族の困惑
(北新地放火殺人事件で夫を亡くした女性)
「夫とは共働きで家事育児も協力し合い、家族全員が仲良く、絵にかいたような幸せな家庭でした」
読売テレビの取材に心境を語ったのは、大阪・北新地の放火殺人事件で夫を亡くした女性です。
事件当日、夫が身に着けていた腕時計
事件当日、夫が身に着けていた腕時計。女性の誕生日に夫婦ペアで買ったものだといいます。まじめすぎる性格だったという女性の夫は、心と体のバランスを崩して勤務先を退職。その後、再び職に就くことを目指し 治療を受けていたクリニックで、事件に巻き込まれました。そして今女性は、夫を失った悲しみに暮れる間もなく、新たな困難に直面しています。
(北新地放火殺人事件で夫を亡くした女性)
「葬儀費用からはじまり、搬送先の病院の受診料すら被害者遺族が支払わなければならず、日々積み重なる経済的負担の重さをひしひしと感じています。私は子どもを守らないといけないのです」
大阪・北新地放火殺人事件 谷本盛雄容疑者
事件を起こしたとされる谷本盛雄容疑者は死亡し、書類送検された後、不起訴になりました。訴訟を起こして加害者側に賠償金を請求するのは、難しいとみられています。
「犯罪被害者等給付金」のパンフレット
そもそも日本には、加害者による賠償金とは別に「犯罪被害者等給付金」という、犯罪被害者に対し国が経済的に補償する制度があります。2004年には、「犯罪被害者への支援は国や自治体の責務である」と定めた『犯罪被害者等基本法』も成立し、給付金の対象や額は徐々に拡充されていきました。
しかし今、この給付金のあり方が問われています。給付金の支給額は、事件直前の3か月の収入が影響するのですが、職場復帰を目指し通院していた北新地放火殺人事件の犠牲者は“無職”とみなされ、遺族らへの給付金が大きく減らされる恐れがあるのです。
(北新地放火殺人事件で夫を亡くした女性)
「大切な人の『価値』を、その当時の収入で決められたくないと思いました」
「これでは生活できない」夫を殺害され125万円
夫を殺害された大竹有利子さん(兵庫県・姫路市)
2001年、近所の男に刃物で刺され亡くなった大竹浅一さん。その妻・有利子さんは、2人の子どもを抱え途方に暮れる中、国から振り込まれた給付金を見て愕然としたと言います。
(大竹有利子さん)
「2003年1月に125万6667円が振り込まれましたが、安い金額というか、これくらいの金額をもらったって、生活できるのかなというのが始まりで…」
2人の子供との生活費や加害者側との民事訴訟の費用を、パート勤務で工面する毎日。生活は楽ではありませんでした。
(大竹有利子さん)
「本当に“お見舞金”ですね。とにかく仕事せんと、毎月決まった収入だけ働かないと、っていう…そっちの気持ちの方が大きかったです」
様々な理由で減額される給付金
犯罪被害者等給付金は、支給額の算定にさまざまな基準があり、全て満たすと最高で2964万円を受け取れることになっています。しかし2020年度の平均支給額は、590万円にとどまっています。これは、交通事故で支払われる自賠責保険の平均額2400万円の、わずか4分の1。給付金の算定基準は公表されておらず、犯罪被害者の支援団体によると、事件の状況や直前の収入で減額されるということです。
(大竹有利子さん)
「私が一番悔しいのは、2001年に主人の事件があってから20年も経っているのに、またこんなクリニックの事件が起きても何も変わってないのが、歯がゆくて仕方がないんです」
被害者らが国に直訴「これからの生活に責任を持って」
「犯罪被害補償を求める会」
北新地放火殺人事件が浮き彫りにした、被害者支援の脆弱さ。この事件を受けて、動き出した人たちがいます。犯罪被害者らで作る「犯罪被害補償を求める会」です。代表の藤本護さんは、20年前に妻を殺害されました。長年にわたって国に、犯罪被害者に対する補償の充実を求めてきました。
「犯罪被害補償を求める会」代表・藤本護さん
(藤本護さん)
「私たちは、国が責任をもって補償すべき問題じゃないかと思っています。犯罪被害者のこれからの生活に責任を持つのが、国ではないかと思っています」
犯罪被害者支援制度に詳しい奥村昌裕弁護士
給付金の課題について、専門家は…
(奥村昌裕弁護士)
「加害者が第一次的責任を負うという考え方が当然あって、国は補充的だということになっています。その考えが一番大きい問題だと思います。給付金の趣旨が『犯罪被害者の救済のため』なので、それが職業によって変わるのはとても違和感があります」
給付金について定めた法律では、「一定の損害賠償を受けたときは、給付金は支給しない」とされています。 しかし奥村弁護士は、加害者からの賠償金に関わらず、国は給付金だけで生活が成り立つだけの補償をすべきと指摘します。
国会議員に制度の見直しを直訴
「犯罪被害補償を求める会」は2月に、北新地の事件の遺族らに対する十分な補償を早く行うよう国に要望し、さらに4月には国会に赴き、国会議員に直接、制度の見直しを訴えました。
(大竹有利子さん)
「『被害者の生の声が、いかに重大かよくわかる』という言葉をいただいて、『だいぶ動きが出てきます』という言葉も聞けたので、有意義だったと思います」
北新地の事件で夫を亡くした女性は、事件の日に夫が身に着けていた腕時計から、まだ炭のようなにおいがすると言います。事件のことを忘れる日はありません。
(北新地放火殺人事件で夫を亡くした女性)
「一人の被害者の背景には、多くの家族がいます。給付金は、犯罪被害者等基本法の理念をしっかり活かした形で実行してほしいと、切に願います」
(「かんさい情報ネットten.」 2022年5月19日放送)
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