【ゲキ追】キーワードは「喪失」や「孤立」…北新地放火3か月「拡大自殺」を防ぐには?

北新地放火殺人事件から3か月。
放火と殺人などの疑いで書類送検され、容疑者死亡で不起訴となった谷本盛雄容疑者の
犯行動機として指摘されているのが、「拡大自殺」。
他人を巻き込んで、自殺を図るという行為を、二度と起こさせないために
できることは無いのか…実際に自殺を図ろうと考えた経験を持つ人たちの
「今」の姿から、「拡大自殺」を防ぐ方法を考える。

【特集】「こいつらを道連れに、と考えたら希望が湧いた」経験者が語る“拡大自殺”計画に至る心理 喪失と孤独を防ぐために必要なもの

「拡大自殺」を防ぐ課題は

「自ら命を絶つ」。その苦しみの果てに、凄惨な事件を引き起こしたのでしょうか…。2021年12月、大阪・北新地のビルに入るクリニックで起きた放火殺人事件。26人を巻き込み死亡した、谷本盛雄容疑者の犯行動機として指摘されているものが“拡大自殺”です。

北新地放火殺人事件の谷本盛雄容疑者

 きっかけは誰にでも起こり得る「喪失」や「孤立」。専門家は、死に対する恐怖などから逃れるために他の人生を奪おうと考えることは「特殊な人」ではないと言います。凄惨な事件を二度と起こさせないため、“拡大自殺”はなぜ生まれ、防ぐためには何が必要なのか、その課題を探りました。

“拡大自殺”を考えた男性…心を支配した「破滅的な喪失感」

「日本駆け込み寺」理事・玄秀盛さん

 東京・歌舞伎町で、自殺を考える人などを支援する「日本駆け込み寺」の理事を務める玄秀盛(げん・ひでもり)さん。

「歌舞伎町は“欲望の街”“24時間眠らない街”という場所で、悩みというかトラブルを抱えた人間がたくさんいる。死に至る相談とか、人を巻き込む相談は、『不安』や『悩み』、その“ひとかけら”から始まるんです」(玄秀盛さん)


メールで“自殺”の相談が届く

 自殺に関する相談は、メールでも寄せられます。

「このメールをくれた子は、『コロナで時短勤務になって収入が減って、そのために借金した150万円ほどを返せる目途がなく催促が来る。モチベーションが下がって、さらに年末になったら余計に督促がくるから、もう年を越しても希望がない。だから年は越せない』という相談から入ったんです」(玄さん)

この活動の原動力となっているのが、自身が22年前に知人5人を巻き込む“拡大自殺”を図ろうとした苦い経験だといいます。

「有頂天だった」22年前の玄さん

 当時、数多くの事業を手掛け、順風満帆な人生を歩んでいた玄さんが、自殺を考えるきっかけとなったのは、献血の際に受けた血液検査でした。

「最初にパッと診断書を見たら、『HIV』に見えたんです。『感染』や『陽性』って。あぁ…と思った瞬間でした。天と地どころか、あのときは有頂天だったから、まだまだ俺の時代や、とか思っていたのに、その自分が『死ぬ』って…。死を意識したのは生まれて初めてでした。『金ではもう生きられない、じゃあ目的はなんだ』と考えたときに、パッと5人が思い浮かんだんです」(玄さん)

「俺にとっては、過去の復讐でした。“こいつらを道連れに”と考えたら希望が湧くんです。あのときの心境で言ったら、それくらいのエネルギーでした。“死”に対する恐怖を逃れるために他の人生を奪おう、という心理状態ですね」(玄さん)

 玄さんは、殺害したい5人の居場所を調べるなど、着々と“拡大自殺”の準備を進めていました。ところが3日後、診断書を改めて確認すると、結果を見間違え、HIVではなかったことに気がついたのです。

「たったそれだけでした。でもそのときは短絡的に、“拡大自殺”しかないと思った。それは生きる希望でもあるし、『それで俺の命とちょうどつり合いがとれるだろう』と思っていました」(玄さん)

精神科医・片田珠美医師

 “無関係の人を巻き添えにしよう”という、玄さんの歪んだ心理状態。到底理解しがたいものですが、専門家は「誰もが陥るリスクがある」と指摘します。

「北新地放火殺人事件の谷本容疑者は、ある時期までは幸せな生活を営んでいた。ところが『離婚』や『退職』という喪失体験によって、罪を犯した。こういう事件を起こすのは、“頭のおかしい特殊な人だ”という感覚は捨て去らなければなりません。そういう喪失体験に直面する機会は、誰にでもあるのです」(精神科医 片田珠美医師)

 片田医師によると、“拡大自殺”に至るにはいくつかの要件があるといいます。玄さんが感じたような「破滅的な喪失」のほか、社会的または心理的な「孤立」などです。

 谷本容疑者の場合、10年以上前に妻と離婚し、長男に対する殺人未遂事件を引き起こしていました。懲役4年の実刑判決で服役し、保護観察期間を終えた後は、社会とほとんど接点を持たない独り暮らし。さらに、事件前にはアパートの賃貸収入が途絶え、生活保護の申請も却下されていたのです。こうして谷本容疑者が抱えていたであろう「喪失」や「孤立」といった“拡大自殺”の要件は、取り除く手立てはなかったのでしょうか。

人との絆をつくり「孤立」を防ぐ…牧師の“自殺”との闘い

和歌山・白浜町「三段壁」

 和歌山県白浜町で観光名所として知られる三段壁。実は、自殺を試みる人が後を絶たない場所でもあります。地元のキリスト教会「白浜バプテスト基督教会」の牧師・藤藪庸一(ふじやぶ・よういち)さんは、25年以上、自殺を考えた人の保護を続けています。

自殺を考えた人の保護を続ける牧師・藤藪庸一さん

「年間を通じて、亡くなられている方は10人前後です。絶壁に座っていたり、そこに立っていたりした人に声を掛けに行くのは、すごく多かったですね」(藤藪庸一さん)

 三段壁のすぐ近くにある公衆電話からは毎月、助けを求める電話があると言います。

「公衆電話に、10円玉やテレホンカードなどをいつも置いているんです。その10円を使って電話してもらっています。やっぱり夜になる頃に一つ山があって、もう一つは朝にかけてです。次の日の朝を迎えるのにしんどさを覚える人や、『一晩ここに座ったけど死ねなかった』といって電話をかけてくる人がいます」(藤藪さん)

 藤藪さんの教会では、保護された人たちが社会復帰を目指し共同生活を送っています。自殺を考えた人のほか、家庭の事情を抱えた人もいて、18歳から83歳と幅広い年齢の人がいます。

教会で共同生活を送る 真鍋和之さん

 その中の一人、真鍋和之さん(37歳)は8年前、余命半年を宣告された父親を看病するために仕事を辞めましたが、その後の再就職が上手く進まず、この教会を訪れました。

「父親の最期を看取って、住むところもなくて、仕事もなくて、頼る人もいなくて。自分はいなくてもいいかなと…。死のうかなと思ったこともありました」(真鍋さん)

社会復帰の訓練の場も提供

 共同生活を送る真鍋さんらは、教会近くの弁当屋「まちなかキッチン」で働いています。社会復帰に向けた訓練の場として、牧師の藤藪さんが約10年前から経営する店です。朝6時から仕込みを始め、1つ500円の弁当を皆で協力して作り上げています。真鍋さんらは正社員として雇用され、お店の売り上げから給料が支払われているのです。

 藤藪さんがこうした取り組みを行うのは、“社会的な孤立が自殺を生む”と考えているからだといいます。谷本容疑者が起こしたとされる“拡大自殺”も、「社会的な孤立が背景にある」と考えているのです。

「自分だけの問題じゃなくて、自分の子どもだったり、妻だったり、両親だったり、本当にいろんな人のことを考えると『できない』となるはずなんです。そういうものが最近、人との関わりの中で薄れていて、本当に身近な人との人間関係の中に、大事なものがないんじゃないかと思うんです。それが、こういう事件が起こる背景にあるんじゃないかと思っています」(藤藪さん)

真鍋さんの人生を変えた共同生活

 真鍋さんの人生も、教会での共同生活で変わりました。

「ここに来ていろんな人とケンカしたんです。僕はすぐにキレちゃう感じだったんですけど、僕自身もここに受け入れられて接しているわけなので、極力人を受け入れて、人と対峙していこうと心掛けて生活するようになりました。それを続けていると、人が嫌いだったのが、人を好きになりました。周りにいる人は、みんな家族みたいな感じです」(真鍋さん)

 自殺者数が年間2万人を超える日本。“1人で抱える孤立感”をどう解消していくのか―。“拡大自殺”を防ぐ意味でも、突きつけられた課題です。

(「かんさい情報ネットten.」 2022年3月16日放送)

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