コロナ・SARS…発生頻度高まる動物由来の感染症、背景に何が?新たなパンデミック防止に向けた対策研究最前線

いまだ世界的流行が治まらない新型コロナウイルスですが、このウイルスは「コウモリから人に感染した」とも言われています。エボラ出血熱、SARS、MARSなど、実は動物に由来する新たな感染症の発生頻度は、近年高まっているのです。その背景にあったのは、人間と野生動物との“距離”。新たなパンデミックを生まないために、私たちに必要なこととは?さらに北海道で、マダニが媒介する「未知のウイルス」が発見!果たしてその危険性は!? 日々“人類の脅威”に立ち向かう研究の最前線を取材しました。

【特集】コロナ、SARS、MERSなど近年増加する動物由来の感染症、北海道で“新種ウイルス”も発見…新たなパンデミックを防ぐには?研究最前線

近年増加している「動物由来感染症」

 世界人口の増加や急激な経済発展による人々の生活の変化は、自然環境や動物の生態系にもさまざまな影響をもたらしました。その結果、野生動物は人間の生活圏に姿を現すようになり、新たなリスクが生じています。それは、動物から人へと感染する「動物由来感染症」です。現在も続く、新型コロナウイルスの世界的な大流行。発生源は、洞窟に生息していた「コウモリ」とも言われています。近年、「動物由来感染症」が発生する頻度は増加し、その種類はWHOで把握されているだけでも200種類以上にのぼります。新たなパンデミックを生まないため、リスクに立ち向かう研究の最前線を取材しました。

死亡のリスクも…感染症を媒介する「マダニ」

「マダニ」を採取する研究員

 雑木林で白い布を引きながら進む集団。大阪府内で感染症の広がりに目を光らせる、「大阪健康安全基盤研究所」の研究員です。彼らが見つけたのは、イノシシなどの野生動物に寄生し、感染症を媒介する恐れのある「マダニ」。研究所では、人に害のある病原体を持っていないか確認するため、定期的にマダニの捕獲を行っています。

大阪健康安全基盤研究所・青山幾子主幹研究員

「マダニ媒介感染症というのは世界にたくさんあるんですけど、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)の患者報告は、今まで西日本中心と言われていたのが、千葉や静岡など東日本でも患者が報告されています」(大阪健康安全基盤研究所 青山幾子主幹研究員)

 「SFTS」は、今最も警戒されているマダニが媒介する感染症で、2011年に中国で初めて確認されました。SFTSウイルスを持ったマダニに刺されると感染し、発熱や嘔吐などの症状が出ます。致死率は27%に上るといわれ、現状、特効薬やワクチンはありません。草むらなどに生息するマダニが、人や動物が通ったときにくっ付き、血を吸う際にウイルスに感染させることがあるといいます。

吸血後に大きくなったマダニ (提供:大阪健康安全基盤研究所)

「血を吸うと2倍どころか4~5倍に膨れ上がると思います。1円玉とか10円玉近くまで膨れ上がるような大きなマダニもいます」(大阪健康安全基盤研究所 青山幾子主幹研究員)

世界中で確認された動物由来感染症

 国内でも毎年100人ほどが感染し、これまでに80人が死亡。感染が確認された地域は広がりを見せています。「SFTS」をはじめ、「エボラ出血熱」、「SARS」、「MERS」など、世界中で現れた病気の多くが動物由来の感染症です。近年、新たに発生する頻度が高まっているという背景には、いったい何があるのでしょうか?

近づく野生動物と人との“距離”…適正に保つには

人里に現れる頻度が増えたイノシシ

 都市部に出没するイノシシ。人の生活圏の近くで暮らすうちに、餌をもらったり生活ごみの中から餌を探したりした経験などから、人への警戒心は低いといいます。兵庫県立丹波並木道中央公園ではこの冬、園内の芝生が7000平方メートル以上にわたり、イノシシに掘り返される被害が発生しました。こういった被害にとどまらず、人と野生動物の距離が近づくことは、動物に由来する感染症が広がるリスクになるといいます。イノシシなどの生態系を研究している兵庫県立大学の栗山武夫准教授は、人と野生動物の生活圏が近づく背景に、社会の変化があると言います。

兵庫県立大学・栗山武夫准教授

「40年か50年前の衛星写真では、田んぼが広がっていたんですけど、耕作をやめてしまって草がぼうぼうになってしまった。餌になるミミズや植物もありますし、そこで寝たり繁殖もできるので、休耕田があればあるほどイノシシとしてはいい状況です」(兵庫県立大学 栗山武夫准教授)

 農村の過疎化により、農作物を栽培しない耕作放棄地などが増加。そこで繁殖した動物が人里に出てくるようになった、というのです。

「イノシシの生息数は全く分からなくて、死亡率もすごく高いのですが、年間で子どもを4頭生んだりとか、捕獲してもすぐ増えるという動物なので、個体数推定がすごく難しいんです」(兵庫県立大学 栗山武夫准教授)

無人カメラで撮影された野生のイノシシ(提供:兵庫県立大学)

 農作物にも深刻な被害をもたらすイノシシですが、実はどの地域にどれだけいるか、これまで明らかになっていませんでした。そこで、栗山准教授らは兵庫県内の山林の一部で、5km四方ごとに15台ずつカメラを設置。その映像をもとに、イノシシの分布調査を行いました。

 撮影エリアを設定し、その中に入った回数と滞在時間などを測定します。すると無人カメラには、豊かな森の中で活発に活動する大小さまざまなイノシシの様子が収められていました。

兵庫県のイノシシ生息密度マップ

 そして栗山准教授らは、イノシシの残した痕跡と合わせ県内全域での生息密度を割り出しました。地図に落とし込むと、兵庫県内では淡路島や阪神間でイノシシがかなり“密”な状態になっていることが分かりました。こういった地域で集中的に捕獲することで、適切な密度の管理ができるといいます。

捕獲情報を共有する「狩ingマップ」

 さらに兵庫県立大学では、捕獲した動物についての情報を猟師や自治体の間で共有するシステム「狩ingマップ」を構築しました。丹波市が有害鳥獣として猟友会に捕獲を依頼している「シカ」などを捕獲した後、猟師はその場でGPS付きのスマートフォンで写真を撮り、『狩ingマップ』に投稿します。すると、スマートフォンに記録された位置情報などと共に「捕獲情報」として共有され、いつ・どこで・どんな動物が捕獲されたかが地図上に示されるのです。

AIで成獣かどうか判定も可能

 また、AIを使って動物の大きさを計算し、大人か子どもかの判定もできます。自治体の事務作業の効率化や捕獲計画に生かすのが狙いで、今年度中には県内で本格的な実用を目指しています。

「シカやイノシシを根絶させてもいけないですし、目的はあくまでも“被害がなくなる程度の密度”にすることなので、どのぐらいの密度になると被害が収まるのかをきちんと把握したうえで、毎年ここではどのぐらい捕獲しましょうという計画を立てます。そうすれば、シカもイノシシも山にいて、農村部はちゃんと守られているという理想的な形になると思います」(兵庫県立大学 栗山武夫准教授)

発見された新たなウイルス…危険性は?

新種のウイルス「エゾウイルス」

 マダニが媒介するウイルスを巡り、“未知のウイルス”が見つかったという情報を得て、取材班は北海道に向かいました。「動物由来感染症」を専門に研究する、北海道大学・人獣共通感染症国際共同研究所で、マダニなどが媒介する感染症の研究を行う松野啓太講師が、マダニにかまれて発熱した患者から“未知のウイルス”を見つけ出したのです。遺伝子の配列を調べたところ、新種の「エゾウイルス」であることが分かったといいます。

感染症法1類「クリミア・コンゴ出血熱」と同じ分類

 「エゾウイルス」は現在、感染が確認された7人のうち、亡くなった患者はいませんが、感染症法上最も危険な「1類感染症」に指定され致死率が最大40%にのぼる「クリミア・コンゴ出血熱」と近縁のウイルスだといいます。

北海道大学・松野啓太講師

「患者の報告された地域、あるいは患者が『マダニにかまれた』と言っている地域は、北海道内全体に散らばっているので、北海道内どこででもかかり得る病気と考えています。本州は私たちが調査をしていないというだけで、エゾウイルスがいないということではないので、今後本州からも患者が見つかる可能性は、十分にあると考えています」(北海道大学 松野啓太講師)

病原体を調査し感染のメカニズムを研究 (北大・人獣共通感染症国際共同研究所)

 研究所では、世界中で野生動物が持つ病原体の調査を行っています。ヘビに寄生したマダニを採取することもあれば、洞窟の中を探索し、そこに生息するコウモリに病原体がないか調べることもあります。こうした活動を通じて、動物由来感染症の発生源や感染のメカニズムを調べウイルスの保存も行っています。ひとたび人に感染が広がった際に、治療薬の開発などに活かし流行を阻止するための、“先回り対策”です。

「だいたい10年ぐらいのスパンで、我々が目にするような『人獣共通感染症のアウトブレイク(集団感染)』があるのかなと思っています。予防に向けてどうしたらいいかという議論は必要で、ひとつの環境の中でどうやって人間と動物がうまく付き合っていくかを考え、将来的には感染症の制御というところにいけたらいいなと思っています」(北海道大学 松野啓太講師)

 人と野生動物の距離が近づく中で忍び寄る“感染症パンデミック”のリスク。その裏には、生態系に影響を及ぼし続けてきた私たちの行動があることを忘れてはなりません。

(「かんさい情報ネットten.」 2022年4月26日放送)

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