“治らない病気”B型肝炎、一生続く治療にガンの発症も…医療の進歩願う患者と研究者たちの闘い

“持続可能な開発目標”「SDGs」今回は“すべての人に健康と福祉を”。
2030年までに、世界中で対処すべき病気としてあげられているのが、肝臓の病気「肝炎」です。中でも日本人に感染者が多いのが「B型肝炎」。過去に行った集団予防接種の注射器の使い回しにより、日本中で40万人以上が感染、さらに母子感染で100万人以上が発症しています。現在の医療技術では完治することができず、肝ガンに進行することも…。日々治療と向き合う患者と、一日でも早い「特効薬」の開発を進める研究者たちの姿を追いました。

【特集】“治らない病気”B型肝炎、40℃の熱に鬱…薬の激しい副作用に「自殺を決意したことも」ガンに進行し手術7回…医療の進歩願う患者と研究者たちの闘い

発症から20年、過酷な治療と副作用

小池真紀子さん(70)

 B型肝炎とは、ウイルスに感染することで肝臓に炎症が起こる病気で、肝硬変や肝がんといった命にかかわる病気へと進行する恐れもあります。厚労省によると、現在国内の感染者は、最大140万人に上るといいます。

大阪府富田林市に住む小池真紀子さん(70)は、52歳のときB型肝炎ウイルスによる慢性肝炎を発症しました。

「B型肝炎って“治らない病気”って言われているのでね。私の場合、薬の副作用で苦労したので、どうにかして治したいと思ってすごく努力して、食べるものから気を付けて頑張りました」(小池さん)

注射器の使いまわしにより感染が拡大

 小池さんがB型肝炎ウイルスに感染した原因は、幼いころに受けた集団予防接種です。当時、国は接種の効率を上げるために注射器の使いまわしを規制しなかったため、血液感染により日本中にウイルスが広がりました。昭和生まれなら誰もが感染している恐れがあり、発症までの潜伏期間が長いため、感染に気付かないことも多いと言います。

20年以上通院を続ける小池さん

 発症から20年近くたった今も、小池さんは病院に通い続けています。

「私、薬の副作用で頭痛がひどかったので、早くお薬を止めたいと思っているんです」(小池さん)
「薬を止めると、ウイルスが増えてくることが考えられますから、定期的に検査はしないといけませんね」(医師)

小池さんを苦しめた副作用とは…

「注射を打ったすぐから40℃ぐらいの熱が出て、もうガタガタ震えて起き上がれない、ご飯も食べられない、というぐらいひどくて。その注射を半年間続けるんですけど、頭痛とうつ症状などが出てそれはひどかったです…」(小池さん)

しかし、止めると命の危険があるため、薬は飲み続けなければなりませんでした。さらに…

「注射が1本5千円ぐらいしたんです。それを週に3回で月7万円ぐらいかかって、経済的にも大変でした。仕事もできなくなるし…」(小池さん)

2008年 小池さんらは国を提訴

 2008年、小池さんらは、肝炎ウイルスに感染した被害者の救済を求めて国を提訴。「集団予防接種の注射器の使いまわしを放置したのは、国の責任だ」と訴えました。2010年12月に行った街頭演説では…

「私たちには時間がありません!命のともし火が消えかけてる人もいます!」(小池さん)

悲痛な声で支援を呼びかけました。

2011年 国が責任を認める

 こうした長い戦いの末、2011年、ついに国が感染拡大の責任を認めました。当時の菅直人首相が「国を代表して心からおわびを申し上げます」と被害者に謝罪したのです。

母子感染から、肝がんにまで進行

約100万人が“母子感染”

 最大で140万人いるといわれるB型肝炎ウイルスの感染者のうち、集団予防接種で感染した人は40万人以上。そして残りの約100万人の感染経路は、出産時に母親から子どもにうつった「母子感染」とみられています。大阪府和泉市に住む西村愼太郎さんも、その一人です。今は「母子感染」を防ぐワクチンがありますが、当時はありませんでした。西村さんの肝炎は、現在“肝がん”にまで進行しています。

肝炎が肝がんに進行 西村愼太郎さん

「発がんを繰り返すというのは、止まってほしいですね、家族も心配しますからね」(西村さん)

西村さんのように幼い頃に感染すると、体の中からウイルスを完全に取り除くことはできず、治療は一生続きます。さらに肝がんに進行すると、何度も再発することもあるといいます。

Q治ったら何がしたいですか?
「旅行とか、特に温泉に行きたいですね」(西村さん)

この日、西村さんは6回目の肝がんの手術のため、病院へ。翌日の手術は、11時間を超えました。

望むのは「安心して治療を受けられる社会」

医学生たちへ講義

 小池真紀子さんは、B型肝炎への理解を深めてもらおうと、国を訴えた裁判の仲間と大学などを回り、闘病体験や国との闘いについて語っています。この日は、医療従事者を目指す医学部などの学生たちへの講義のため、大学の教壇に立ちました。

「私が小さいころは、小学校で集団予防接種を受けました。みんな並んで同じ注射器で連続して受けたことを覚えています」(小池さん)

「なぜ私だけが死ぬほどの副作用が続くのか?主治医にも分かってもらえず、死ななければこの苦しみから解放されないと思い、自殺について書かれた本を読み、どうしたら死ねるかばかり考えていました。死のうと思って、場所も家の倉庫の裏に決めました。夜遅く帰って来た夫は私の様子に気づき、大声で『死んだらあかん』と言ってくれました」(小池さん)

小池さんの講義を聴いた学生

講義を聞いた医学部の学生たちは…

「感染原因になった注射器の回し打ちは、防げたことだと思うので、防げたことでこのように身体的・精神的ダメージを受けられたことを聞いて、とても悔しいと思いました」
「患者さんが思っている素直な気持ち、『こういう事が嫌だった』というのが身に染みてわかったので、そういうことに気を付けられる医師になりたいと思うことができました」

また小池さんは、患者たちが安心して治療を受けられるよう、自治体への働きかけも続けています。自覚症状がないまま病状が進行する「肝炎」は、重症化を防ぐために定期検査が重要です。小池さんの住む大阪府では、去年から費用を助成する制度が始まりました(※所得制限や回数制限あり)。こうした制度は今、全国に広がっています。これは小池さんら患者が、国や自治体に粘り強く要望してきた“成果”です。大阪府の健康医療部・黒岡秀徳さんは、「経済的な負担を費用助成で軽減することで、患者の定期受診の動機づけに繋がっていってほしいと考えています」と話します。

現在、小池さんの症状は安定しています。しかしB型肝炎ウイルスは、「母子感染」で娘と息子にもうつっていました。小池さんが望むのは、全ての患者が安心して治療を受け続けられる社会です。

「自分のことよりも、子どもたちの今後のことが心配で…。このまま何もなくいって欲しいんですけど。もう本当に早くね、良いお薬ができて欲しい、それを望むばかりです」(小池さん)

患者の悲願「特効薬」、研究者たちの闘い

年間30億円の予算で肝炎の研究を支援

 患者らの悲願である、B型肝炎の「特効薬」の開発。実は日本は、世界を大きくリードできる可能性を秘めています。国は、患者らの要望に応え年間30億円ほどの予算を付け、肝炎の研究を支援しています。大阪大学の研究班は、「B型肝炎ウイルスの増え方とその制御方法」を研究しており、約1億円の予算がつきました。研究では、ウイルスの増殖を抑える物質を見出す成果もあげていて、新しい薬の開発へ期待がかかります。

研究室には多くの外国人留学生が

 この研究室で目立つのは外国人留学生の姿です。先進国の中でも、B型肝炎の感染者が多い日本。だからこそ研究を進めるには有利ともいえ、この研究室には世界中から留学生が集まっています。

「タイでは、患者が多く感染して亡くなっています。将来的に、自分の研究を母国の患者に役立てたいです」(タイの留学生)
「将来、自分が治療薬とかの開発の役に立てればと思っています」(韓国の留学生)

大阪大学大学院医学系研究科 上田啓次教授

「世界に3億人近い患者さんがおられますので、良い安い薬が開発できて、肝硬変や肝がんにならないような薬の開発ができれば、人類のためにもいいのかなと思います」(上田教授)

今の医学では完治できないB型肝炎ですが、もし完全に抑える薬ができれば、歴史に残る偉業となります。日本は、国民病とも呼ばれる「肝炎」を制することはできるのでしょうか。

肝がんが再発、肺への転移も…

 6回目の肝がんの手術を終えた西村さん。しかしその後検査を受けたところ、肝がんが再発していたほか、肺への転移も見つかりました。

「今度の方がちょっとひどいんですよ。血液検査の結果を見ても、がんの数や場所も…前に痛い目をした外科手術は何やったんやろうなと思います」 (西村さん)

7回目の手術を終えた西村さん

 西村さんは7回目の手術を終え、今も抗がん剤の治療を受けています。西村さんの人生につきまとうB型肝炎ウイルス―。人類の闘いは続きます。

(「かんさい情報ネットten.」2022年5月17日放送)

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