不可能を可能に…同じ場所に長時間大雨が降り続く「線状降水帯」 予測の現在地と課題

例年、これからの時期、各地で甚大な被害をもたらしているのが「線状降水帯」による大雨です。これまで詳しいメカニズムは解明されていませんでしたが最新の研究で“あるもの”が発生に深くかかわっていることがわかってきました。さらに気象庁は半日前をめどにその発生を予測し、発表する取り組みも開始。その予測の方法とは?世界をリードする、日本の「線状降水帯」予測の実力と課題をゲキ追しました。

【特集】 日本特有の現象「線状降水帯」、その発生メカニズムとは?不可能とされてきた“予測”の最前線

「線状降水帯」よる被害が出た、西日本豪雨(2018年)

 例年、秋にかけて各地で甚大な被害をもたらすのが、広い範囲で同じ場所に長時間にわたって大雨が降り続く「線状降水帯」です。これまで、その発生を“予測”することは不可能とされてきましたが、最新の研究で“あるもの”が発生に深くかかわっていることが分かってきました。世界をリードする、日本の「線状降水帯」予測の実力と課題とは?

日本特有の「線状降水帯」 要因となる“大気の川”

日本列島の上空に起こった“大気の川”

 2018年7月の西日本豪雨では、総雨量が1000ミリを超える場所もありました。この時の線状降水帯について、“大気の川”と呼ばれる大量の水蒸気が、西日本に流れ込んだことが原因とみられています。その長さは、約3000km、幅800km。この水蒸気を水の流れる量に換算すると、世界最大のアマゾン川の約2倍、大阪の淀川で言えば約1800倍という、とてつもない量です。そして、大量の水蒸気を含む暖かく湿った空気が山などにぶつかることで、次々に積乱雲が発生し、線状降水帯が発生しました。

筑波大学生命環境系 釜江陽一助教

(筑波大学生命環境系 釜江陽一助教)
「現在、地球温暖化が進んでおりまして、大気中の水蒸気の量が増えていくと、日本の上空に流れ込む“大気の川”と呼ばれる現象の数がますます増えて、さらに強さも増していくと考えられています」

 今世紀の終わりごろには大雨の発生頻度は3倍に増加し、このうちの89%は“大気の川”に起因するものだといいます。

(筑波大学生命環境系 釜江陽一助教)
「日本列島は、大きなユーラシア大陸と太平洋との間に挟まれていて、非常に複雑な気候が形成されています。日本特有の条件が“大気の川”や、それによる線状降水帯をもたらしている可能性があります」

水害・土砂災害の発生状況(2010年~2019年の10年間/国土交通省「水害統計」より)

 実際に過去10年間のデータを見てみると、全国の約97%の市町村で大雨により水害や土砂災害が発生していることが分かります。10年間、同じ場所に住み続けていれば、自分が住んでいる町も災害に見舞われる計算で、もはや日本中どこにも安全な場所はないといえます。

「線状降水帯」の予測を可能にしたのは海の上での気象観測

気象庁は、「線状降水帯」の予測に乗り出した(2022年5月31日会見)

 気象庁は2021年度、257億5400万円という異例の規模の費用を投じ、線状降水帯の予測精度向上に舵をきりました。2022年6月1日からは線状降水帯が発生するおそれがある場合、半日前をめどに「予測情報」を発表しています。

気象庁観測船「凌風丸」(2022年6月9日取材)

 予測を可能にした最も大きな要因は、海上での水蒸気観測の強化です。気象庁は海洋気象観測船2隻を代わるがわる九州の西の東シナ海に出し、水蒸気を観測しています。

「GNSS」で水蒸気の量を計測

 観測のポイントは、水蒸気の“量”と“位置”です。まず、量を測るために使うのが、船上に設置された衛星からの電波を受信する「GNSS」と呼ばれるシステムです。これ1つで、10機から20機ほどの衛星の電波を常時受信しています。衛星から電波を受信する際、大気中に水蒸気が多く存在すると、電波が届くまでにわずかな遅れが生じるため、その遅れ具合で水蒸気の量が分かります。

水蒸気の位置を観測する「ラジオゾンデ」を付けた気球を飛ばす

 また、雨になるかどうかを見分けるため、「ラジオゾンデ」と呼ばれる観測機器を風船に取り付けて飛ばし、水蒸気の位置を観測します。風船が割れるまで、2秒おきに湿度や風向きなどを観測することで、どの高さにどの程度の量の水蒸気が存在しているかが分かります。

気象庁 環境・海洋気象課 日比野祥 調査官

(気象庁 環境・海洋気象課 日比野祥 調査官)
「雨が降る水蒸気の上流をたどると海になるので、海で測ることによって、半日後に陸でどんな雨が降るかが予測できるという仕組みです」

「線状降水帯」の発生予測の精度には課題も

“バックビルディング” シミュレーションCG (提供:気象研究所)

 日本の気象研究の最前線、気象庁の研究機関、茨城県つくば市の「気象研究所」では、集めたデータをもとに線状降水帯ができる様子を再現した、シミュレーション動画が作られています。

(気象観測研究部 第四研究室 川畑拓矢室長)
「白っぽく見えるのが雲で、青や赤で示しているのが水で、いわゆる雨です」

 海から吹き付ける風が山にぶつかり、積乱雲が次々に発生していく“バックビルディング”という発生メカニズムをとらえることができました。

「富岳」を活用し、予測精度を向上

 さらに、これまで水蒸気のデータを活用した発生予測は、気象庁のスーパーコンピュータを使い、21通りしか予測できませんでしたが、世界一の性能を誇るスーパーコンピュータ「富岳」を活用することで、約50倍の1000通りを瞬時に予測することが可能になりました。発生確率はこれらの平均で導き出すため、21通りと1000通りの平均値では、その精度に雲泥の差が生じます。

左:水蒸気の観測なし 中央:水蒸気の観測データを反映 右:実際に降った雨

 例えば同日、同エリアの降水量を色で示した図を、水蒸気の観測なしの予測、観測船による水蒸気の観測データを反映した予測、実際に降った雨の順で並べて比較すると、400ミリ以上の降水を示すピンク色の部分が、かなり正確に反映できているのが分かります。

気象研究所・気象観測研究部 川畑拓矢第四研究室長

 しかし、発生の予測ができる段階に来たか尋ねると…。

(気象研究所 気象観測研究部  川畑拓矢 第四研究室長)
「できるものはできるし、できないものはできないというのが正直なところです。線状降水帯は地形が要因で発生していそうだが、山を削って計算をしてみても、やはり同じ場所で線状降水帯が発生してしまうこともあって一筋縄ではいかない、見た目では難しいです」

 予測情報の運用は始まったものの、その的中率は4回に1回程度で、4回に3回は外れます。また、情報を発表していないのに線状降水帯が発生する、いわゆる“見逃し”も3回に2回程度あるのが、今の実力です。

予測精度向上へ 注目の最新鋭の気象レーダー

注目の「フェーズドアレイ気象レーダー」(大阪府吹田市 大阪大学)

 予測をより早く、より正確なものにできるとして、注目されている最新鋭の気象レーダーが、大阪府吹田市にあります。大阪大学のキャンパス内にある研究棟の屋上に設置されている「フェーズドアレイ気象レーダー」です。

(大阪大学大学院工学研究科 和田有希助教)
「アンテナが128本入っていて、3次元的に1回まわすだけで、雨雲の情報を一挙にとれるのがこのレーダーの特徴です」

 大阪大学と東芝などが共同で開発したこの気象レーダーは、1台で半径60km、高さ15kmの範囲にある雨雲を詳細にとらえることができ、各地に配備することで予測精度の向上につながると期待されています。

 予測をより早く、より正確なものにできるとして、注目されている最新鋭の気象レーダーが、大阪府吹田市にあります。大阪大学のキャンパス内にある研究棟の屋上に設置されている「フェーズドアレイ気象レーダー」です。

(大阪大学大学院工学研究科 和田有希助教)
「アンテナが128本入っていて、3次元的に1回まわすだけで、雨雲の情報を一挙にとれるのがこのレーダーの特徴です」

 大阪大学と東芝などが共同で開発したこの気象レーダーは、1台で半径60km、高さ15kmの範囲にある雨雲を詳細にとらえることができ、各地に配備することで予測精度の向上につながると期待されています。

左:通常の気象レーダー 右:フェーズドアレイ気象レーダー (イメージ)

 通常の気象レーダーは、1本の電波を発しながら1回転した後、電波の高さを変えてまた回転するため、全体の把握に5分ほどかかります。一方の「フェーズドアレイ気象レーダー」は、様々な高さに向かって1回で128本の電波を出すため、1回転だけで済みます。約30秒でデータが集めることができ、線状降水帯の雨雲を平面ではなく立体的にとらえることで、連なった積乱雲から雨粒が落下していく過程を確認することができます。

大阪大学工学研究科 牛尾知雄教授

(大阪大学 工学研究科 牛尾知雄教授)
「世界的に見て、こうしたフェーズドアレイ化の流れは確実にあって、今後は2次元ではなくて、3次元の密なデータをどのように処理をして社会に役立てていくのか、そこの取り組みが重要だと思います」

 今後、より頻繁に発生する恐れのある線状降水帯の脅威から、自分や大切な人の命を守るため。予測技術の進歩に期待しつつも、ひとりひとりの日頃からの意識が何より大切であることは言うまでもありません。

(「かんさい情報ネットten.」 2022年6月28日放送)

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