トランスジェンダー高校生の“カミングアウト” 仲間から“当たり前”に受け入れられた3年間で見えたもの

“体の性”と“心の性”が異なる「トランスジェンダー」。
周囲の目に苦しんだ中学時代を乗り越え、充実した高校3年間を過ごすことができた人がいます。
「性別の“枠”を超えて」誰もが暮らしやすい世の中になるために大切なことがありました。

【密着】”トランスジェンダー”岡笑叶さん(18)、決意のカミングアウト 友人たちの言葉にこぼれる涙…全てをさらけ出し、伝えたい思い

トランスジェンダーの高校生が伝えたい思いとは―

 岡笑叶(おか・わかな)さん(18)は、“ありのままの自分”で学校生活を送るため、“体の性”と“心の性”が異なる「トランスジェンダー」だと、高校のクラスメイトにカミングアウトしました。様々な個性や価値観を認め合う社会になるために…自身の経験を通じて、伝えたいこととは―。

体は「女性」心は「男性」 校則に悩んだ中学時代

岡笑叶さん(取材当時17歳)

「“胸筋があった方が見栄えがいい”みたいなのを見たので意識して、一時期、胸筋ばかりやってたんですけど…学校には筋トレしている人ばっかりいて、めっちゃみんなガタイが良くてバッキバキなんですよ。だから負けてらんねぇなと思って」(笑叶さん)

 自室でトレーニングに励みながら、明るく話す笑叶さんは、「女性」の体で生まれましたが、心は「男性」。「LGBTQ」の「T」にあたるトランスジェンダーです。

高校のクラスメイト(一番左が笑叶さん)

 取材当時の笑叶さんは、一人一人の個性や多様な価値観を大切にする、インターナショナルスクール「大阪YMCA国際専門学校」国際高等課程国際学科の3年生でした。クラスメイトに笑叶さんについて聞くと、みんな笑顔で話してくれました。

「最近、髪の毛に気にかけている。外見な、外見」(同級生)
Q.どのように変わったのですか?
「パーマをあてました。(笑)」(同級生)

 笑顔がトレードマークの笑叶さんですが、その笑顔を失ったときがありました。

苦痛だったスカートの肩紐

 3人きょうだいの末っ子で、姉の服よりも兄の服を好んで着ていた笑叶さん。かっこいい姿に憧れ、大きくなるにつれてスカートを、はかなくなりました。しかし中学生のとき、校則でスカートを、はくことを余儀なくされたのです。

「(肩にかける)この紐がすごく嫌で嫌で。本当はみんな付けないとダメなんですけど、自分だけ紐を外した状態で着ていて、先生に何回も止められて。自分が女子の枠に入れられているというのが、すごく嫌だったんですけど…」(笑叶さん)

Q.この制服にも、いろいろ思い出がありますか?
「たくさんありますね。このとき、すごくしんどかったので。今もこうしていろんな人と話すことがあるんですけど、やっぱりそのときのことを思い出すとしんどくて…」(笑叶さん)

 中学校の制服を前に声を震わせた笑叶さん…こみ上げた涙を手で拭いました。

決意のカミングアウト 友人たちの反応に涙…

LINEでクラスメイトにカミングアウト

 高校に入学直後の2020年5月、笑叶さんは「“ありのままの自分”をさらけ出して、学校生活を楽しみたい」という思いから、自分がトランスジェンダーであることをクラスメイトにカミングアウトする決断をしました。

『みんなに話しとかないといけないことがあるねんけど』

 そう切り出した友人たちへメッセージには、『中学校は女子として通っていたけど、高校からは男子として通いたい』そして、『普通の男子として接してくれたら嬉しい』という本音を綴りました。意を決しLINEを送ると…。

「既読ついた!はやっ!うわぁ…怖い」(笑叶さん)

クラスメイトの反応に思わず涙

 不安だったクラスメイトからの反応は…。

『全然気にせんでー!』
『いいと思う。3年間楽しく過ごそう!』

 緊張で強張った表情を浮かべていた笑叶さん、笑顔と共に涙がこぼれました。温かいメッセージに、『みんな、ありがとう』と返事を送ります。

「学校に行く前に、1つの壁を乗り越えられたかな…すごい楽になった」(笑叶さん)

家に友人を招いてパーティー

 トランスジェンダーだと打ち明けて2年が経った2022年8月、高校での生活は、中学時代とは全く異なるものになっていました。この日、笑叶さんの家にはクラスメイトが集まっていました。

Q.どんなメンバーですか?
「暇な人を集めました」(笑叶さん)
「暇みたいに言うなよ(笑)」(同級生)
「俺ら忙しいねんで、願書を書かなあかんねんで(笑)」(同級生)
「間違いない(笑)」(笑叶さん)
「調子に乗るなよ(笑)」(同級生)

 “性別”は関係なく、一人の人として受け入れてくれる仲間に囲まれています。笑叶さんが通う学校の校長は…

「多様な生徒が集まっているので、そのことは生徒たちも分かって入学しています。笑叶さんも、私たちが思っていた以上にすんなりと溶け込んでいました。私たちは『違うことを大事に』というのをスクールモットーにしています。周りが受け入れる土壌を作るのが、学校の役割だと思っています」(大阪YMCA国際専門学校 鍛治田千文校長)

“見た目”へのコンプレックスと葛藤

身体的な悩みをクリニックで相談

 高校生活も残りわずか。笑叶さんはある悩みに直面していました。

「大学は行くと決めたので、高校のメンツだったら全然なんとも思わないけど、大学の人となると…。声も高いし、他の人に比べたら身長も低いし、初対面でこの見た目だと男子?女子?と思われるから、声だけでも低かったらなと思って」(笑叶さん)

 2年前から美容・形成のクリニックに通い、胸のふくらみを取る乳房切除や、男性ホルモンの投与などを相談してきました。しかし、こうした治療は内臓の機能に障害を起こす可能性があるなど、一定のリスクを伴うとも言われています。

治療について話す母・佐紀子さん(右)

 笑叶さんは、母親の佐紀子さんにも相談します。

「より良くなるために手術するけど、病気にしても今回にしても、より良くならないパターンも世の中にはあるから、そういうのは想定しておいた方が良いよね、とは話しています。でも、『怖いから治療をしない』という選択肢も違うかなと思う」(笑叶さんの母・佐紀子さん)

「リスクはゼロじゃないからね。良くなると思って悪くなったら後悔すると思うし、そうなる可能性もあると知ったうえで、それでもやりたいかどうかを決めないと…」(笑叶さん)

「その可能性を、ちゃんと受け止めておくってことは大事かなと」(母・佐紀子さん)

「骨端線」が無いことが判明(左が笑叶さんの写真)

 この日は、これまでコンプレックスだった身長を少しでも伸ばせるか、その可能性を探るため事前の検査を行うことにしました。しかし―。

「手の骨を拡大して見ると、残念ながら、関節の隙間に『骨端線』が無い状態です」(クリニックの医師)
「無いんだ…」(母・佐紀子さん)

 笑叶さんのレントゲンには、背が伸びる可能性を示す、「骨端線」が見つかりませんでした。

「隙間が無いんですね。細胞分裂する場所が無い。今から男性ホルモン投与を開始したとしても、背が伸びることは期待できないです。これからの生き道を、治療に重きを置くのではなくて、一人の人としての考え方の充実を図っていただけたらなと思います」(クリニックの医師)

子どもたちに講演、卒業式で答辞…伝えたい思い

笑叶さんの講演の様子

 笑叶さんには、充実した時間を過ごせた高校生の間に、やっておきたいことがありました。それは、「性」に悩む思春期の子どもたちに、自分の経験を伝えること。「社会の課題について考える」授業の一環で、高校の仲間と一緒に中学生に講演を行いました。

必要なのは「学生へのフォロー」と話す笑叶さん

 人の数と同じだけ、「性」の形があっていい。笑叶さんは、そんな思いを伝え続けています。

「カミングアウトはしやすい社会になってきているけど、一番悩む中学生へのフォローがまだまだ足りていない。中学生や小学生、高校生の、学生の間のフォローが手厚くなれば良いなと思います」(笑叶さん)

 高校生活で変わったのは、何より“心”でした。自由に楽しく、自分らしく。2023年2月の修学旅行では、笑叶さんは男子生徒と一緒の部屋に宿泊することができました。

「俺は、中学のとき、こんなのじゃなかったから…高校生、普通の学生を体感した気分」(笑叶さん)
「充実したな」(同級生)
「充実してた。本当に、あっという間やった」(笑叶さん)

卒業式で答辞を任された笑叶さん

 そんな仲間とも、別れのとき。卒業式では、答辞を任されました。

「泣きながら喋ったら、何言ってるか分からないと言われるから、頑張ります。私たちを3年間支えてくれた家族、先生方、ありがとうございました。入学してから今日までの時間があっという間すぎて、本当に怖いです。中学生のときの僕は、こんな夢のような高校生活になるなんて想像もしていませんでした。男子友達と普通に遊びに行けて、女子友達と泊まりで旅行に行けるなんて、本当に想像もしていませんでした」(笑叶さん)

 高校に入学した3年前の春、クラスメイト全員にカミングアウトした笑叶さん。その勇気を、仲間たちが“当たり前”に受け入れてくれたからこそ過ごせた、夢のような時間でした。

「学校に行って、ランチを食べて、みんなで笑って…そんな普通の日々が、僕にとってはめっちゃ楽しかったです。こんな素敵な友達に囲まれて、本当に素敵な3年間でした。みんな3年間ありがとう、大好きです」(笑叶さん)

 思わず涙が溢れ出した笑叶さんに、同級生たちが温かい拍手を送りました。

「普通に接するというか、男とか女とか関係なく喋るし、遊ぶから、そこまで気にしたことはないかな」(同級生)
「笑叶がLGBTQ+であることはどうでもよくて、笑叶が友だちだから、『今日、何したん?』とか『えっ、タイ行くん⁉』とか…普通に、何も考えずに接しているのかなと」(同級生)

同級生に囲まれ幸せそうな笑叶さん

 “ありのままで良い”…そう教えてくれた仲間たちとの大切な場所から、大学という新たな世界へと力強く踏み出します。

「自分は、LGBTQという言葉が無くなることがゴールかなと思っていて、みんな授業でLGBTQっていうのを並べて、レズビアンはこう、ゲイはこうって覚えることになっているけど、トランスジェンダーという言葉がなくても、自分を紹介できるというのが目標かなって思ってます」(笑叶さん)

(「かんさい情報ネットten.」2023年4月14日放送)

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