「音楽・社会・人」をつなげるytvの音楽イベント『Grooving Night』。
視聴覚障害鑑賞サポートの導入が評価され、放送文化基金の助成対象に選出されました。

「音楽・社会・人」をつなげることをテーマにした音楽イベント
放送文化基金の助成は、公益財団法人放送文化基金が、放送文化の発展向上に寄与することを目的として、放送に関連する調査・研究、事業に対する助成を行っているもので、『Grooving Night(グルービングナイト)』は、2024年度に新設された「イベント事業部門」に選出されました。選出の理由は、すべての方々が安心して楽しめる音楽イベントとして、視聴覚障害鑑賞サポートとLGBTQ+の支援に取り組んでいることが評価されたことでした。

「音楽・社会・人」をつなげることをテーマにした音楽イベントを手掛ける門上由佳(かどかみ・ゆか)プロデューサーに『Grooving Night』が発信するメッセージの意味を語ってもらいました。

初めまして。音楽イベント『Grooving Night』プロデューサーの門上由佳(かどかみ・ゆか)と申します。ytvコンテンツ戦略局イベントビジネスセンターで、音楽イベント『Grooving Night』を企画しています。

2024年3月19日(火)Zepp Nambaで、『Grooving Night』第3回を開催。ホストアーティストSIRUP(シラップ)と、ゲストアーティストTENDRE(テンダー)の2組がライブ&トークを届けました。『Grooving Night』では、すべての方々に安心して楽しんでいただけるイベントを目指し、視聴覚障害のある方への鑑賞サポートを試験的に導入。弱視(ロービジョン)の視覚障害鑑賞サポートとして、ステージのライブ映像を手元のタブレットで鑑賞できるようにし、タッチパネルの表示画面を指で拡大してご覧いただきました。聴覚障害鑑賞サポートでは、メガネ型ディスプレイを装着いただき、ステージを鑑賞しながらアーティストのMCや歌詞を字幕でご覧いただきました。

視覚障害鑑賞サポートの実施に至るまでの経緯と、実施した振り返りをお伝えしたいと思います。

ホストアーティスト・SIRUPの存在

『Grooving Night』は、「音楽・社会・人」をつなげる音楽イベントです。音楽ライブを通じて、新しいコミュニティとつながる場をつくり、社会への視野が広がるような入り口を届けることを大切に、企画制作しています。音楽を通じてエンパワーメントすることが目標です。

私がこの音楽イベント『Grooving Night』を企画したきっかけは、ホストアーティスト・SIRUPさんの存在でした。コロナ禍で学校行事や成人式ができなかった時、新成人の目線に立ち、SNSで「大人たちは自分たちが選択できた前提で話していることを忘れないで」と呼びかけた投稿が印象的で、SIRUPさんを調べ始めました。「できた人」の一方で「できなかった人」がいることに、見落とされがちなことに目を向けられる優しい人だと感じたからです。その後、コロナ禍で帰宅困難者とホテルシェルターの連携資金として、SIRUPさんが売上の一部を寄付したという記事に辿り着きました。以前からSIRUPさんのライブを拝見し、音楽が素晴らしく元々大好きだったのですが、音楽を通じて社会にできることを全力で尽くしているアーティストだと知り、目が離せなくなりました。
私自身「音楽を通じて、少しでも生きやすい社会につなげる」企画の立上げを志していたため、必ずSIRUPさんと仕事がしたいと決意し、数年かけて会話を重ねました。2023年に『Grooving Night』がスタートして以降、SIRUPさんに大きく背中を押されるような感覚で、自分たちに今できることをやってみよう、と思うことができました。

今回導入した視聴覚障害鑑賞サポートはその第一歩で、背景にはホストアーティスト・SIRUPさんへの信頼と、どんな挑戦も共に歩める安心感がありました。

音楽ライブ現場で、今できることを

『Grooving Night』では、ライブに加えて、アーティスト2組によるトークがあります。
ベッドに腰かけリラックスした状態で、まるでアーティストとお客さんが「同じ部屋」にいるような空間で、自分たちの考えを共有します。これまで、「どんな時に怒る?」「価値観が違うと感じる人と接する時、どうする?」「音楽ライブが社会にできることは?」など、社会的なテーマについても話してきました。

毎回イベントの後日、SIRUPさんとスタッフで反省点や、次に挑戦したいことを話すのですが、その中で「社会についてトークするだけではなく、社会課題の解決につながるような具体的な行動を起こしたい」という思いが共通認識としてありました。そして私自身も『Grooving Night』で具体的に社会課題の解決につながる取り組みを実施したいと望んでいたため、実現に向けて動くことになりました。
 

社会が変わることが最大の目的。連帯し、“ノウハウ”を広げていく。

2024年2月。一般社団法人日本障害者舞台芸術協働機構の南部充央さん(代表理事)とお会いし、視聴覚障害鑑賞サポート導入に向けたテクニカルチェックを目的として、会場となるZepp Nambaまで下見に行きました。株式会社リアライズでバリアフリーイベント ディレクターとして、これまで舞台を中心に活動されてきた南部さんからは、「エンターテインメント関係者の多くが、視聴覚障害鑑賞サポートの存在は知っている一方、日本では導入している現場が非常に少ない現状」や、「海外では、素晴らしい劇場で働くプロデューサーを目指す際、障害を含むインクルーシブな知識を保有していることがマスト条件」といった話も聞かせていただきました。

今回実際に鑑賞サポートを体験いただいた方からは、インタビューと事後アンケートで感想をお伺いしました。聴覚障害のある方からは、「今までMCでなぜ笑っているかわからなかったところ、テロップで理解できて、一緒に共有できて嬉しかった」や、視覚障害のある方からは、「アーティストがどんな表情をしているか、手元でアップして観られて良かった」との声をいただきました。ただ、着用感や使用感については改善点もあり、今回の取り組みはまだ第一歩に過ぎないとも感じました。

“一緒につくろう、一緒に学ぼう”。ゲスト・TENDREの言葉

『Grooving Night』で、視聴覚障害鑑賞サポートを導入するにあたって、出演するアーティストの同意がなければ実現はできません。

第3回で、満を持してゲストアーティストとして出演いただいたSIRUPさんの盟友・TENDREさんにも、心から感謝しています。出演が決定し最初の打合せで、この企画が目指すこと、「自分たちにできることからひとつずつやっていきたい」という思いを伝えました。TENDREさんは、「とても大切なことだと思うし、この企画に参加して一緒に学ぶきっかけをくれてありがとう。企画はみんなでつくるものだと思うし、一緒につくりましょう。」と、言ってくださりました。

SIRUPさん、TENDREさん、2組のアーティストの力を借りて、今回初めて視聴覚障害鑑賞サポートを導入することができたと感じています。

門上プロデューサーの感想

社会に対して、すべてを変えることはできませんが、モデルケースとなる事例をつくり、共有していくことで、少しずつでも前に進むことはできるかもしれない、という思いを込めて実施しました。視聴覚障害鑑賞サポートを導入するにあたり、「一歩踏み出すのが怖い」という思いはありました。例えば、表現を間違えて逆に傷つけてしまうことがあったらいけない、といった理由です。知識のあるリアライズ南部さんやサステナビリティ部の先輩に逐一相談し、『Grooving Night』のスタッフや、共催社であるキョードー関西・日下部さんと、手探りの中で実現に向けて、会話を重ねました。同じ方向を向いて切磋琢磨できる、信頼できる仲間が周りにいることは心強いです。

実際取り組んで感じたことは、「行動しないと何もわからない」ということでした。その後、2024年9月20日に開催した『Grooving Night』の第4回でも、視聴覚障害鑑賞サポートを継続導入。進歩した点としては、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(ACPC)関西支部会との共同取り組みとして実施したことです。そこに至るまで、ACPC関西支部会の会議に参加し、第3回で実際に体験いただいたモニターの方々からの感想・課題点等を共有しました。

イベント当日は、在阪放送局・ラジオ局・WEB・制作会社など、約80名のメディア・音楽関係者を招き、体験いただくなど、理解促進に努めました。今年3月29日に開催する『Grooving Night』第5回でも継続導入すべく、放送文化基金の助成「イベント事業部門」にエントリーし、助成が決定しました。一歩ずつ手探りで進む中で感じることは、「施策を発展させ、音楽ライブ現場で持続可能に定着できる道」を模索する必要がある、ということです。

2024年4月に障害者差別解消法が改正されましたが、音楽ライブ現場での障害者支援はあまり進んでいない現状があり、道半ばです。特に、費用面や会場の環境整備が大きな課題となっています。このような状況を改善するために、(社)コンサートプロモーターズ協会関西支部会と(社)日本障害者舞台芸術協働機構が連盟で、「すべての人が楽しめるライブ・エンタテイメントに向けた要望書」を文化庁に提出しました。私たちが現場としてできることは、毎回の導入で知り得た知識を次の機会でアップデートすること、知見を同業者や社会に対して共有し、広げて切磋琢磨することです。まだ道半ばではありますが、少しずつ連帯の輪が広がり、社会が良い方向に変わることを目指します。


イベント情報

「Grooving Night」vol.3
2024年3月19日(火)@ Zepp Namba
出演:SIRUP/TENDRE

「Grooving Night」vol.4
2024年9月20日(金)@ オリックス劇場
出演:SIRUP/Ayumu Imazu

※過去の特番はTVerで配信中。

 

次回のイベント開催情報

「Grooving Night」vol.5
2025年3月29日(土)@ オリックス劇場
出演:SIRUP/SKY-HI
主催:読売テレビ/キョードー関西 企画制作:読売テレビ

 

YouTube 【かんさい情報ネット ten.特集】

視聴覚障害鑑賞サポートで「音楽・社会・人」をつなげる。
障害がある人も、誰もがみんな楽しめる音楽ライブに密着! 

読売新聞・取材記事

みんなが楽しむ音楽ライブへの模索続く…視聴覚障害者向けの鑑賞支援サービスを試験導入

 


カメラマン:渡邊一生