記事

規制強化のウラで脱北者急増

【独自解説】韓国ドラマで知る“自由”と餓死者・自殺者の急増…エリート層にも広がる脱北の裏にある北朝鮮の現状とは

 経済危機にある北朝鮮では、餓死者に加え自殺者が急増し、脱北の動きも相次いでいます。金正恩総書記は疑心暗鬼になり規制を強化していますが、その原因は韓国ドラマが関係しているというのです。庶民だけでなくエリート層にまで広がる脱北の動きは、一体なぜ?朝日新聞元ソウル支局長・牧野愛博氏の解説です

脱北取り締まり強化のウラには韓流ドラマ?

コロナ禍で脱北者が激減

 脱北者は、コロナ禍前は年間1000人台だったといわれていますが、2020年に国境が封鎖されると229人まで減り、2022年は67人でした。牧野氏によると、「コロナ感染拡大防止のための国境封鎖が主な理由だが、便乗するように、内部統制のための国境付近の“脱北取り締まり”も強化された」ということです。例えば、「中朝国境から1~2km地帯に、無断で近づく市民の射殺を許可」、「脱北者との電話は、当人だけでなく、その場にいない人も含めて家族全員を逮捕」、さらに「冬季は午後6時~翌午前7時まで外出禁止(2023年6月現在は緩和)」という厳しい規制です。

朝日新聞元ソウル支局長 牧野愛博氏

Q.コロナ対策に便乗する形で、脱北の取り締まりを強化する理由は何ですか?
(朝日新聞・元ソウル支局長 牧野愛博氏)
「一言でいえば、金正恩総書記とその取り巻きが、不安や猜疑心に苛まれているのだと思います。昔と比べて食料も減っているようですし、国民は韓流ドラマを見ていろいろな知識を身に着けているようなので、『自分たちのことを信用してくれないんじゃないか』という思いが、統制強化に繋がっていると思います」

庶民だけでなくエリート層も…相次ぐ脱北の動き

約10人が漁船で脱北

 規制強化の一方で、脱北の動きは相次いでいます。5月6日には、2家族(約10人)が漁船に乗って軍事境界線を越えました。その脱北者らは、「数か月、綿密に準備していた」と話していますが、漁船での脱北は困難を極めます。東亜日報の記者は、「国境封鎖を解除していない中で、長い準備期間をかけて脱北を試みたこと自体、生活の厳しさを物語っている」、韓国・統一省の権(クォン)長官は、「食料事情が例年に比べて悪化している。また、コロナ統制の緩和により、脱北者数は今後増加するだろう」と語っています。

Q.船での脱北は、相当リスクが高いのですか?
(牧野氏)
「海に出るまでに、いろいろな障害があります。まず、船を登録しているのか、許可証を持っているのかなど、いろんな所で証明書を出さないといけません。海に出たら出たで、警備隊が見ています。さらに、大したエンジンも搭載していないので、漂流する恐れもあります。慣れている漁師なら別ですが、一般の人には難しいと思います」

 そんなリスクを負ってまで2家族が脱北した理由は、「隠れて韓国のドラマなどを見ていて、憧れがあった」「コロナによる統制強化に耐えられなかった」ということです。

Q.北朝鮮国民も、韓流ドラマを見ているのですか?
(牧野氏)
「韓流ドラマは、自分たちのような庶民が主人公ですから比べやすいです。例えば髪型も、北朝鮮では理髪店に行くと5種類ぐらい髪型があって、そこから選ばないといけません。しかし、韓流ドラマではいろいろなヘアスタイルを楽しんでいて、自由で、好きな職業に就いています。そういったものを見た国民たちは、『自分たちは統率されているんだ』ということが、だんだん分かってきます」

経済的逼迫はエリート層や平壌市民にも

 6月4日には、ロシア・ウラジオストクで、北朝鮮総領事館員の妻(43)と息子(15)が行方不明になりました。2人はタクシーで領事館を出発し、連絡が取れなくなったということで、この一連の行動から、脱北を試みた可能性があるということです。また2022年10月には、その妻が支配人を務めるレストランの副支配人が脱北し、逮捕されています。他にも、ヨーロッパの北朝鮮外交官複数人とその家族らが脱北し、身柄を安全に確保されました。

Q.外交官ならエリートなので、北朝鮮でも“それなりの暮らし”ができると思うのですが、想像以上に生活は苦しいということですか?
(牧野氏)
「彼らもエリートですから、計算はしていると思います。でも、『経済的に厳しい』『思想的に窮屈』『子どもの将来が心配』など、脱北せざるを得ないような、いろんなことが重なっています」

強制送還された脱北者は死刑も…国内は食糧難で自殺者も急増

中国の「脱北者収容施設」が拡大か

 そんな中、北朝鮮と接する中国の『脱北者収容施設』が、拡大したとみられています。2019年9月の写真と比べると、3年後の2022年10月には、監視塔を囲む新しい塀と追加施設ができ、さらに元からあった建物も改築されています。この施設には最大2000人の脱北者を拘束していて、国境再開で北朝鮮に強制送還される可能性があり、強制送還されると、5年以上の拘禁・殴打・拷問・強制労働など、ひどい場合には死刑になる恐れもあるということです。

Q.北朝鮮が国境封鎖を解除すれば、この施設にいる人たちは全員連れ戻されるということですか?
(牧野氏)
「中国は、脱北者を難民として認めておらず、“違法行為をはたらく不法入国者”として、当然強制送還すると思います」

食糧難で餓死者・自殺者が急増

 北朝鮮では食糧難が深刻化していて、餓死者が例年の3倍、さらに自殺者が2022年の4割増えているということです。2023年2月には、幼い孫と2人で暮らす70代の女性が、数日間何も食べられず、共に自殺しました。遺書には、「朝鮮人たちは、この地に産まれたことを後悔しなければならない」とありました。また、イギリス・BBCが首都・平壌の食料品店で働くジヨンさんに話を聞くと、「夫と私が飢えても、子どもたちは食べさせようと考えて生きていて、2日間何も食べない日もある」と語りました。ジヨンさんの近所では、家族全員が餓死しているのが発見されたり、自宅で自殺をしたり、死ぬために山に消える人もいるということです。

 高麗大学・外交学部のナム・ソンウク教授は、「餓死者に加えて自殺者まで大量に出るのは、非常に異例の事態。当局や市場のどこにも頼れない住民たちは、希望を失い、生きることを自ら諦めている」といいます。

Q.平壌は“選ばれし人たち”が住んでいる街で、比較的裕福に暮らしていると思われていましたが、こんな状況なのですか?
(牧野氏)
「昔から、『頑張れば良いこともあるよ』という象徴が平壌で、250万~300万人ぐらい住んでいるといわれています。経済的に逼迫している今の状況で、数十万人ぐらいはエリートとしてちゃんと生きていますが、それ以外の人たちは“その日暮らし”で、かなり厳しい生活を送っていると聞いています」

最高幹部の処刑、核開発…金総書記体制の今後は?

 牧野氏は、アメリカに脱北した元“超エリート”、李炫昇(リ・ヒョンスン)氏を取材しました。李氏は、最高幹部の父の下に生まれた「生まれながらのエリート」で、2005年には20歳で朝鮮労働党に入党という異例の出世を果たしました。しかし、2013年12月、父と親しかった張成沢(チャン・ソンテク)元国防委員会副委員長が処刑されたことをきっかけに、父と妹と共に翌年アメリカへ脱北したということです。

Q. 張成沢氏は中国と太いパイプを持っていた方で、恐らく北朝鮮に中国型の市場経済を持ち込もうとしていたと思うのですが?
(牧野氏)
「その通りです。『平壌で西洋式レストランが増えている』といった報道がありましたが、あれは西洋ではなく北京を真似たのだと、李炫昇(リ・ヒョンスン)氏も言っていました。中国では北京オリンピックの頃から西洋式なモダンなお店が増え、それを張氏らが勉強して、平壌に導入していました。張氏の時代は、海外に出る人も以前の10倍ぐらいになっていましたし、経済開放をやっていましたが、軍や組織指導部といった連中が、権力闘争で張氏を処刑しました。それから強硬路線に転じたといわれています」

Q.パレードに参加した国民が金正恩総書記に手を振ったり、泣いたりしている映像がありますが、人心は離れていないのですか?
(牧野氏)
「李氏が言っていたのは、『僕もパレードに出たことがあるけど、後で考えると、なんで泣いたのか自分でもよく分からない』と。ようするに、群集心理です。これで人心を掌握しているとは言い切れません」

Q.人心を繋ぎとめるには、まず食料、そして経済だと思いますが、金正恩総書記は核開発一辺倒で体制を維持するつもりなのですか?
(牧野氏)
「とにかく死ぬまで権力を握っていないといけないので、そのために核を開発するのか、日朝首脳会談をやるか、何が一番良いのかをいろいろ悩んでいると思います」

(「情報ライブ ミヤネ屋」2023年6月23日放送)

SHARE
Twitter
facebook
Line

おすすめ記事

記事一覧へ

MMDD日(●)の放送内容

※都合により、番組内容・放送日時が変更される場合があります。ご了承ください。

※地域により放送時間・内容が一部異なります。