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“北”エリートが脱北までの苦悩を激白(写真:アフロ)

【独自解説】北朝鮮“超エリート夫婦”が語る、北での生活の光と闇「権力があっても、安全ではない」脱北決意のキッカケと韓国生活の苦悩

 2月2日、北朝鮮の元エリート外交官で2016年に脱北した、韓国の国会議員・太永浩(テ・ヨンホ)氏が会見を開き、北朝鮮の今を語りました。一方、ともに脱北してきた、“超エリート”一族の出身の妻が、韓国メディアに対し北朝鮮での生活の“光と闇”について激白。脱北後、夢にまで見たという韓国での生活で感じた、北朝鮮との大きな違いとは?北朝鮮の生活に詳しい、朝日新聞・元ソウル支局長で、広島大学客員教授の牧野愛博(まきの・よしひろ)氏が解説します。

元エリート外交官が語る、北朝鮮の今

元“北”エリート外交官 太永浩(テ・ヨンホ)氏

 太永浩氏(60)は1988年に北朝鮮外務省に入省し、翌年に呉恵善(オ・ヘソン)氏と結婚しました。その後、2013年に在イギリスの北朝鮮大使館公使となり、在任中の2016年に妻子と共に韓国に亡命しました。2020年の総選挙で当選し、現在は与党議員として活動しています。

 2月2日、太氏はソウル市内の外国人特派員協会で会見を開き、北朝鮮情勢などについて見解を述べました。その中で北朝鮮の核実験について、「金正恩総書記は7回目の核実験を簡単には行わないはず。『7回目の核実験』というカードが、中国から多くの支援を受ける非常に有用なカードになるからだ」と述べています。

広島大学客員教授 牧野愛博氏

(広島大学客員教授 牧野愛博氏)
「去年5月に中国・習近平国家主席が金正恩総書記に親書を出しています。『中国は常に北朝鮮と共にあったが、核実験をした場合は北朝鮮を守れなくなるかもしれない』という内容に対して、金総書記は『あなたの言ったことは分かりました。しかし、北朝鮮が苦しいことは分かってください。これから北朝鮮がやることについては常に支持して欲しい』と答えたそうなのですが、中国を怒らせたら石油も食料もコロナのワクチンも入ってこなくなるので、中国の顔色をうかがわないと北朝鮮は生きていけないということを表わしているのだと思います」

Q.米中も水面下で交渉をしているのでしょうか?
(牧野氏)
「米中はしょっちゅう交渉しています。基本的に中国はアメリカに本音を言わないので、『私たちもあなたたちと同じ考えだが、北朝鮮は我々の言うことを聞かない』と言っています。裏側で中国と北朝鮮のやり取りを聞いていると、中国は北朝鮮が核実験に踏み切ったら『核のドミノ』が起こることを心配しています。中国の安全保障にはよくないため、習主席は『それだけは認めない』と金総書記に言ったのだと思います」

粛清された北朝鮮元外相・李容浩氏

 また、1月5日には韓国の国家情報院が、北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)氏が粛清されたことを確認しています。李容浩氏はイギリス大使や北朝鮮の核をめぐる、6か国協議の代表などを歴任し、2016年からは北朝鮮の外相を務めアメリカとの交渉も担当した人物です。

 李容浩氏が粛清された理由について、太永浩氏は「2018年、金総書記はシンガポールで記者から直接声をかけられたことに激怒し、翌年、ベトナムでは集まった外国メディアを排除できなかった。当時外相だった李氏はこれらの“不手際”が原因で正式に解任された。ただ処刑されたかまでは分からない」としています。

元エリート外交官・妻が激白!北朝鮮生活の“光と闇”

太永浩氏の妻・呉恵善(オ・ヘソン)氏

 一方、1月24日、太氏の妻・呉恵善氏(55)は、韓国メディアに脱北の苦悩を語った記事を公開しました。呉氏は超エリート家系で、父は金日成政治軍事大学の元総長、大叔父は抗日戦争を戦った金日成主席の同僚で、現役時代は序列5位だった人物だということです。本人も北朝鮮時代には貿易商に勤め、イギリスなどヨーロッパ各地の大使館で働いていました。牧野氏は「北朝鮮で抗日戦争同志の家系は別格の扱いを受ける。エリートの中でも、より中枢に近いエリート中のエリート」としています。

Q.金総書記は抗日戦争同志の家系を今も大事にしているのですね?
(牧野氏)
「金正恩氏の権力の基盤は、金日成氏の孫だということです。金日成氏がなぜそんなに偉いかというと、祖国を解放した英雄だからということで、その解放に向けた戦いを一緒に戦った人はエリートです。呉恵善氏の大叔父、呉白龍(オ・ペンリョン)氏は、金日成の抗日パルチザン回想録などによく出てくる人で、北朝鮮では知らない人がいないくらいの人だと思います」

超エリートの暮らしぶり “光と闇”

 抗日戦争同志の家系は、生活面でも別格の扱いを受けています。住まいは平壌市中区域という、比較的裕福な平壌市民、約200万人の中でも数千人程度しか住めないにエリアにあるといいます。

Q.平壌で暮らせるだけでも裕福というイメージがありますが、特に中区域の人々は裕福なのですか?
(牧野氏)
「はい、スーパーエリートです。24時間電気が通っていますし、普通の人は入っていけないエリートの世界だと言われています」

 また、エリートにはコメが市場価格の100分の1程度で購入できる権利や、生活に必要な希少品を優先的に購入できる権利があります。

Q.この人たちは非常に安い金額で買い物ができるのですね。
(牧野氏)
「北朝鮮には国定価格があって、コメは1kg50ウォンぐらいなのですが、一般の市場は資本主義が入ってきているので、5000ウォンぐらいになってしまうんです。そのコメを国定価格で買うことができるようになっていたり、砂糖やガソリンなども優先的に供給されますから、非常に優遇された生活が保障されています」

 さらに、最高指導者から新年や年末など定期的に贅沢品が贈られてきます。また、鉄道やマンション建設、たばこ・酒といった海外から手に入る嗜好品の横流しなど、様々な利権も贈られるということです。

Q.鉄道やマンションなどは国営ですが、利権があるというのはどういうことですか?
(牧野氏)
「北朝鮮では鉄道には簡単に乗ることができず、乗るためにはまず『旅行証明書』をもらわなくてはなりませんし、電車では指定席で『なんで乗るんだ?』と聞かれたりして大変なんです。人々は利権を持っている人に賄賂を持って行って『乗せてください』と言うので、そこの権利を持っている人には自然とお金が入ってくるようになっています」

 また、最高指導者からの贈り物であるコートを着て歩くのがステータスになるため、式典などではみんなが同じコートを着て歩くこともあるそうです。そして最高指導者が同席する酒パーティーへの出席できる権利もあります。しかし給料は、清貧な生活を送っているという体裁をとるため、安月給だということです。

(牧野氏)
「金正日氏は酒パーティーがすごく好きで、『酒が度量だ』ということをよく言っていました。招待されるのは非常に光栄なことですが、会場に入るときに金正日氏が立っていて、ウイスキーやブランデーをつぐのですが、それを一気飲みすると『中入っていい』と言われて入っていたそうです。だから幹部はよく昼間に党の事務所なんかで、そういう度の強いお酒を飲んで練習していたそうです」

Q.エリートといっても、国が苦しい状況の中ですから、表向きには清く貧しく暮らしていると見せかけねばならないということですか?
(牧野氏)
「そうです。公務員の給料が1か月5000ウォンとか、6000ウォンです。1ドル8000ウォンですから、日本円では100円にもいかないのですが、余計に贈り物をもらうために頑張るとか、利権を死守せねばならないので、賄賂がはびこるなどの弊害が出てくるんです」

「権力があっても、安全ではなかった」

 呉氏は「高校を修了するころ、数多くの友達がなんの知らせもなく、いなくなっていた。皆、権力層の家柄の子どもたち。父親が粛清されたのだ。権力があっても、誰も安全ではなかった」と語っています。牧野氏は監視体制について、「北朝鮮では地位が上がるほど、監視体制が強くなる。呉氏ぐらいであれば、24時間盗聴されていてもおかしくない」と言います。

Q.権力を持ちすぎると、金正恩氏も警戒するということでしょうか?
(牧野氏)
「はい。それと、みんないい思いをしたいので、一生懸命、告げ口をするんです。『あいつは忠誠心が足りない、陰で金正恩氏のことを悪く言っていた』と言うのが一番効くので、そういう理由で粛清されたということはよく聞きます」

Q.粛清されると、命を取られるのですか?
(牧野氏)
「日本人が粛清と聞くとすごく緊張すると思いますが、あの国では『一回休み』という粛清もあります。例えば2か月くらい党の幹部学校に行って勉強してくるのも粛清です。要するに現場のポジションから外れるということです。李容浩(リ・ヨンホ)氏の粛清説が流れた時に、私はすぐに朝鮮中央通信のホームページで2019年4月13日に配信された写真を探しました。金正恩氏の執務室で李氏が崔善姫(チェ・ソンヒ)氏などと一緒に撮った写真なのですが、確認したら残っていました。処刑するぐらいの問題になると、最高指導者が処刑されるような人と一緒にいたら過ちを犯したことになるので削除するのですが、削除してないということは処刑まではいっていないと思います」

韓国ドラマに憧れ…「チャギヤ」「オッパ」呼びが流行

 また呉氏は、韓国で2011年に放送されたドラマ「ラブ・ミッション」という、北朝鮮の韓流を取り締まる部局の女性スパイが、『3か月以内に韓国のトップスターと結婚し、北朝鮮に連れて帰れ』という指令を受けて、韓国に潜入するというラブコメディーを北朝鮮で見ていました。呉氏は「現実がつらく、一瞬でも逃避したかった。韓国ドラマを見ている瞬間だけは幸せだった。私たちも南北統一をしたら、ドラマのような暮らしができるという希望を持っていた」と明かしています。

Q.一般庶民の人たちの方がつらいだろうと思いますが、24時間監視されていたり、友人が突然消えたり、エリートならではのつらさもあるのですね?
(牧野氏)
「エリートはすごく緊張していると思います。場合によっては、自分の奥さんや子どもが学校に密告するかもしれないし、常に緊張しているわけです。ストレスはすごいと思います」

Q.北朝鮮にも韓国の文化が、いろんなルートで入ってくるのですか?
(牧野氏)
「アメリカや韓国は自分では言いませんが、中国東北部の朝鮮族の所に行って、USBなどを沢山ばらまいているんです。そこで密輸している人たちがいます。北朝鮮で高い値段で売りさばけば商売になりますから、そういうことで入ってきます」

 北朝鮮の若者では、韓国ドラマの影響で「チャギヤ」や「オッパ」などといった、恋人同士や女性が年上の恋人などに呼びかける時に使う言葉が流行っているということです。太議員によると「北朝鮮国民は、もう韓国のソフトパワーに取り込まれてしまった。私が知る北朝鮮国民の中で、韓国コンテンツを見たことがない人はいない」ということです。

Q.北朝鮮では「オッパ」は使わない言葉なのですか?
(牧野氏)
「北朝鮮では普通、奥さんが旦那さんを呼ぶときは『ヨボ』と言いますから、『オッパ』と言ったら、一発で韓国に染まっていると分かります」

北朝鮮では“韓国言葉”が禁止に

 そうした中で北朝鮮は、1月に韓国ドラマや映画を通して韓国風の言葉遣いや外来語が広まっていることを警戒し、北朝鮮の標準語である平壌語以外の使用を禁じる、「平壌文化語保護法」が採択されました。2020年に、韓国の映像物を流せば最高で死刑という「反動思想文化排撃法」が制定されましたが、これに準ずる厳しい処罰が設けられた可能性があるということです。

Q.太氏が言うように韓国のドラマや言葉遣いが北朝鮮に入ってくるのは、止めようがないのですか?
(牧野氏)
「一生懸命、止めようとはしています。地域や職場ごとに人員を募って、定期的に取締り班を編成して夜中とかに決め打ちで一般の家に入るんだそうです。そこで隠れて見ていたりするとそれを没収して処罰しているらしいのですが、みんな見逃してほしいから賄賂を渡して逃れてしまうので、うまく成果を上げてないと聞きました」

人生をかけた亡命を決意したキッカケ 韓国での生活に戸惑いも…

亡命決意のキッカケ

 呉氏がイギリスに行って数年たったある日、「海外にいる外交官の大学生の子どもたちを北朝鮮に帰国させろ」という指示が下されました。長男は当時大学生でした。この頃、北朝鮮が外国で運営するレストランの従業員ら13人が、集団で韓国に亡命するということがあり、本国からこのような通知が来たということです。呉氏は「私たちの子どもはイギリスで長く暮らしたことで、自由とは何かをすでに知っていた。北朝鮮に戻った子どもたちがまっとうな生活を送れるわけがないと思っていた」と当時を振り返っています。

Q.韓国の国家情報院は、こういう北朝鮮の外国にいる人たちに接触して、うちに来ませんかというスカウティングみたいなことをしているということですか?
(牧野氏)
「北朝鮮の崩壊を狙うのも彼らの仕事の一つですから、それはよくやっています」

決意の裏には父の後悔も…

 呉氏にはもう一つ、亡命を決意した理由がありました。それは父の存在で、呉氏の父はソ連に住む朝鮮民族、高麗人の妻との間にも娘がいましたが、妻が高麗人という理由で党の信用が得られなかったことで、妻と娘をソ連に送り返しました。呉氏は「父は生涯、娘に会いたいと後悔していた。私の人生は党への忠誠ではなく、自由に向かうべきだと、このときに考えた」ということです。

Q.妻が高麗人という理だけで、党の信用を得られないものなのですね?
(牧野氏)
「金日成氏は、ソ連や中国が同じ社会主義の中でも多民族国家だったので、自分たちはそれにない優越性をどこに見つけるかというときに、『わが国は朝鮮民族の単一国家である』ということをよく言っていたんです。朝鮮民族とはいえ、ソ連に住んでいてロシア語を話すような人達はなかなか受け入れられないという気持ちがありました。それと同じ理由で金正日氏の奥さんだった高英姫(コ・ヨンヒ)氏は在日だったので、表に出てこられなかったんです」

韓国生活での戸惑い

 亡命後、韓国では戸惑うことも多かったといいます。まずは言葉で、「外国語が街に多かった。北朝鮮なまりのせいで、最初はスーパーの店員とも話せなかった」ということです。

Q.いきなり北朝鮮から行くと韓国語は分からないものですか?
(牧野氏)
「分からないと思います。私が平壌に行ったときの帰りに北朝鮮外務省の人に、『今度来るときは辞書買ってきてくれ、変わり過ぎて外交交渉に支障が出ている』などと言われたことありますが、彼らは鎖国していますから、言葉の違いにはなかなかついていけないんです」

Q.ハローワークみたいなところに電話をしたらすぐ「この人北朝鮮の人だな」と分かるぐらい、違うらしいですね?
(牧野氏)
「そうなんです。分かってしまうので、断られてしまいます。『朝鮮族の人ですか?』とかと言われて、そこから面接に進めないとぼやいている人が何人もいました」

Q.一方で、銀行・保険のような資本主義の概念、制度にも慣れなかったということなのですが?
(牧野氏)
「北朝鮮では銀行に預けても返してもらえませんから、みんな“タンス預金”するんです。だから北朝鮮の人は幹部になるほど、例えば壁に穴を開けてお金隠しとくとか、そういうのがすごくうまいって話は聞いたことがあります」

 また、韓国の住宅制度は独特で、チョンセと呼ばれる制度があります。家賃を払うのではなく、物件を購入する際に、6~8割を保証金として支払い、退去時に返ってくるという制度で、北朝鮮ではそもそも家は国が指定するので、この制度を理解するのが困難だったということです。

 さらに子育てにも違いがあり、韓国では「子どもに自由を与える」という考え方ですが、北朝鮮は「子どもに仕事を与える。北朝鮮の親は家族が生き残ることだけを考えていた」ということです。

Q.呉氏はスーパーエリートなので、ある程度は韓国が守ってくれたり、生活の保障もしてくれると思いますが、一般の脱北した人は、韓国の激烈な競争社会についていけない人もいますよね?
(牧野氏)
「食堂入るのが苦痛だっていう人もいました。メニューを選んで、隣の人のほうがおいしいもの頼んでいるのを見ると、すごくストレスになって、それで食堂行きたくなくなったという人もいるぐらいですから、やはり競争社会には慣れないです」

Q.仮に就職したとしても、パソコンを使えないといけないとか、運転免許を持っていないとかありますもんね?
(牧野氏)
「そうですね。いろんなことやっているんですけど、やっぱり社会に定着できなくて、苦労している人はすごくたくさんいます」

(「情報ライブ ミヤネ屋」 2023年2月3日放送)

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