用語懇談会でご一緒している、フジテレビのAアナウンサーから質問のメールが届きました。
『「鑑みる」について、同僚から、
「『〜に鑑みて』『〜を鑑みて』のどちらが良いのでしょう?」と質問を受けました。私はどちらでも違和感がなく意味の差も感じないのですが。色々調べると「『~を鑑み』という『を』が間違い!」と強力に主張する方々が存在することが分かりました。近代文学では、ほぼ「に」ですが、太平記や平家物語には「を」が見られますねご教示いただければ幸いです。』
私はこう返事を出しました。
『お尋ねの件、私も個人的には「鑑みる」は「時勢に鑑みて」と「に」を使うほうが正しい!と思っていました。しかし辞書を見ると、たしかに「に」も「を」もありますね。
意味を読むと、
「先例や手本に照らして考える」(「明鏡国語辞典」)
とあります。少し考えて分かりました。
「ある動詞の前の助詞が2つある」
というような似たような例には、
「参拝する」
があります。
「~に参拝する」
「~を参拝する」
の2通りあります。この場合は「参拝」という言葉が、
「参る」「拝む」
という「2つの意味」を持っているので、
「~に」→「参る」
「~を」→「拝む」
というように、
「2つある意味の内、どちらを重視するかで、『その語の前の助詞』が変わる」
ということですね。「語の結びつき」を「コロケーション」と言いますが、まさにその「コロケーション」の問題です。
そしてこの「鑑みる」も、意味を見ると、
「照らし合わせる」「考える」
という「2つの意味」を持っているので、
「~に鑑みる」→「照らし合わせる」
「~を鑑みる」→「考える」
という「結びつき」になるのではないでしょうか?
「明鏡国語辞典」の用例は、
「過去の事例に鑑みる」
「国際情勢を鑑みるに楽観は許されない」
と両方載っていました。
こんなところでいかがでしょうか?』
それに対する返事は、
『ご返信をありがとうございます。いつもながら丁寧でわかりやすい解説!助かりました。
2つの意味、なるほど。結局、弊社としては「に」を推奨する形になりそうです。』
ということでした。
その後「鑑みる」の「前の助詞」が気になって注意していると結構出て来ますが、大体、
「~を鑑みる」
と「を」ですね。
4月8日のNHK午前10時のニュースで東京都の小池百合子知事は、インタビューに答えて、
「地域の特性を鑑みながら」
と「を」を使っていました。いや、正確に「を」と言ったかどうかは分かりません。
「地域の特性 鑑みながら」
のように「助詞は使わなかった」かもしれません。しかし「に」とは言っていませんでした。言ったとしたら「を」です。
さらに同じ日、東京のタクシー会社「ロイヤルリムジン」の社長が、公園に従業員(タクシー運転手)を呼び出し、その場にいなかった人も含めて600人全員を解雇しましたが、その処分に対して答えた、解雇された従業員の一人は、
「状況を鑑みて仕方がない」
というように「を」を使っていました。これはハッキリと「を」でした。
「かんがえる(考える)」と「かんがみる(鑑みる)」
は、「え」と「み」が違うだけですから、恐らく最近は、
「より深くじっくりと考えること=かんがみる(鑑みる)」
だと感じている人が多いのではないでしょうか?
だから「考える」に使うのと同じ「を」を使う人が増えているのではないかな、と思いました。