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『道浦TIME』

新・ことば事情

7323「金星を配給」

1月13日大相撲初場所2日目、横綱・白鵬が平幕の遠藤に敗れました。それを報じたネットの「スポニチアネックス」は、

「横綱・白鵬が平幕・遠藤に切り返しで敗れて金星を配給した」

と報じていました。この、

「金星を配給」

という表現に注目しました。「金星」とは、

「平幕(前頭)力士が、横綱に勝つこと」

を言いますから、勝った平幕力士は、

「金星を挙げる」

と言えますが、敗れた横綱側から言うと、「金星を配給」となるのですね。ただ、これはよく、間違って、

「金星を献上」

と記されることがあります。しかし「献上」は、

「下から上」

ですので、「横綱から平幕へ」=「上から下」には使いません。

これに関しては新聞用語懇談会でも、過去に何度か話し合われているので、その結果を載せますね。

【2015年10月(関西地区用語懇談会)】

「横綱白鵬が大関照ノ富士を破り2敗を守る」

一見問題のない文章ですが、相撲原稿には、厳然たる「約束事」があるそうです。

「横綱が大関や平幕を『破る』とは言わない」

「地位が下のものが上位に勝った場合に『破る』、『撃破』などと表現する」

「番付を尊重し、上位のものが下位のものに勝った場合は、番付を尊重し、『退け』『下し』などと言い換える」

また「『守る』のは無敗か1敗。2敗や3敗は守る星ではない」ということです。原稿をチェックする校閲でも、適用しますか?

(共同通信)社内の決定事項は守るが、整理部内では今回の件については半数以上が「知らなかった」と。

(読売新聞)スポーツ部内で取り決めているので、任せている。

(共同通信)2年間、相撲担当記者だったことがあるが、自然にこのように書いていた。ルールとしては意識していなかった。対戦前の力士には取材に行かないなどの暗黙のルール(=「しきたり」)はあった。

(MBS)スポーツアナウンサーに聞いてみたが、「ランキング」の「上位」に対して「下位」が勝つケースでしか「破る」は使わないとのこと。また、高校野球(アマチュアスポーツ)では「ランキング」はないので「平等」に扱い、「破る」「下す」「金星」「番狂わせ」などは使わないようにしている。

(神戸新聞)ルールがあるのは知っているが、あまり気にしていない。地元(兵庫・神戸)出身力士を主語にして書くことが多いので、それが基準になる。

(産経新聞)「金星」には「破る」を使う。

(ytv)たしかに「番付上位の者」が「下位の者」を「破る」というのには違和感がある。「下し」「退け」が妥当だろう。しかし「2敗を守る」には違和感がない。ただしその場合の「2敗」は、「トップ」であることが条件。しかも「千秋楽ではない」ことも条件。

【2018年9月(用語懇談会放送分科会)】

(新聞協会・I専門委員)

新聞では絶対使わないのにテレビではよく耳にするのは、大相撲で、

「横綱が金星を『献上』」

という表現。「献上」は「下→上」なので、「平幕が横綱に勝つ」という「金星」は、「上→下」への「配給」が正しいのだが。

【2019年10月(関西地区用語懇談会)】

男子シングルス1回戦で、世界ランキング69位の西岡良仁(ミキハウス)が同41位のテニース・サンドグレン(米国)を下した。(※毎日新聞表記では「降した」)(下位の選手が上位の選手を破った際も「下す」「降す」でよいか)

・直す=4.5社 ・直さない=10社

(毎日)相撲では、番付が「上の者」が「下の者」を「下す」と言い、その逆はおかしいと。野球の場合は「下位のチーム」が「上位のチーム」に対して「下す」を使えるのか?校閲は意識していなかったが、出稿部から質問が出た。出稿部は意識しているようだが、校閲サイドでは問題ないという意見が多数で、直さない。

(ytv)「破った」「倒した」に直すだろう。ところで、ランキングの差が「1つ」しかなかったらどうなる?いくつ差があれば「下す」を使えるのか?

(MBS)高校野球では「下す」「破る」を使うと「上下関係はないので使うな!」と昔は先輩によく言われた。最近は「大阪桐蔭が〇〇を下した」などと使われるようになった。

(MBS)高校野球だと、「強い」と思われたチームが「弱い」と思われたチームに敗れる「番狂わせ」が往々にしてある。それもあったからか、先輩からは「使わないほうが良い」と言われた。

(毎日)同じく高校野球中継をしているABCさんは?

(ABC)「下す」には、それほどこだわりがない。「金星」には引っ掛かりがあるが。

(ytv)ラグビー日本代表がアイルランドに勝った試合の報道は「読売・朝日」が「金星」で、毎日・産経・日経は「大金星」だった。

(毎日)ラグビーはランキングがしっかりしていて、番狂わせが少ないので、日本がアイルランドに勝ったら「大金星」だ。

(毎日)地域面で、ある高校が強豪校に勝った際に「シード校に勝った」と報じたら、その大会、その強豪校は「シード校ではなかった」という確認ミスをしたことがある...。

(産経)ラグビーのアイルランド戦は「奇跡」という表現は避けた。「番狂わせ」か「金星」ということに。

(毎日)放送で、NHKアナウンサーが「もはや奇跡ではない」と。

(朝日)(TVO)=「破った」

(読売)上位・下位に関係なく、直さない。

(日経)「破った」「~に勝った」

(産経)校閲歴10年以上の部員全員一致で「直さない」で、そのまま。

(MBS)相撲など、序列が明白な場合は直す。微妙なので、「勝つ」「負ける」「敗れる」をなるべく使う。

ということだったのですが、なんと横綱・白鵬は、翌日の3日目(1月14日)も、平幕(前頭筆頭)の妙義龍の敗れてしまいました。それを報じた1月15日の各紙朝刊は、

【読売】

(見出し)白鵬バッタリ 連日の金星配給2年ぶり

(本文)2日連続で金星を与える

【朝日】

(見出し)足出ぬ白鵬 あっさり連敗

(本文)2日連続の金星配給。初日に続いて金星を与えた。金星配給の多さは。

【毎日】

(見出し)北勝富士 鶴竜撃破

(本文)両横綱が金星を配給。「金星を取っている場合ではない」。

【産経】

(見出し)白鵬ばったり 2日連続で金星配給

(本文)2横綱が金星を配給する波瀾。2日連続で金星を配給した。

【日経】

(見出し)白鵬、連日の金星配給

(本文)地震2度目となる2日連続の金星配給。

ということで「金星配給」という表現が多かったですが、

「金星を与えた」「金星を取っている場倍ではない」

といった表現も見られました。

なお、白鵬は4日目の1月15日から休場しました。

(2020、1、15)

2020年1月15日 20:47