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『道浦TIME』

新・ことば事情

7182「享年2」

6月に東京で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、

「享年」

の使い方について、毎日放送の委員から質問が出ました。

それによると、毎日放送の番組の特集で、「不慮の死」によって「22歳」で亡くなった人に、

「〇〇さん(享年22)」

とスーパーしたところ、毎日放送の用語委員会で、

「『享年』は『天から与えられた年』であり、この人のように、与えられた命を全うしたとは言えない場合は、使うべきではない」

という結論になったそうです。確かに、若くしてこの世を去った人に「享年」はあまり見かけないが、

「『享年』は『何歳ぐらいから』使えるのか」

また、

「『天寿を全うしたとは思えないような人』に『享年』は使わないようにしているのか」

など、「享年」を使う際に注意していることがあれば、教えてほしいということでした。

これに対する各社の意見は、以下の通りです。

(NHK)「何歳から使って良い」という決めはないが、「享年」は子どもには使わない。どうしても使いたい場合に限って使う。「享年〇歳」と「歳」を付けると「誤り」と指導している。

(日本テレビ)何歳以上とは決めていないが、子どもや、事件・事故で命を奪われたケースには使わないことになっている。

(TBS)外国人に使うのは認めた。アナウンサーは抵抗があるのだが。「何歳からか」の決まりはないが、「享年」は「数え年」で言うようにして、「満年齢」は使わないと。最近は「〇〇さんが亡くなりました。〇歳でした」という言い方が増えていると思う。

(テレビ朝日)ニュースで「享年」は使わない。もともとは仏教用語で「出生からの年齢」ではなく「母胎に宿ったときからの年齢」を言うので、「数え年」ともまた違う。「数え年」は、お正月にみんな同時に1歳年を取るのだから。「外国人に使えるか?」という問題は「東アジアの人」には使えるかもしれない。ニュースでは使わない。

(テレビ東京)原稿検索では、アメリカの銃乱射事件で亡くなった人に「享年15歳」と使った原稿が残っていた。また「戦死した人」に「享年45(歳)」と使っていた。

(フジテレビ)ニュースでは基本的に使わない。芸能は使う。テロップで使ってしまうと、原稿でも使ってしまう。

(朝日放送テレビ)決まりはない。事件では使わない。

(読売テレビ)この1年では先月(5月)、朝日新聞阪神支局襲撃事件から32年のニュースのときに、亡くなった小尻記者に「享年29」と使っていた。

(読売テレビ)一応「ミヤネ屋」では、「天から享けた寿命」ということで「平均年齢」を目安にしている。男性だと「80歳前後」、女性も「80代以上」には「享年」を使うことを許すこともある。しかしこれは本当に「仏教用語」なのだろうか?仏教では「行年(ぎょうねん)」を使うのではないか。永井荷風の『断腸亭日乗』には、大正15年(1926)2月29日に「黒田湖山」という人が病死した際には、「享年四十九歳なり」と「享年」を使い、「歳」も付けている。昭和2年(1927)7月24日に「芥川龍之介」が自殺した新聞記事のことを記した場面では、「行年(ぎょうねん)三十六歳なりといふ」とあり、これは「新聞記事をそのまま写した」ので、おそらく新聞記事で「行年」を使っていたのだろう。「歳」も付いている。また、明治時代には、中村正直訳『西国立志編』で、フランシスコ・ザビエル(雑未耶)に「享年」を使った例もある。原文では「......瘧疾ヲ得テ、没セリ、一千五百五十二年(天文二十一年)享年四十有七ナリシト云フ」とある。

(関根用語専門委員)江戸時代に滝沢馬琴『椿説弓張月』では『為朝伊豆の大嶋において自害す。享年三十三才と見えたり』と、源為朝に「享年33歳」と「享年」を「歳」付きで使っていますね。

(読売テレビ)過去には9年前、朝の番組で「マイケル・ジャクソン(享年50)」とスーパーしたり、8年前に「ミヤネ屋」のスーパーチェックで「エリザベス・テーラー(享年80)」というのもあった。

(テレビ大阪)目安は「80歳ぐらい」か。平均寿命が延びているし。「数え年」と「満年齢」が混ざるのは良くない。ニュースでは「享年」は使わない。「享年」も「御年(おんとし)」も、取材先の家族が使っていたら使うかも。「仏教用語か?」という点では、築地本願寺・総務部に聞いたところ、仏教経典には「享年」の記述がないと。「天寿」も仏教用語ではない。しかし、お坊さんの「説話」の中に出て来るのではないか?という話だった。また「1歳未満」で亡くなったら、まだ「(生後)1年」にならなくて、仏教が成立した時期には、まだ「0(ゼロ)」という概念は発明されていなかった(※インドでプラーマ・グプタが「零(0)を発見」したのは、西暦628年だそうです。)ので、「当年」を使うという。知恩院では「享年」は使わずに「行年」を使っているという。「行年=生きた年数=修行した年数」。

(共同通信)決まりはない。死亡記事で「享年65」「享年80」というのが多い。原稿検索では過去10年で「享年」=150件余り。1か月に1本という頻度。「何歳以上」という基準はないが、お年寄りが多い。「享年〇歳」に関しては『現代例解国語辞典』は「歳」は付けないとしているが、『三省堂国語辞典』『岩波国語辞典』は「歳」を付けている。しかし「歳」を付けると「誤用だ」と言われることもある。若い方に使った例では市川海老蔵さんの奥さん「小林麻央さん」に「享年34」と使った例や、人間以外では競走馬の「スペシャルウィーク」に「享年23」と使った例があった。

(時事通信)過去原稿では5年間で38件と、ほとんどなかった。「享年〇歳」も小数あった。

(関根用語専門委員)原稿で書いてくることが多い。「どうして使えないのか?」と言われると「若くして亡くなった人には、使わない」と言うのだが、なぜ疑問を持つかと言うと、

(1)そもそも「寿命が天から与えられる」ということが受け入れられないのではないか?

(2)「享」という漢字は常用漢字ではあるが、「享受」「享楽」「享有」ぐらいしか用例がない、堅苦しくて古めかしい言葉なので、使う人も意味が分かっていないのではないか?

「年」と「歳」は、重複だから使わない。

(テレビ朝日・毎日放送・TBS)「歳」は付けない。

(日本テレビ)「亡くなった直後」と、もう「歴史になった」のでは違う。先ほどの小林麻央さんも、亡くなってすぐに「享年」は使わないが、何年かたってからだと使えるのではないか。今なら彼女を偲んで「享年34」は「あり」だと思う。

といった意見が出ました。

「平成ことば事情4750享年」

「平成ことば事情5943『享年』は数え年」

「平成ことば事情5962享年と行年」

もお読みください。

(2019、7、8)

2019年7月 8日 15:46