Top

『道浦TIME』

新・読書日記 2019_103

『時間(とき)の花束~Bouquet du temps』(三浦百惠、特別協力・鷲沢玲子、日本ヴォーグ社:2019、7、26)

7月31日の「ミヤネ屋」で紹介した、三浦百惠さんの「キルト」の写真集。

三浦百惠、つまり元歌手の山口百恵さん。

21歳で三浦友和さんと結婚するために引退して、今はもう60歳になっている。

その間ほとんど、マスコミに姿を見せていない。

今回の本には、ご本人の写真が載っていた。

はっきり言って、驚いた。

最初、本人だとはわからなかった。

でも、幸せなんだろうなあと。

まさに「時間」を感じさせる。

以前、キルト展関連の司会を仕事でしたことがあるが、キルト愛好家の数はかなり多いらしく、会場は京セラドーム大阪だった。東京では東京ドームでやるらしい。

作品はどれも、実に手の込んだもので「時間」を織り込んでいるような感じのものだ。よっぽど根気強く仕事が出来る人でないと、無理。

歌手人生の21年の後の40年、彼女はそういった人生を送られたんだなあということが偲ばれる一冊。


star3

(2019、7、31)

2019年7月31日 20:20 | コメント (0)

新・読書日記 2019_102

『ミステリーチェイサー原田龍二の謎のいきものUMA(ユーマ)大図鑑』(原田龍二、宝島社:2019、7、10)

「ミヤネ屋」でネタにからめて紹介したので、読ませてもらったが、まあ子ども向けの絵本・図鑑なので、私の好みではなかった。

イエティやウェンディゴやナンディベアといった、

「UMA(Unidentified Mysterious Animals=ユーマ)=謎の未確認動物」

を図鑑で紹介するもの。

そんなのを追いかける途中で、車の中で...と、どうしても思ってしまうもんなあ・・・。

タイミングが最悪ですねえ。


star2

(2019、7、31読了)

2019年7月31日 20:18 | コメント (0)

新・読書日記 2019_101

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治、新潮新書:2019、7、20)

著者は精神科医、臨床心理士で、立命館大学産業社会学部教授。年齢(生年)が書かれていないが、顔写真が現在のものだとすると、40~50代の働き盛りだと思われる。

ショッキングなタイトルに惹かれて購入。いや、タイトルの下の帯に、実際に「円いケーキを3等分に切れない実例図」が描かれて(再現されて)して、それに対して「え?本当に?」と思ったのが購入・読み初めのきっかけだった。

医者の立場から見て、「非行少年に見られる特徴」として次の5つを上げている。

  1. 認知機能の弱さ

  2. 感情統制の弱さ

  3. 融通の利かなさ

  4. 対人スキルの乏しさ

  5. 身体的不器用さ

そして、現在(1970年代以降)は「IQ70未満」が「知的障害」とされているが、かつて1950年代の一時期は「IQ85未満」という基準だったと。しかし「85以下」だと全人口の16%が該当して多すぎるということから「70未満」になった。

その結果「IQ70~84」の「境界知能」の子どもたちが14%ぐらい、いることになると。そして、この子供たちが「普通の子ども」と同じように扱われていることに問題があるのではないか、と指摘している。

それはある面、真実なのかもしれないが、この考え方は何か危険性を秘めている気がする。犯罪の予防的観点から拘束などをすることは、基本的人権を侵すと思う。しかし、教育的観点から、こういった人たちに対処していく方法には、効果はあるのかなとも思った。

さまざまな「理解できない事件」が起こっている現代、一つの考え方なのかなとも思った。


star3

(2019、7、23読了)

2019年7月31日 20:17 | コメント (0)

新・ことば事情

7196「クリーンシート」

2019年7月4日、「サッカー・ダイジェスト」のネット記事で、コパ・アメリカに臨むサッカー・日本代表に関して、

「エクアドル戦へ気合いを漲らせる植田。今大会初のクリーンシートを達成できるか?」

という写真のキャプションがありました。この、

「クリーンシート」

に目が留まりました。おそらくこれは、

「無失点」「完封」

を意味していると思われますが、私は使ったことがありません。(見たことはあったかもしれませんが。)

ネット検索してみると、私と同じような疑問を持っている人がいたようです。「ヤフー知恵袋」に、そのものずばりの、

「クリーンシートとは、どういう意味ですか?」

という質問が。2012年8月20日、7年も前なのか!回答は、

「サッカーの試合で無失点という意味。」

とありました。他のサイトを見ると、

「特にゴールキーパーの実績としてカウントされる」

と書かれたものもありました。

もう一つ、出て来る疑問は、

「相手を0点に抑えても、自分のチームが無得点なら勝てない=引き分け。それも『クリーンシート』と呼ぶのか?」

ということですが、答えは、

「引き分けでも、相手を0点に抑えればクリーンシート」

と呼ぶようです。グーグル検索(7月29日)では、

「クリーンシート、サッカー」=20万9000件

でした。

(2019、7、29)

2019年7月29日 19:12 | コメント (0)

新・ことば事情

7195「バイカモのアクセント2+ハリヨ」

7月24日の「かんさい情報ネットten.」で、滋賀県米原市の醒ヶ井町を、黒木千晶アナウンサーと若一光司さんが散策してリポートしていました。その中で、

「梅花藻」

という「藻」を紹介していました。

「バイカモ」

と読みます。涼し気な緑の藻の上に、梅の花のような花を咲かせるため、

「清流の妖精」

とも呼ばれるそうです。

この「バイカモ」のアクセント、関西人の若一光司さんは、

「バイ/カ\モ」

と「カ」だけが高い「中高アクセント」で話していましたが、黒木アナウンサーは、

「バ/イカモ」

「平板アクセント」で読んでいました。

実は、放送前に黒木アナウンサーが、

「道浦さん、アクセント辞典にも載っていないんですけど、アクセントはどっちでしょうか?」

と質問してきたのです。

「『梅花』のような花を咲かせる『藻』だから『バイカ+モ』で、『バ/イカ\モ』かなあ。でもそうすると『倍かも...』って感じになるなあ。でも『バ/イカモ』と『平板アクセント』にすると『ア/イガモ』みたいだしなあ・・。」

と答えてから、数年前にこれに関して書いた覚えがあったので検索してみたら、やはり3年前に書いていました。(平成ことば事情6132「バイカモのアクセント」)

そこでは諸國アナウンサーが、「平板アクセント」で、

「バ/イカモ」

と読んでいたと記されていました。「どちらが正しい」という結論は書かれていませんでしたが、

「じゃあ、『平板』かな」

と答えたのでした。

それともう一つ、アクセントの質問を受けたものは、

「ハ/リヨ」

と呼ばれる川魚。この魚は、体長5センチほどの、針のような細くて小さな魚で、調べてみたら、

「針魚」

と書くそうです。「魚(ウオ)」の語源は「イオ」なので、

「ハリ+イオ」→「ハリヨ」

になったのではないかな、と思います。それで言うと、「平板アクセント」で、

「ハ/リヨ」

で良いのではないかなと答え、そのように放送されました。

また来年、あるいは2年後か3年後のこの季節に、登場しそうな気がします。

(2019、7、26)

2019年7月26日 18:01 | コメント (0)

新・ことば事情

7194「味気のない人生」

日本テレビの7月スタートの水曜ドラマ『偽装不倫』の第1回を見ていたら、主人公の杏さんが、

「味気のない人生」

と言っていました。それを聞いて「おや?」っと思ったのは、

「味気ない人生」

とは言いますが、「の」を入れた、

「味気のない人生」

と言えるのか?ということです。

杏さんの発言では「味気」という名詞があって、それを「の」でつないで、否定の「ない」が付いているようなのですが、こういった場合、もし、の語が成り立つなら、

「『ない』を『ぬ』に置き換えることが出来るはず」

です。でも「味気ない」の「ない」を「ぬ」に置き換えると、

「味気ぬ」

となって、語として成り立たない。

また、『広辞苑』『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』『精選版日本国語辞典』『三省堂国語辞典』『現代国語例解辞典』『三省堂現代新国語辞典』『新選国語辞典』『岩波国語辞典』では、「味気ない」は載っていますが、

「味気」

という名詞は、載っていませんでした。

「味気」というのも「当て字」のようで、昔は「あじきない」と言ったと。

つまり、「あじけ・ない」ではなく、

「あじけな・い」

という語構成ではないか。語幹が「あじけな」で活用語尾が「い」。

ということで「味気のない」という言葉は「間違い」なんじゃないかなあと思いました。

(2019、7、25)

2019年7月25日 18:55 | コメント (0)

新・ことば事情

7193「『新物』の読み方」

回転ずしの「くら寿司」のコマーシャルを見ていたら、

「新物」

という言葉が出てきました。これをCMのナレーターさんは、

「しんもの」

と読んでいました。私は、

「あらもの」

ではないのか?と思いました。

『精選版日本国語大辞典』を引いてみたところ、何と、「両方」載っていました。

*「しんもの(新物)」=新しいもの。しんぶつ。特に、歌舞伎狂言や音曲などの新作もの。(用例)*雑排・柳筥(1783-86)四「新物を弾たがくゎよう大あたり」*歌舞伎・梅柳若葉加賀染(1819)大切「時に、あすから駒吉が、新物の稽古は片付いて居るか」

*「あらもの(新物)」=(1)新しいもの。新しく作ったもの。(2)(「荒物」とも)生のもの。新鮮なもの。特に生のままで進物、供物にする魚、鳥など。(用例)*御湯殿上日記~長享三年(1489)正月一一日「しもかわら殿よりは、あら物にて二色、二かまいる」

でも、この「あらもの」の用例は、漢字を使っていないので「表記の違い」は、わかりませんね。

「しんもの」は、「歌舞伎」で使われることが多いようなので、やっぱり「くら寿司」の新メニューは、

「あらもの」

と読んだほうが、いいのではないかなと思いました。

(2019、7、24)

2019年7月24日 20:22 | コメント (0)

新・ことば事情

7192「きな臭い」

7月18日に発生した京都アニメーションへの放火殺人事件、大変な惨事となってしまいました。亡くなった34人もの方々に哀悼の意を表し、ケガをされた方の一日も早いご回復を願います。

さて、事件の翌日のお昼に、他局のニュースを見ていたW報道部長が、

「道浦さん、ちょっといいですか」

と声をかけて来ました。

「さっき、他局の中継で『現場では、きな臭いにおいが立ち込め』と言っていたんですが、この場合『きな臭い』で良いんですか?」

「たしかに『きな臭い』は、『事件か何かが起こりそうな、不穏な雰囲気を表す言葉』として使われますね。ちょっと辞書を引きましょう」

ということで『広辞苑』を引いてみました。

*「きなくさい(きな臭い)」=(1)紙・綿・布などのこげるにおいがする。こげくさい。(2)硝煙のにおいがする。戦いや物騒なことが始まりそうな気配である。(例)きな臭い情報が流れる。(3)なんとなくあやしい。うさんくさい。(例)きな臭い男。

これで言うと、放火現場は、(1)の意味で言えば間違いではありませんが、普通、

「きな臭い」

は(2)の意味で使うことのほうが多いように感じます。

(1)の意味を指し示す場合は、ダイレクトに、

「焦げ臭い」

と言うのではないでしょうか?

*「こげくさい(焦げ臭い)」=物の焼け焦げるにおいがする。(例)焦げ臭い御飯。

いかがでしょうか?

(2019、7、24)

2019年7月24日 20:20 | コメント (0)

新・読書日記 2019_100

『私たちが最前線キャスターです。』(日本テレビ アナウンス室編、日本テレビ放送網:1991、6、24)

読売テレビは、ことし9月に新社屋に引っ越しする。ところが、何と新社屋には「図書室」がないのだ。ということで、今の図書室にある本を、社員に無料で譲渡している。自分で持って帰ること、古本屋に転売しないことが条件。というわけで、貴重な本や興味がありそうな本を、わけてもらってきました。そのうちの一冊がこれ。

1991年、今から28年前の、日本テレビの「女性アナウンサー」たちが勢揃い。このうち何人かは、今、用語懇談会でご一緒させて頂いている。いや28年前だから、若いのは当たり前だが・・・まだ「バブルの香り」のする時期、コメントとかがね、結構「上から目線」なのでビックリ。当時は「上から目線」なんて言葉は、まだなかっただろうけど。ご本人がこれを読んだら、赤面すること間違いなし!じゃないかなあ、他人が読んでも「うっわあ~・・・・」って思うもの。

今の時代じゃ出せない貴重な一冊。これを捨てるのはもったいないです。貴重な資料です。


star4

(2019、7、16読了)

2019年7月19日 17:54 | コメント (0)

新・読書日記 2019_099

『テレビドラマでわかる平成社会風俗史』(影山貴彦、実業之日本社:2019、7、10)

著者の影山さんは、元・毎日放送のディレクターで同志社女子大学の教授。私より1つ年下で大学の1年後輩だが、1年前に初めてお会いして一緒に飲んだ、という関係。その後フェイスブックなどではご活躍の様子を拝見しているが、この度、このような本を出されたということで、さっそく買って読んでみた。

「平成」という時代30年あまりを、「テレビドラマ」を背骨として読み解いていく一冊。新書ですし200ページ足らずなので、それほど深くは突っ込んでいない。それよりも「通史」として「平成全体の流れ」を捉えている一冊で、「そういえば、そうだったよなあ」と時代の流れがわかる一冊。

私が思うに、大きな変換点に立つ番組は、1996年のフジテレビ「ロングバケーション」。木村拓哉と山口智子の主演。実はこの番組では「電話」がまだ「イエデン」、つまり家にある「固定電話」で、「携帯電話」は使われていない。留守番電話に録音したものの、聞かれていなくて「すれ違い」が生じるということが、話の大きなポイントとして使われている。今では考えられない。いや、地下街に入っていたり、「電源が切られているか、電波の届かない範囲にいる」等のケースはあるので、表現方法が変わっただけかも。しかし、我々の身の回りの「生活道具」の変化が、ドラマにも大きな影響を与えるという意味で、「ロングバケーション」は「昭和」のドラマであったと、私は考えている。本書ではそういったあたりにもチラッと触れているが、びっくりしたのは最新の「3年A組」や「私、定時に帰ります」についてまで書かれている点だ。もう「週刊誌」感覚の最新情報である。もちろん、見たことがない番組もあったが、大体はわかった。

1か所だけ誤植。51ぺ―ジ、グルメドラマで、料理のプロを目指す若者の・・・

×「修行」→〇「修業」

でしょうね。「職業」だから。ぜひ重版をかけて、修正してくださいね!


star4_half

(2019、7、10読了)

2019年7月18日 12:00 | コメント (0)

新・読書日記 2019_098

『町山智浩・春日太一の日本映画講義~時代劇編』(町山智浩・春日太一、河出新書:2019、6、30)

「時代劇」はあまり興味がないので、ここに紹介された映画・テレビドラマ「子連れ狼」「宮本武蔵」など、見たことがないものがほとんどだったが、「見たい!」と強く思った。

この本で2人が語り合う膨大な量の「点」としての知識は、深く作品に潜り込んで「線」となり、それが時代を超えて繋がり横に広がって「面」を構成していき、新しい見方が生まれる。その典型例だと思う。

特に、俳優はもちろんのこと、監督、カメラマン、照明さんなどのスタッフの「人物」や、当時の映画会社の経営陣や会社の経営状況に至るまでをよく知り、その人間関係が作品に及ぼした影響まで考えて作品を分析するあたりは、「ふーむ」と唸らざるを得ない。

それにしても春日太一さん、「キネマ旬報」を「全巻」、家に持っているって、プロとは言え、スゴすぎる!


star4_half

(2019、7、16読了)

2019年7月17日 18:00 | コメント (0)

新・読書日記 2019_097

『なぜなに日本語もっと』関根健一、三省堂:2019、6、30)

ことし3月末まで「読売新聞」紙上で連載された「言葉のコラム」をまとめたもの。著者の関根健一さんから贈呈していただきました。ありがとうございます!

見開きで「1語」を取り上げ、右は新聞紙上に載ったもの、左はさらに詳しい解説などでウェブにも載ったものですが、コンパクトにまとまっていて読みやすい。新聞の記事は、これまでずっと切り抜いてスクラップしていました。

この中で「ほう、そうだったのか!」と勉強になったものを、いくつかご紹介します。

*「立派な犯罪」は「犯罪用件を満たしている」という意味の「立派」という意味なので、使っちゃダメな表現ではない。(43ページ)

*「やぶさかではない」の「やぶなか」は「吝か」と書いて「ケチ」の意味。(91ページ)

*「表舞台」の反対語は「裏舞台」ではない、「舞台裏」である。たしかに!(114ページ)

*最近「自分事」という言葉が生まれて来た。やっぱり!(223ページ)

*「ハッシュタグ」の「ハッシュ」は「シャープ」じゃない...けど...。(262ページ)

*最近「がっつり」「ほっこり」「まったり」のような「〇っ〇り」の形の言葉を、よく見かける。たしかに!(290~291ページ)

*「斉唱」は、一人では歌えない(306ページ)

*「太宰府」=市の名前や天満宮の名前。「大宰府」=昔の役所の名前や史跡の名前。知らなかった!(349ページ)

*「奥の手」というのは「左手」のこと!これも知らんかったあ!(364ページ)

勉強になりますよ!


star5

(2019、7、7読了)

2019年7月15日 19:13 | コメント (0)

新・読書日記 2019_096

『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』(中野円佳、PHP新書:2019、6、28)

著者は、1984年生まれ。東大大学院卒で日本経済新聞・元記者。2児の母で、駐在員の妻としてシンガポールで暮らす。超エリート妻ですね。なかなかその体験は貴重だと思うけれど、どうしても「一般の多くの女性とは、ちょっと条件が違うよね...」という目で見てしまう。世界的には、そういったバリバリのキャリアウーマンで子育てもして、という人もいるのかもしれないけど、日本ではなかなか・・・というところ。

それでも、著者が日本に住んでいるならともかく「シンガポール在住」って・・・何かちょっとなあ・・・。

日本は「主婦」がいないと回らない構造になっているから、働く女性はしんどい。そりゃそうですよね。「家事労働」の価値をもっと認めていかないと。シンガポールとか東南アジアだと、ハウスキーパーを雇ったりするんでしょうからね。それが、日本になじむかと言うと...それに、なじむかどうかも、そうだけど、払えないよね、そのお金。ハア・・・・。


star3

(2019、7、1読了)

2019年7月15日 19:12 | コメント (0)

新・読書日記 2019_095

『イラストでわかる!クラシックの楽しみ方』(中川右介、イラスト・ショス・たこ、SBビジュアル新書:2019、4、15第1刷)

『クラシックジャーナル』編集長の著者が、素人にでもわかりやすい「クラシック音楽入門」の本を、「ショス・たこ」さん(「ショスタコービッチ」から採ったペンネームなのでしょうね)のイラストと共に解説。実際、とてもわかりやすい本。

現在、演奏されるクラシックの曲の8割は、何とたった50人の作曲家の手によるものだそう。この本では、そのうち42人の作曲家について、イラスト付きでその生涯と曲をコンパクトに説明。1人の作曲家の生涯を「見開き2ページ」のイラストで、まるで、

「人生ゲーム」

のように簡単にまとめてあるのが、わかりやすい。

また、中川さんお薦めの「その作曲家ベスト5」の作品も参考になる。

クラシックに詳しい人も、そうでない人も一読の価値があります。中学生ぐらいから読めますよ。


star4

(2019、6、30読了)

2019年7月15日 19:09 | コメント (0)

新・読書日記 2019_094

『平成史』(片山杜秀・佐藤優、小学館文庫:2019、5、7)

30年余り続いた「平成」が予定通りつつがなく終了し、時代は「令和」に変わったが、もう慣れちゃったね。

この文庫本は「平成」が終わってすぐの「5月7日」に出ている。もう週刊誌並みのスピードです。単行本は「去年4月」に出ているので、その後の「平成の最後の1年余」が欠けていたのだが、文庫版では「平成最後の年の分」も付け加えられ、まさに「完全版」と言えるだろう。この一冊で「平成」が分かると思う。

「知の巨人」2人が、「平成」を、最初は5年ごとに、その後現在に近付いて来たら2~3年ごとに輪切りにして、分析していくという形の本書。

  1. バブル崩壊と55年体制の終焉(1989-1994)

  2. オウム真理教がいざなう千年に一度の大世紀末(1995-1999)

  3. 小泉劇場、熱狂の果てに(2000-2005)

  4. 「美しい国」に住む絶望のワーキングプアたち(2006-2008)

  5. 「3・11」は日本人を変えたのか(2009-2012)

  6. 返って来た安倍晋三、そして戦後70年(2013-2015)

  7. 天皇は何と戦っていたのか(2016-2018)

そして、「文庫版新章」として「平成が終わった日」が加わっている。佐藤さんの「あとがき」は、まさに「平成が終わった日=4月30日」に書かれているのだから、その徹底ぶりには恐れ入る。リアルタイムだ。

対談部分も勉強になるが、そこに出て来た出来事などを、章末ごとに詳しく解説してくれているのも良い。

【佐藤】「民主主義の意思決定には時間がかかる。でも現在はその時間の経過に耐えられない。だから意思決定に時間をかけない独裁体制を求めてしまう。そしてそれが世界のトレンドになりつつある。日本でも安倍政権に独裁に近い権力を与えなければならないと考えるようになった。安倍一強時代は、国民の集合的無意識が成り立たせているのです」

【片山】「デモクラシーの崩壊、議会制民主主義の機能不全ですね。」

こんなにズバッと、本質を言い当てた言葉があるだろうか。

佐藤氏は、刑務所で確定死刑囚・坂口弘氏と"交流"があった、という。その坂口氏の2005年に作った歌(短歌)の中に、こんなのがあったと言う。

「七月を<ナナガツ>と読む 若き女(ひと)の放送が 気にかかるかな」

この「若き女」って「赤江珠緒さん」ではないかな?と思いました。

また、巻末には佐藤さんが推す「平成ブックリスト50」が!その50冊のうち、私は15冊読んでいた。「平成史シネマ&ドラマリスト300」もあって、30の内私は10見ていた。まずまずか。同時代人として。

その最後に挙がっていたのは、天海祐希主演で、日テレで2005年に放送されたドラマ『女王の教室』だ。実はこのところ、このドラマの一場面をSNG上でよく見かけるのだ。

というのは「女王」である天海祐希の"あのセリフ"が、現在を予言しているかのようだからだ。それは、こんなセリフ。

『いい加減、目覚めなさい。日本という国は、そういう特権階級の人たちが、楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでいるか知っている?

今のまま、ずーっと愚かでいてくれれば良いの。世の中の仕組みや、不公平なんかに気付かず、テレビや漫画でもボーッと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら真っ先に危険な所に行って戦ってくれば良いの。』

・・・・。当時は荒唐無稽に思えたこのセリフだが、今、聞いてみると、ぞっとするね。


star4_half

(2019、6、16読了)

2019年7月15日 19:07 | コメント (0)

新・ことば事情

7191「無化調」

ことし2月に『三省堂国語辞典』の編纂者・飯間浩明さんが、千原兄弟のせいじさんと「異種格闘技的トークショー」を大阪で開いたので、聞きに行きました。その時に出た話で、飯間さんがいつも行っている街中での「ワードハンティング」に引っかかった言葉に「ムテンカ・ムカチョウ」

という言葉があったというのです。私は全然知らなかった言葉です。これは、

「無添加・無化調」

つまり、

「無添加・無化学調味料」=「化学調味料を使っていない」

ということを「ウリ」にしている店だということで、東京でも大阪でもこの看板を目にしたことがあるそうです。

そうこうしていると、そのすぐあと(2月)に開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、朝日放送テレビの委員から、

「『化学調味料』という言葉をどう扱っているでしょうか?」

という質問が出ました。

「化学調味料」という発言が生放送でゲストや出演者からあった場合、ABC(朝日放送テレビ)では、社員アナウンサーが速やかに、

「『うま味調味料』のことですね」

と一言、はさんでいるそうです。その会議での各社の意見は、以下の通りです。

(NHK)うちは(スポンサーが付かないので)その心配はない。少し調べたが、「味の素」などが中心の業界団体も最初は「日本化学調味料工業協会」だったのが、1985年に「日本うま味調味料協会」に名称変更した。https://www.umamikyo.gr.jp/ideas/idea.html

1990年に「日本標準商品分類」(現・総務省管轄)]が、1993年に「計量法」(現・経済産業省管轄)が、2002年には「日本標準産業分類」(総務省管轄)が「うま味調味料」の表記を採用し、現在では各種法令等もこの表記を採用している。

「きょうの料理」という番組では「うま味調味料」と表現すると決めている。ただ「化学調味料」という表現を使わざるを得ない場合もある。その場合には「化学」を取って単に「調味料」だけにしていることも。

(日本テレビ)スポンサーが重要なので、「化学調味料」という言葉は使わないように、毎年1回は注意喚起をしている。タレントが口にしてしまったら、マネジャーを通して注意してもらう。しかし伝わらないこともあるが・・・。

(TBS)ルールとして「化学調味料」は「うま味調味料」に言い換える。生放送のスタジオで言ってしまったら、すぐフォローする。「言い換え」は、明文化はされていない。

(フジテレビ)「化学調味料」という言葉は、使ってはいない。しかし生中継でラーメン店の店主が言ってしまうとかの場合の「フォロー」までは決めていなかったので、「うま味調味料のことですね」というフォローの仕方は参考になった。

(テレビ朝日)「うま味調味料」に言い換える。これは「ハンドブック」に1項目立てて載せている。たとえ言い換えても「うま味調味料を使っていないので安全」「うま味調味料を使わないのがウリ」などの表現もNG。ラーメン店店主が言ってしまった場合は、アナウンサーがフォローするように言っている。

(テレビ東京)2015年に「化学調味朗」と放送に出てしまったことがあり、2017年に系列各局に「『うま味調味料』という表現の使用のお願い」という資料を配布した。ゲストが言ったり、お店の人が言ってしまった場合にはフォローする。

(テレビ大阪)系列局のみならず、グループ以外の制作会社にも資料を配った。

(毎日放送)厳しい研修を受けたことがある。お店の人が「化学調味料、使ってないから」と原稿に出て来たのを、そのまま読んでしまったアナウンサーがいた。

(関西テレビ)うちはまだ、そういう例はない。「味の素」「ハイミー」という商品名は「うまみ調味料」に言い換えることになっているが「化学調味料はダメ」という意識はなかった。

(読売テレビ)関西ローカル番組で、アナウンサーがVTRの中で「化学調味料」と言ったのを家でテレビを見ていて気付いたが、特におとがめはなかったようだ。

(読売テレビ)報道の原稿データベースで調べてみたところ、過去10年で5回「化学調味料」が出て来た(2011年=1回、12年=1回、15=2回、18年=1回)。その全てが「化学調味料は使わずに作っています」という文脈だった。

(読売テレビ)つい先日、「三省堂国語辞典」の編集者・飯間浩明さんのトークライブに行ったところ、飯間さんの街中での「ワードハンティング」に引っかかった言葉に「ムテンカ・ムカチョウ」という言葉があったという。これは「無添加・無化調」、つまり「化学調味料を使っていない」ということを「ウリ」にしている店だということで、東京でも大阪でもこの看板を目にしたことがあるという。

(WOWOW)「ラーメン業界」では「無化調」は当たり前の言葉。店の人が「ウチは無化調だから」と言うので気を付けないといけない。「地上波番組」では使っていないが、「インターネットテレビ番組」では「無化調」は、バンバン出て来ている。

(共同通信)「化学調味料」がダメというのは「記者ハンドブック」には記載していないが、1990年代半ばから「うま味調味料」という表現にしている。「味の素」は「商品名だからダメ」というのは載せている。

(ABC)今回は、すぐに「うま味調味料」と対応すればよかったのだが、すぐにはフォローできず、同じ番組の後の方で「先ほど番組内で『化学調味料』と言ったのは『うま味調味料』のことでした。失礼しました」と訂正を入れたところ、メーカーのほうから「そこまで丁寧に繰り返して『化学調味料』と言わなくても。」と言われた・・・。

(読売テレビ)「特定商品名」ということで言うと、うちも先日「油性マジックが落ちる」というシャワーヘッドを紹介した。放送前に「マジック」は商品名なので「油性ペン」に直したが、ディレクターは「『マジックインキ』は特定商品名だと知っていたが、『マジック』は使ってもいいと思っていた」と話していた・・・。

というような意見交換がありました。

実は、これに先立つ2年前に、秋田で開かれた新聞用語懇談会春季合同総会でも、同じような質問がテレビ大阪の委員から出ていました。

『先日番組で「化学調味料」という表現を使ったら「日本うま味調味料協会」から「『化学調味料』は使わないように」と抗議を受けた。1990年ごろに「味の素」が「化学調味料」を「うま味調味料」に表記を変えたようだが、この件で抗議を受けたりした社はありますか?』

というもので、これに対する各社の意見は、以下の通りでした。

(毎日放送)生放送のインタビューなどで店の人などが「化学調味料で、舌がザラザラする」などと言ってしまうこともあるのでは?

(読売新聞)1995年2月に「×化学調味料→○うま味調味料」とした。これは、1995年1月1日施行の「統計法」の規則の「表記変更」に伴うもの。

(新聞協会・用語コンサルタント)その変更の文章は、当時、私が書いた。

(共同通信)1996年1月16日付で加盟社に「1996年2月1日から、『化学調味料』→『うま味調味料』に変更します」と連絡した。理由は(1)「統計法」規則の表記変更(2)放送界では「うま味調味料」が定着しているから。また業界団体は「日本うま味調味料協会」で「うま味調味料」という表記を用いている。『共同通信記者ハンドブック・第13版』では「特定商品名の言い換え例」(593ページ)として「味の素→うま味調味料」となっている。

(テレビ朝日)報道記者からデスクになった1998年以降ずっと「×化学調味料→○うま味調味料」だった。しかし情報系の生番組(ワイドショー)で、コメンテーターが、「これ、化学調味料を使ってないから、おいしいね」などと、褒めるつもりで言ってしまったりすることはある。そういう場合は番組内で「お詫び・訂正」をする。

私は30数年前の入社当初から、放送では、

×「化学調味料」→○「うま味調味料」

とする、と教わった覚えがあるのですが。

以下、「日本うま味調味料協会」のサイトより抜粋です。

~「化学調味料無添加」についての協会の考え~

「化学調味料」という用語は、昭和30年代に料理番組等で特定の商品名と区別するために使われ始めましたが、現在では、JAS法など行政上の定義は存在せず、不明確な用語になっています。協会では「化学調味料不使用(無添加)」表示は、あやふやな用語で、皆様に誤ったイメージを抱かせる表示として問題意識を持っています。

また、皆様に正確な情報を伝え、適切な商品選択に役立てることを目的とした食品関連法規の精神・趣旨にも反していると考えます。

で、そうこうしていたら先週、飯間さんのように私も「無添加・無化調」を見つけてしまいました!

大阪の堺筋本町。これがそうです!

20190711.jpg

もしかしたら、「無化調」は、ことしの「流行語大賞」になるかも?

(2019、7、10)

2019年7月11日 17:41

新・ことば事情

7190「『謎』の語源」

またまた急に、突然、思いつきました。

「謎(なぞ)」

という言葉の語源は、

「な(何)」+「そ(それ)」

ではないか?と。

どうなんでしょうねえ???

と、ことし(2019年)1月31日に書いてほったらかしになっていました。

改めて『広辞苑』を引いてみたら、何とそこに「解答」が書いてあるではないですか!

「なぞ(謎)」(「何ぞ」の意)

あ、「半分、当たり」だ!

「な」=「何」

は当たっていたけど「ぞ=それ」は間違いで、

「ぞ」=「強め」の「ぞ」

だったんですね!

最初から、辞書を引けば良かった!!

(2019、7、10)

2019年7月10日 18:08 | コメント (0)

新・読書日記 2019_093

『限界のタワーマンション』(榊淳司、集英社新書:2019、6、22)

雨後の竹の子のように立ち並ぶバベルの塔のような超高層マンション。東京では、関西以上にもっとすごい勢いの様だ。武蔵小杉とかね。

でも、当然心配なのは、新築の時はいいけど、あんなに高いビルの大規模補修工事はどうするの?という問題、一番上までは足場が組めないから、上の方はゴンドラでの作業になるんでしょうけど、それで十分なのか?

本書では、1回目の大規模補修工事まではまだしも、その10~15年後に来る「第2回大規模補修工事」がポイントだと。多くの超高層マンションの住人は、その工事の費用を負担できなくなるのではないか?と指摘する。確かに新築の時入居時は、大規模補修工事費なんて「まだ先のことだし」と思っているだろうし、そういった費用が低い方が人気だろう。しかし、それが10年後15年後に「あだ」となって返って来る。うーん、大丈夫かなあ、みんな。心配・・・。


star3

(2019、6、21読了)

2019年7月 9日 18:08 | コメント (0)

新・読書日記 2019_092

『ノーサイド・ゲーム』(池井戸潤、ダイヤモンド社:2019、6、11)

池井戸潤の最新作。今度のテーマは「ラグビー」だ。「ルーズベルト・ゲーム」で「野球」、「陸王」で「駅伝」と来て「ノーサイド・ゲーム」で「ラグビー」。スポーツ好きなんだな。いた、ビジネスとスポーツって「勝ち負け」があるから共通点も多く、それを並行して描くというのが池井戸潤の特異な武器であり、好きなんでしょうね。タイミングとしては、ことし秋に日本でラグビーのワールドカップがあるから、そういった「計算」も当然働いているかと。という事は来年は「東京オオリンピック」ですから、すでにそれに向けた新作を書き始めているんでしょうね。

いつも通りの面白さ、いつも通りの数々のどんでん返し。もう「水戸黄門」のような面白さです。いつも通り。でも、それが持ち味。「スカッと」させてくれる小説ですね。すでに他局で、大泉洋主演でドラマ化されるそうです、それも7月から放送で。帯に書いてありました。(7月7日、TBSで放送が始まりました。見逃したけど)


star4_half

(2019、6、27読了)

2019年7月 9日 18:06 | コメント (0)

新・読書日記 2019_091

『熱帯』(森見登美彦、文藝春秋:2018、11、15)

『千一夜物語』、シャハラザード姫が語る物語、いわゆる「アラビアンナイト」に層を取った、パラレルワールド的めくるめく物語。千と千尋や、いわゆるジブリワールドっぽい感じや、冒険ダン吉的な要素、サルバトール・ダリの絵画もイメージできる。

なんせ、500ページを読み通すのが結構大変。読み終わっても最初に戻る迷路みたいな物語の全容がわかった感じはしない。

そもそも「高校生直木賞」というものでダントツで選ばれたという『週刊文春』の記事を見て、読み始めた。高校生はこれが面白いのか。レベル高いな。


star4_half

(2019、6、21読了)

2019年7月 9日 17:55 | コメント (0)

新・ことば事情

7189「ブレーキを踏み間違えた可能性」

「可能性」

という言葉は、

「まだ、起こっていないことが、今後起きるのかどうか」

について語る場合に使いますね。

「景気が良くなる可能性」「AIが更に進化する可能性」「日本が優勝する可能性」

といった具合です。ただ、

「悪いこと」「都合の悪いこと」

に使うと、いささか具合が悪い。例えば、

「交通事故に遭う可能性」「台風が直撃する可能性」

といった場合です。こういう時は、「可能性」の代わりに、

「恐れ」

を使って、

「交通事故に遭う恐れ」「台風が直撃する恐れ」

と言うべきでしょう。

ただ、タイトルに掲げたような場合はどうか。つまり、

「ブレーキを踏み間違えた可能性」

これは「恐れ」にしなくてよいのか?

これは「可能性」で良いのですね。

たしかに、これは「事故が起きて、その原因を調べている段階」の一文ですので、

「事故は、悪いこと」

なのですが、「恐れ」にしなくてもよいと思います。理由は、

「すでに(事故が)起きているから」

起きてしまった「過去のこと」についての「原因分析」には「恐れ」は使わないのです。あくまで「恐れ」は、

「今後起きる可能性のある悪いこと」

について使います。「原因分析」は「真理を追求」するものですから「可能性」を使えるのですね。

(2019、7、9)

2019年7月 9日 17:21 | コメント (0)

新・ことば事情

7188「『お千度の儀』のアクセント」

7月1日、京都では「祇園祭り」が始まりました。そのニュースで出て来た、

「お千度の儀」

のアクセントですが、

(1)オ/セ\ンドノギ(中高アクセント)

(2)オ/センドノギ(平板アクセント)

どちらで読むんでしょうか?

うち(読売テレビ)のアナウンサーから、質問がありました。

そこで、関西の他局のアナウンサーやアナウンサー経験者の方に、メールで意見を伺ったところ、以下のような意見が届きました。

<KBS京都・M氏>

KBS京都では、「せ」にだけアクセントがある(1)「中高」のアクセントで、全員読んでいます。その理由としまして、「お千度の儀」は、八坂神社に稚児・禿(かむろ)が参拝した際、本殿の周りを3周すると千回参拝したことになることに由来するため、「千度」のアクセントが基になっているのが理由です。

<毎日放送・T氏>

昼のローカルニュースでは、Mアナウンサーが(2)「平板アクセント」で読みました。私は過去、何度も(1)「中高アクセント」で読んでいたので、違和感があります。

<毎日放送・K氏>

私は(1)の「中高」です!

<テレビ大阪・W氏>

本日は、アナウンスでヒアリングできておりません。参考までに(2)「平板アクセント」で「京都人」の妻に尋ねると、認識してもらえませんでした(笑)。妻は(2)「平板アクセント」に出会ったことはないそうです。あす、KBS京都出身のデスクにも尋ねてみます。

(翌日)

KBS京都出身で、京都在住の報道デスクに尋ねてみました。『京都でも(2)「平板」の人もいるかもしれないが、私がデスクの日なら(1)「中高」にします。』との回答でした。

<毎日放送・F氏>

お尋ねの件、私は(2)「オ/センドノギ」(平板アクセント)です。「お」が付かなければ、「セ\ンドノギ」ですが。

<毎日放送・M氏>

お尋ねの件ですが、僕なら(1)の起伏「中高アクセント」で読みますね。

<朝日放送テレビ・F氏>

アナウンス部内でアンケートをしたところ、大半が(1)「中高」派。(2)の「平板」は聞き慣れないという意見でした。

<関西テレビ・T氏>

「お千度」に似た言葉で、「お百度」がアクセント辞典にありました。「お百度」の場合は、(2)「平板」のみでした。これから類推することもできますでしょうか?とり急ぎ、メモいたしました。

<フリーアナウンサー・H氏>

僕は(2)「平板アクセント」ですかね。京都でも洛中じゃなく、宇治出身なので、当てにはなりませんが...。

<同志社大学出身の合唱団仲間・T氏(1)57歳>

(1)「中高」だと思う。下がるな。

<同志社大学出身の合唱団仲間・F氏(2)66歳>

おそらく(1)「中高」だと思います。

<関西テレビ・O氏>

弊社では特に取り決めはありませんが、自分で読む場合は、(1)「オ/セ\ンドノギ」(平板)です。以前、長期にわたり祇園祭を取材した経験があり、鉾町の方は、ほぼ上記のアクセントを使っていたからです。ご参考までに、回答させていただきました。よろしくお願いいたします。

というような結果となりました。

(2019、7、8)

2019年7月 9日 17:20 | コメント (0)

新・ことば事情

7187「午後5時半前2」

「平成ことば事情7161午後5時半前」の続編です。

6月に東京で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、

「午後5時半前」

という表現について質問しました。

『6月11日、昼のニュース(青森放送発)を見ていたら、無理心中のニュースで、

「おととい午後5時半前」

という時刻表現が出て来た。同じ日の夕方のニュース(福島中央テレビ発)を見ていたら、別の事故で、

「午前5時半前」

という時刻表現が出て来ました。そして、同12日の正午のNHKニュース(東京発)を見ていたら、上皇ご夫妻のニュースで、

「午前10時半前」

という時刻表現が出て来ました。

「ミヤネ屋」では「前」は「正時(アナログ時計の長針が「12」の位置の時刻)にしか使わない」ことにして、「30分=半(アナログ時計長針が「6」の位置の時刻)」の場合には「前」は使わず「ごろ」にすることにしていますが、こういった「5時半前」といった表現を許容している社はありますか。』

これに対する各社の回答は、以下の通りです。

(NHK)使っているようだ。決まりはないが、間違いではないか。しかし勧めてはいないが、中継コメントなどで使われている。なるべく使わないほうが良いと思う。

(TBS)ルールはないが、あまり使わない。

(テレビ朝日)出て来るが、「ごろ」を使うように指導している。

(テレビ大阪)「ごろ」を使っている。しかし40代デスクに聞いたら「『前』を使ってもいいと思います」と答えた。

(読売テレビ)「すぎ」は使うので、それとの「対(つい)」として「前」が出て来たのではないかと思う。

(朝日放送テレビ)それなら「5時26分ごろ」にすればいいのに。

(読売テレビ)あまり細かい時刻、「1分刻み」に「ごろ」を付けるのもおかしいと思う。

(テレビ朝日)事件発生に関しては、「細かく伝えたい記者の気持ち」から「1分刻み」に「ごろ」を付けるのだと思う。

(共同通信)私が記者・デスク時代は、「〇時半前」は書かなかったが、検索すると出て来る。「過去10年」で143件、その前も...と思って「過去20年」で検索すると370件。つまり「最近」ではなく「以前から」使われている。決まりはない。放送では誤解を招くが、新聞は「〇時半前」でも、見ればわかるから出て来る(使われている)のではないか。ちなみに記事では、時刻は「5分刻み」で書く。

(時事通信)結構「〇時半前」は出て来る。

というような意見が出ました。

(2019、7、8)

2019年7月 8日 17:57 | コメント (0)

新・ことば事情

7186「命日」

6月に東京で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、

「命日」

について質問しました。

『兵庫・明石市の大蔵海岸で起きた砂浜陥没事故(2001年12月)で、02年5月26日に亡くなった、金月美帆ちゃん(死亡当時5歳)。今年の5月26日のニュースで、「17回目の命日を迎えたきょう」という表現が出て来ました。しかし、「『命日』は亡くなった日を含む」と考えると、「18回目ではないか?」という意見が出ました。ところが、「祥月命日」を辞書で引くと、「1周忌以後に巡って来た、故人の亡くなったのと同じ月日」とあり、一般的には「『祥月命日』の省略形として『命日』が使われている」と思われます。そうすると、「17回目の(祥月)命日」も正しいことになります。ややこしいので、「命日」を使わずに、「亡くなってから丸17年」としたほうが良いとアドバイスしたのですが、「命日」は「亡くなった当日」を含むのか含まないのか、どのようにお考えでしょうか。』

これに対する各社の意見は、以下の通りです。

(NHK)辞書では「死んだ日」となっているが、放送では「亡くなった日」は数えないので「17回目の命日」。「結婚記念日」が「結婚1周年」=「1回目」と同じ。

(日本テレビ)NHKとほぼ同じ。辞書では「命日=1周忌以降」なので「17回目」とする。関連で「終戦の日」「原爆慰霊の日」は「当日」を含むかどうかで悩む・・・。

(TBS)辞書では「亡くなった日のこと」とあるので「当日を含む」だろう。しかし「東日本大震災から10年」と言えば「2021年3月11日」のことになる。亡くなって「1年」は「1周忌」なのに、「2年」は「3回忌」なので迷うな、と。

(テレビ朝日)NHKと同じ。「命日」を回数で数えると、ややこしい。「亡くなって〇年」と故人を偲ぶ日が「命日」。

(テレビ東京)原稿検索で「〇回目の命日」は、1件も出て来なかった。

(フジテレビ)「命日」は回数では数えない。辞書の記述を読むと、迷う。誤解を招かないような表現にする。

(朝日放送テレビ)去年5月26日の原稿は「亡くなってから丸17年」だったが、今年は確認していない。

(毎日放送)個人的には、「命日」は「亡くなった当日」は含まないと思う。「亡くなって丸〇年」が分かりやすい。「命日」というのは、仏教用語か?使って大丈夫か?

(新聞協会用語専門委員)「命日」は本来「月命日」を指したが、ここでの「命日」は「祥月命日」の省略形のこと。普通「祥月命日」は「〇回忌」を使う。

(テレビ大阪)知恩院で聞いたら、「葬儀の日」を「1回忌」とし、翌年の亡くなった日は「1周忌」=「2回忌」。だから翌々年(丸2年)は「3回忌」となる。先ほども言ったが仏教には「ゼロ」の考え方・概念がない。「零の発見」は「7~8世紀」なので、最初は「1

」から始まる。

(共同通信)「命日」は「祥月命日」のこと(省略形)なので「翌年から」始まる。

1997年に起きた「神戸・酒鬼薔薇事件」の被害者・土師(はせ)淳君のお父さんに手記を書いてもらっているが、「2016年」に書かれた手記には「19回目の命日がやって来ます」と記されていた。また、「1912年」に亡くなった「明治天皇没後100年式」は「2012年7月30日」の「100回忌の命日」に行われた。「1914年」に亡くなった昭憲皇太后も、100年後の「2014年4月」に「100回忌」が行われているので「次の年から」数えている。

(時事通信)原稿検索で「命日」は出てきたが、「〇回目の命日」は出て来なかった。

というような意見が出ました。

(2019、7、8)

2019年7月 8日 17:54 | コメント (0)

新・ことば事情

7185「地ビールか?クラフトビールか?」

ことしの「父の日」に、大学生の息子から、「地ビールセット」をもらいました。

こんなプレゼントをもらったのは初めてです。

じっくり味わって飲むと、地ビールらしい甘さと苦みが混然一体となった感じ。ゴクゴク飲むというよりも、ちびちび味わいながら飲むタイプですね。5本か6本のセットなので、しばらく楽しめそうです。

ところでこの「地ビール」、最近は、

「クラフトビール」

と呼ばれているらしいですね。妻に教わりました。グーグル検索では(7月8日)、

「地ビール」   = 879万件

「クラフトビール」=3770万件

でした。「クラフトビール」のほうが多いんですね。

「地ビールとクラフトビールの違い」

https://tabi-labo.com/274886/beer-dictionary-02

というサイトがあったので覗いてみました。このサイトも、リース恵実さんの著書『ビール語辞典』(誠文堂新光社)を参考にしているようなのですが、それによると、「地ビール」とは1994年に酒税法が改正されて、ビールの小規模醸造が可能になったときに生まれたもので、

「小規模で地域に根付いて造られるビール」

という側面からみると、

「『地ビール』と『クラフトビール』は全く同じもの」

だそうです。やっぱり!しかし、「同じ物なのに名前を変える」には、

「それまでの名称にこびりついたイメージを変える」

という目的があるはずです。この場合も、当初の「地ビールブーム」で出て来たものには「お土産物」の域を出ないものも多かったと。そこに、ちょうどその頃アメリカで起こっていた「クラフトビールブーム」の波が日本にもやって来て、「職人(クラフトマン)」としてのプライドを持ち、ビールの深い魅力を追求するブルワー(醸造者)たちによって牽引されたこのブームによって、それまでの「地ビール」の地位や品質も大きく向上したと言われてるそうです。

しかしまあ、どちらも「地域性」と「独創性(個性)」を大切にするという本質においては同じだそうです。納得しました!

でも私は、おいしければ、いいんですけどね!!

(2019、7、8)

2019年7月 8日 17:52 | コメント (0)

新・ことば事情

7184「シェフ2」

「平成ことば事情4859シェフ」の続編です。

6月に東京で行われた新聞用語懇談会放送分科会の席で、NHKの委員から、この「シェフ」の使い方について質問が出ました。

(NHK)夕方の情報番組「しぶ5じ」で、パーティーに等に出向く料理人を「フリーランスのシェフ」と表現したところ、視聴者から「シェフは料理長のことであり、料理人をシェフと呼ぶのは違和感がある」と指摘がありました。多くの辞書は「シェフ」の意味として「コック長・料理長」しか載せていませんが、「料理人」の意味で使われることもよくあります。各社では、「シェフ」の使い方に、決まりを設けていらっしゃいますか。

これに対する各局の意見は以下の通りです。

(日本テレビ)決まりなし。「料理人=シェフ」は許容。

(TBS)決まりはない。報道の解説委員に聞いたところ、「『シェフ』は『チーフ』から来ている言葉なので、その部門での『トップ』の人。『フリーランス』では使えないのではないか?」と。ただ、午前10時から放送している『おびごはん』という番組では、本人が「私は『シェフ』」と言えば通している。本来はオーナーシェフか、料理長に使うべきだが。

(テレビ朝日)決めていない。店の部門のトップ。若手を指導する実力を持った人。しかし物知りなスタッフによると、「英語の辞書」で「シェフ」は「スキルを持った料理人」となっており、必ずしも「料理長(チーフ)」というわけではないようだ。

(フジテレビ)決まりはない。過去10年の原稿では逸脱した使い方はなかった。「シェフ」はよく出て来る。「コック」とは言わなくなった。「コック」の言い換え語が「シェフ」ではないか。「料理人」という表現は使われているが、「洋」の料理人は「コック」という言葉は避けているようだ。

(朝日放送テレビ)決まりはなし。店で「シェフ」と呼ばれていれば「シェフ」で通す。

(毎日放送)厳しく「料理長じゃないと『シェフ』を使ってはダメ!」と指導している。「ある程度実力があれば、まあ、いいか」ということもあるが、入ったばかりの子を「シェフ見習い」「シェフの卵」と呼ぶのもダメ!

(読売テレビ)7年前に「ミヤネ屋」でスペインのレストランを取材した際、そこの「(料理の)ある部門のチーフを『料理長』ではないが『シェフ』と呼んでいいか?」とディレクターに聞かれた。「『コック』では、だめなのか?」と聞き返したら「『コック』だと、日本の『町の洋食屋さん』のイメージがある。ヨーロッパの高級感を出したい」ということで、結局、これは認めた。

(読売テレビ)かつて夕方の関西ローカル番組に「シェフ対主婦」というコーナーがあった。そこでの「シェフ」は「料理学校の先生」や「若手シェフ」だった。「新米シェフ」という表現も出て来た。しかし「ある程度の腕前を持っている人」に使うようにはしている。しかし最近、同じ番組で5月20日に放送したものでは、アジア出身の女性が「経験の少ないシェフに指導している」という原稿があったが、これは、本来はダメ。

(テレビ大阪)特にルールはない。放送では違和感なく使っているが、個人的には違和感がある。学生時代にホテルの厨房でアルバイトをしていたが、フランス料理の場合は、厨房内には厳しい戒律がある。「料理長」にしか「シェフ」は使わない。

(共同通信)決まりはなし。「コック」「料理人」の代わりに「シェフ」を使う傾向がある。しかし、フランス語では確かに「シェフ」は「チーフ」の意味で「料理長」だが、英英辞典で「シェフ」を引くと、「プロフェッショナル・コック」となっているので、「英語圏」では「料理長」でなくても、単に「料理人」の意味で「シェフ」を使っているのではないか?共同での過去の原稿では、お恥ずかしいことに、

「スリランカで亡くなったご主人は『日本料理店のシェフ』をしていた」

とか、台湾の台北で初めて『ミシュラン』に載った日本料理店について、

「日本人が料理店の『シェフ』を務める」

という原稿も出てしまった。(※本来は「板前」「板長」)「コック」の代わりに「シェフ」が使われている。

(時事通信)決まりはない。過去の原稿では「料理人」の意味で「シェフ」が使われている。

その後、6月26日の読売テレビ「かんさい情報ネットten.」で、G20を前に兵庫・淡路島で開かれた、

「第1回ワールドシェフ王サミット」

というイベントを特集していました。これは各国の「料理長」が集まっていたようですから「シェフ」を使ってOKですね。

「シェフ」も「揺れる言葉」の一つですね。

(2019、7、5)

2019年7月 8日 15:50 | コメント (0)

新・ことば事情

7183「回りか?周りか?」

同音異義語の、

「まわり」

これを「回り」と書くか「周り」と書くかの区別は、結構難しい。

『新聞用語集2007年版』によると、

*「回り」(巡回・回転)

=胴回り、一回りする、火の回りが早い、幹回り、水回り、身の回り

*「周り」(周囲・周辺)

=家の周り、池の周りをまわる、周りがうるさい

と書かれています。この中でよく迷うのは、

「身の回り」

です。「体の周辺」なので、

「身の周り」

ではないのか?と思うのですね、私は。でも、表記の基準は「身の回り」だと。

先日、

「首の回り」

という表記が出てきたときに、いろいろ考えました。それによると、

「ぐるっと一周」計った場合は、

「首(の)回り」

というように「回り」だが、

「首のそのあたり・付近」

の場合は、

「首(の)周り」

なのではないかと。

そういう使い分けで、良いのじゃないかなと思いました。

(2019、7、8)

2019年7月 8日 15:48 | コメント (0)

新・ことば事情

7182「享年2」

6月に東京で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、

「享年」

の使い方について、毎日放送の委員から質問が出ました。

それによると、毎日放送の番組の特集で、「不慮の死」によって「22歳」で亡くなった人に、

「〇〇さん(享年22)」

とスーパーしたところ、毎日放送の用語委員会で、

「『享年』は『天から与えられた年』であり、この人のように、与えられた命を全うしたとは言えない場合は、使うべきではない」

という結論になったそうです。確かに、若くしてこの世を去った人に「享年」はあまり見かけないが、

「『享年』は『何歳ぐらいから』使えるのか」

また、

「『天寿を全うしたとは思えないような人』に『享年』は使わないようにしているのか」

など、「享年」を使う際に注意していることがあれば、教えてほしいということでした。

これに対する各社の意見は、以下の通りです。

(NHK)「何歳から使って良い」という決めはないが、「享年」は子どもには使わない。どうしても使いたい場合に限って使う。「享年〇歳」と「歳」を付けると「誤り」と指導している。

(日本テレビ)何歳以上とは決めていないが、子どもや、事件・事故で命を奪われたケースには使わないことになっている。

(TBS)外国人に使うのは認めた。アナウンサーは抵抗があるのだが。「何歳からか」の決まりはないが、「享年」は「数え年」で言うようにして、「満年齢」は使わないと。最近は「〇〇さんが亡くなりました。〇歳でした」という言い方が増えていると思う。

(テレビ朝日)ニュースで「享年」は使わない。もともとは仏教用語で「出生からの年齢」ではなく「母胎に宿ったときからの年齢」を言うので、「数え年」ともまた違う。「数え年」は、お正月にみんな同時に1歳年を取るのだから。「外国人に使えるか?」という問題は「東アジアの人」には使えるかもしれない。ニュースでは使わない。

(テレビ東京)原稿検索では、アメリカの銃乱射事件で亡くなった人に「享年15歳」と使った原稿が残っていた。また「戦死した人」に「享年45(歳)」と使っていた。

(フジテレビ)ニュースでは基本的に使わない。芸能は使う。テロップで使ってしまうと、原稿でも使ってしまう。

(朝日放送テレビ)決まりはない。事件では使わない。

(読売テレビ)この1年では先月(5月)、朝日新聞阪神支局襲撃事件から32年のニュースのときに、亡くなった小尻記者に「享年29」と使っていた。

(読売テレビ)一応「ミヤネ屋」では、「天から享けた寿命」ということで「平均年齢」を目安にしている。男性だと「80歳前後」、女性も「80代以上」には「享年」を使うことを許すこともある。しかしこれは本当に「仏教用語」なのだろうか?仏教では「行年(ぎょうねん)」を使うのではないか。永井荷風の『断腸亭日乗』には、大正15年(1926)2月29日に「黒田湖山」という人が病死した際には、「享年四十九歳なり」と「享年」を使い、「歳」も付けている。昭和2年(1927)7月24日に「芥川龍之介」が自殺した新聞記事のことを記した場面では、「行年(ぎょうねん)三十六歳なりといふ」とあり、これは「新聞記事をそのまま写した」ので、おそらく新聞記事で「行年」を使っていたのだろう。「歳」も付いている。また、明治時代には、中村正直訳『西国立志編』で、フランシスコ・ザビエル(雑未耶)に「享年」を使った例もある。原文では「......瘧疾ヲ得テ、没セリ、一千五百五十二年(天文二十一年)享年四十有七ナリシト云フ」とある。

(関根用語専門委員)江戸時代に滝沢馬琴『椿説弓張月』では『為朝伊豆の大嶋において自害す。享年三十三才と見えたり』と、源為朝に「享年33歳」と「享年」を「歳」付きで使っていますね。

(読売テレビ)過去には9年前、朝の番組で「マイケル・ジャクソン(享年50)」とスーパーしたり、8年前に「ミヤネ屋」のスーパーチェックで「エリザベス・テーラー(享年80)」というのもあった。

(テレビ大阪)目安は「80歳ぐらい」か。平均寿命が延びているし。「数え年」と「満年齢」が混ざるのは良くない。ニュースでは「享年」は使わない。「享年」も「御年(おんとし)」も、取材先の家族が使っていたら使うかも。「仏教用語か?」という点では、築地本願寺・総務部に聞いたところ、仏教経典には「享年」の記述がないと。「天寿」も仏教用語ではない。しかし、お坊さんの「説話」の中に出て来るのではないか?という話だった。また「1歳未満」で亡くなったら、まだ「(生後)1年」にならなくて、仏教が成立した時期には、まだ「0(ゼロ)」という概念は発明されていなかった(※インドでプラーマ・グプタが「零(0)を発見」したのは、西暦628年だそうです。)ので、「当年」を使うという。知恩院では「享年」は使わずに「行年」を使っているという。「行年=生きた年数=修行した年数」。

(共同通信)決まりはない。死亡記事で「享年65」「享年80」というのが多い。原稿検索では過去10年で「享年」=150件余り。1か月に1本という頻度。「何歳以上」という基準はないが、お年寄りが多い。「享年〇歳」に関しては『現代例解国語辞典』は「歳」は付けないとしているが、『三省堂国語辞典』『岩波国語辞典』は「歳」を付けている。しかし「歳」を付けると「誤用だ」と言われることもある。若い方に使った例では市川海老蔵さんの奥さん「小林麻央さん」に「享年34」と使った例や、人間以外では競走馬の「スペシャルウィーク」に「享年23」と使った例があった。

(時事通信)過去原稿では5年間で38件と、ほとんどなかった。「享年〇歳」も小数あった。

(関根用語専門委員)原稿で書いてくることが多い。「どうして使えないのか?」と言われると「若くして亡くなった人には、使わない」と言うのだが、なぜ疑問を持つかと言うと、

(1)そもそも「寿命が天から与えられる」ということが受け入れられないのではないか?

(2)「享」という漢字は常用漢字ではあるが、「享受」「享楽」「享有」ぐらいしか用例がない、堅苦しくて古めかしい言葉なので、使う人も意味が分かっていないのではないか?

「年」と「歳」は、重複だから使わない。

(テレビ朝日・毎日放送・TBS)「歳」は付けない。

(日本テレビ)「亡くなった直後」と、もう「歴史になった」のでは違う。先ほどの小林麻央さんも、亡くなってすぐに「享年」は使わないが、何年かたってからだと使えるのではないか。今なら彼女を偲んで「享年34」は「あり」だと思う。

といった意見が出ました。

「平成ことば事情4750享年」

「平成ことば事情5943『享年』は数え年」

「平成ことば事情5962享年と行年」

もお読みください。

(2019、7、8)

2019年7月 8日 15:46 | コメント (0)

新・ことば事情

7181「発砲と発射」

6月に東京で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、大阪・吹田市で起きた拳銃強奪事件のニュースで、

「発砲」と「発射」

という表現が「混在」しているのが見受けられたが、使い方に決まりはあるのか?という質問が、テレビ東京の委員から出ました。

「弾丸を発射すること」

を「発砲」と言うようだが、

「弾丸1発を発砲」

というのは「誤り」なのだろうか?という質問です。

これに対する各社の意見は以下の通りです。

(NHK)辞書的には「拳銃=発砲」「弾丸=発射」。しかし今回の事件では「1発を発射・発砲」両方あった。「発砲音を聞いた」「拳銃1発を発砲したとみられる」「拳銃は1発発射した」などがあったが、「音を聞いた」のは「発砲音」で、「発射音」はなかった。過去の原稿で「発射音」を使っていたのは「ロケット砲」や「自衛隊の演習」のみ。

(日本テレビ)「弾丸が発射されていた」とは使った。また「発砲音」ではなく「破裂音」だった。「発砲したとみられる」という原稿もあった。

(TBS)決まりはないが、「拳銃を発砲」「実弾を発射」が良いのではないか。

(テレビ朝日)「発砲」は「筒」から出るので「拳銃・ライフル・大砲」など。「弾丸」は「発射」だろう。

(テレビ朝日)1995年に改正された銃刀法に「発射罪」があるので、警察は「発射」を使うのではないか。拳銃に「発射した痕跡」があれば、「拳銃を発射」と使ってもいいのではないか。

(フジテレビ)過去の原稿では「発射」は「ミサイル、ロケット」、「発砲」は「拳銃」など。決めてはいないが、習慣として。

(朝日放送テレビ)「1発を発砲」。今回は「発射」は使っていなかった。決まりはない。

(毎日放送)NHKと同じ。「弾丸1発発射」「1発発射・発砲」。「弾丸」と「発砲」は重複。

(読売テレビ)各社と同じ。今回は「発砲音」は「破裂音」と。昔は「銃声」という表現もあったが、「銃声」の方が文学的表現。警察は「発砲音」と発表していることが多いので、そのまま使っているのではないか。

(読売テレビ)今回の事件では、使い分けていた。「拳銃1発発砲」「容疑者が発砲した」。「実弾が発砲されていた」というと「散弾銃の薬莢(やっきょう)」のイメージがある。

(テレビ大阪)「弾丸1発発砲」は「許容」では?と若手記者が。報道部長は「拳銃」に「発射」は使わない感じだと話していた。

(共同通信)使い分けしていない。過去10年の原稿では、

「〇発発射」=522件

「〇発発砲」= 86件

「〇発撃ち」=109件

「弾丸を発砲」「実弾を発砲「〇発を発射」も使っている。違和感があれば「実弾を」「弾丸を」を省けば良い。『広辞苑』では「発射」=「ロケット」、「発砲」=「ピストル」が用例にある。

(時事通信)今回は両方使っているが、基本的には「弾丸=発射」「発砲音」は「場所」に関わると思う。

というような意見が出ました。

(2019、7、8)

2019年7月 8日 15:45 | コメント (0)

新・ことば事情

7180「捜索願と行方不明者届」

5月に新潟で行われた新聞用語懇談会春季合同総会の会議の最後に、現在、改訂作業が行われている『新聞用語集2007年版』に関して、こんなことが幹事団から説明されました。

それは、

「捜索願」

という言葉が、もう古くなったので、次に出る『新・新聞用語集』から外すとのこと。

え?どうして?と思い、理由を聞いたら、「2009年(平成21年)」に、

「国家公安委員会規則」

が変わって、それまでの、

「捜索願」

が、

「行方不明者届」

という名称に変わっていたというのです!知っていましたか、皆さん!?

この会議の前日の「ミヤネ屋」で、

「捜索願い」

というテロップが出て来たので、事前チェックで「い」を外して、

「捜索願」

で放送してしまったゾ!・・・。

この会議以降も「捜索願」という発注があるのですが、その後は全部、

「行方不明者届」

に直すようにしているのですが・・・長いんだな。

「捜索願」のほうがシンプルでいいのにな。

(2019、7、5)

2019年7月 5日 17:48 | コメント (0)

新・ことば事情

7179「北里柴三郎の読み」

新・千円札に採用が決まった、

「北里柴三郎」

「北里」の読み方(ルビの振り方)に関して、

「キタサトか?キタザトか?」

つまり「里」を濁るのか?濁らないのか?ということについて、5月に新潟で開かれた新聞用語懇談会春季合同総会の席で、北里の地元・熊本の「熊本日日新聞社」の委員から質問が出ました。

(熊本日日新聞)北里柴三郎の生誕地・熊本県小国町では「キタザト」と「濁って」発言(発音)しています。博物館のアルファベットも「KITAZATO」。ところが、政府発表の時は「キタサト」と清音。一部教科書も「キタサト」。読み方は、「政府」ではなく「地元」を尊重するべきではないか。各社、ルビはどのように振っていますか?ちなみに地方局(地元テレビ局)では、テレビ朝日系列の「熊本朝日放送」だけが、キー局の方針に逆らって(?)「キタザト」と濁っているそうだ。

(テレビ朝日)たぶん「キー局に逆らって」と言うことはなく、「ローカル放送」では「ザト」と濁り、全国ネットに送る際は「サト」と清音で読んでいるのではないか?放送の場合は「濁る・濁らない」は大問題。今回は「北里大学」「北里病院」は「キタサト」と濁らないと公式発表している。本名は「キタザト」と濁るのは間違いない。本人はドイツ留学時代に「サト」(SATO)とサインしていた。どっちも間違いではないが、キー局としては「サト」で統一。お札を発行する財務省も「サト」。

(日本テレビ)「金栗四三」(カナクリ・シソー)も、最初は「カナグリ・シゾー」と濁っていたが、地元の方たちの運動が功を奏して「カナクリ・シソー」になったのだから、これも熊本の地元が頑張って「ザト」だと運動してみては?

(熊本日日新聞)北里柴三郎の孫は、ある製薬会社の社長になっているのだが、社長就任時の取材に「『サト』か?『ザト』か?」と聞かれて「どちらでも良い」と答えてしまい、共同通信の配信で「ザト」と出てしまった・・・。

その後の懇親会の席で、テレビ朝日の委員から、こんな話を聞きました。

「たぶん柴三郎は、ドイツ留学時に『ザト』と読んでもらうために、サインを『SATO』としたのだろう。ドイツ語で『SA』は『ザ』だ。もし『サ』と読ませるなら『S』を重ねて『KITASSATO』にしたはずだ。しかし。その『SATO』のサインが英語圏で流れて『サ』と読まれるようになってしまったのではないか?」

これは、なかなか説得力があるなと思いました。

(2019、7、5)

2019年7月 5日 17:47 | コメント (0)

新・ことば事情

7178「外国人材」

ことし4月の「出入国管理及び難民認定法」(入管法)の改正で注目されている、

「外国人労働者」

のことを、

「外国人材」

と呼ぶことがありますが、何だか、あまり良いイメージがありません。侮蔑的なイメージがします。「人間」として、というよりも、

「労働力だけが目当て」

という感じです。「外国人労働者」と「外国人材」の使い分けがあるのでしょうか?

これに関して、5月に新潟で行われた新聞用語懇談会春季合同総会で質問しました。

それに対する各社の意見は、以下の通りです。

(時事通信)データ検索で「外国人材」は「214件」出て来た。使い分けはしていない。

(読売新聞)使い分けはしていない。「外国人材」はかなり使っている。これは主観の問題ではないか。「外国人労働者」と言うより「外国人の"人材"」のほうが"頼れるイメージ"がある。

(フジテレビ)入管法改正に絡んで出て来た新しい言葉だが、私も道浦さんと同じことを感じた。あまり耳に聞こえの良い言葉ではない。「極力、使わないようにしよう」と、弊社の政治部長と話した。とはいえ、政府の会見で「外国人材」と出て来てしまうのだが・・・。

(フジテレビ)昔、プロ野球で「外人選手」と言っていたが、きっちり「外国人選手」と言うようになったのと、似ているかもしれない。

(MBS)「ガイジン」が「害人」というイメージで使われていたので、嫌われた。

(読売テレビ)「ジョン損」「トマ損」というのもあった。

(北海道新聞)「外国人労働者」からの方針転換をするに当たって、新しい呼び名でイメージを変えるため、「新しい人材」という言い換えのニュアンスを出そうとしているのではないか、という話が出た。「FTA」(自由貿易協定)を「TAG」(日米間で物品貿易協定)と言い換えようとしたのと、似ているのではないか?あの呼称は、立ち消えになったが...。

といった意見が出ました。

(2019、7、5)

2019年7月 5日 17:46 | コメント (0)

新・ことば事情

7177「『無農薬』という表現」

ふだん何気なく使う、

「無農薬」

という表現について、5月に新潟で行われた新聞用語懇談会春季合同総会で質問しました。

(読売テレビ)「無農薬」「減農薬」などの表現は、「農水省消費・安全局表示・規格課」が2008年6月に出した「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインQ&A」によると、「表示禁止事項」になっているようです。新聞や放送各社では「無農薬」という表現を使っていますか?使っていない場合は「言い換え」をどのようにされているでしょうか?

(テレビ朝日)文書は出回ってはいないが、考査の立場から言うと、「無農薬」は「言い換えて!」と注意喚起する。社内の勉強会では「『無農薬』という表現はマズイです」と毎回言っている。「無農薬」と言ってはいけない理由は、農水省の「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインQ&A」に書かれているが、簡潔に言うと、

  1. 当事者が「農薬は使っていない。無農薬だ」と言っても、農地に残留農薬があったり、よそから風に乗って農薬が飛来し付着する恐れがある。

  2. 「有機」作物は厳密なルールが決まっているが、多くの国民は「有機」よりも「無農薬」のほうが「安全」というイメージを持っていること。

などから。CMや店の紹介、ポップアップの表示などは映さない・使わないようにしている。ただし、これは商業ベースで流通する「商品」に限っての話。「個人」が市民農園などで「無農薬」で作って「タダで提供する作物」には、当てはまらない。

(MBS)なるべく「無農薬」は使わないようにしている。「禁止」ではなく「控える」という感じ。生産者が「無農薬」と言うと、消費者は「残留農薬がない」「飛んで来ない」と思ってしまう。その都度、慎重に扱うことにしている。

(日本テレビ)「無農薬」という表現は使わず「農薬不使用」あるいは「農薬を使わない〇〇」という表現にすると、社内のイントラネットに上げている。

(毎日新聞)普通に「商品」を紹介するときに「無農薬」は使っている・・・。

ということでした。

(2019、7、5)

2019年7月 5日 17:46 | コメント (0)

新・ことば事情

7176「イギリス車2」

「平成ことば事情5732イギリス車」の続編です。

5月に新潟で開かれた新聞用語懇談会春季合同総会で、この件について質問しました。

各社の意見は以下の通りでした。

(読売テレビ)高級車「ロールス・ロイス」も「ローバー・ミニ」も言わずと知れた「イギリスの車」ですが、実は現在はドイツの「BMW」社の車です。これは「イギリス車」でしょうか?それとも「ドイツ車」でしょうか?「レンジローバー」も「イギリス発祥の車」ですが、現在はインドの「タタ・モータース」の傘下にあります。これは「インド車」でしょうか?また「日本のトヨタ」が「アメリカ」で造って販売した車は「日本車」でしょうか?「アメリカ車」でしょうか?一般に「〇〇車」と呼ぶ場合は、「発祥国」「製造国」「会社を所有する国」「販売する国」の、どれに従えばいいのでしょうか?

(共同通信)20数年前に自動車業界の取材を担当していた。当時から「モーターショー」では「ブランド」なので「発祥国」で表示していた。つまり「ロールス・ロイス」「ジャガー」は「イギリス」。また「アメリカでの日本車生産」と言った場合の「日本車」は「現地生産分」も含まれる。日米間の関税に関して「日本車」は、アメリカにとっての「輸入車」に限られる。天皇陛下のパレードでの車は「イギリスのロールス・ロイス」と表現している。

(毎日新聞)「ロールス・ロイス」はBMW社(ドイツ)が「イギリス」で作らせているが、「製造国」ではなく「発祥国」のイメージで「イギリス車」。

ということで、

「その自動車メーカー発祥国のイメージ」

が大事なようです。

(2019、7、5)

2019年7月 5日 17:45 | コメント (0)

新・ことば事情

7175「ハラルか?ハラールか?」

「平成ことば事情6913ハラル食」でも書きましたが、最近よく目にする言葉「ハラル」の表記は「ハラル」か?「ハラール」か?

5月に新潟で開かれた新聞用語懇談会春季合同総会で、日経新聞の委員から議題として出されて、話し合われました。

内容は以下の通りです。

(日経)団体名など固有名詞を除く、一般名詞の「ハラル」と「ハラール」の表記については、2014年の関東地区幹事会でも取り上げられ、その時点では表記を決めている社はなかったようだ。弊紙では、現在も一般名詞の表記が割れている。どちらかに統一するなど基準を定めた社はありますか?

*(挙手=決めている社)=ほとんどなし。

(時事通信)用語ハンドブック(第7版)では「ハラル」と決めている。用例は「ハラル認定」。

(朝日新聞)決めていない。表記も揺れている。

(共同通信)2014年に関東幹事会で議題に出したのはウチ。共同も「ハラル」。当時は固有名詞は「ハラール」が多かった。とはいえ「ハラル」の協会もあるので、決められない段階だった。現地発音では「ハラール」のほうが近いようだ。うちの現状は「ハラル:ハラール」=「4:1」。「ハラール」は固有名詞に多い。

(フジテレビ)「ハラル」と「ハラール」では、アクセントも違ってくる。

(読売テレビ)ニュース原稿を検索した。過去20年で「ハラル」=3件、「ハラール」=5件だった。その中には「ナレーション原稿」は「ハラール」で「テロップ」は「ハラル」というものもあった。

(MBS)制作番組では「一つの(同じ)番組の中での表記は1つ、と決めているので、そういった同じ番組内でナレーションとテロップで異なるということは、うちはない。

というような意見が出ました。

(2019、7、5)

2019年7月 5日 17:44 | コメント (0)

新・読書日記 2019_090

『妄想国語辞典』(野澤幸司、扶桑社:2019、6、9第1刷)

新聞か何かで見て「読んでみたいな」と思って取り寄せました。

1時間もかからずに読めました。

笑ったのは、

「阿部さんのあだ名はアベちゃん」

やっぱりそうだよね!と共感。「意味」は、

「自然な流れのこと」

だって!また、

「かーわーいーいー」

という、よく女性が口にする言葉の「意味」は、

「結局、自分がいちばんかわいいこと」

なーるーほーどー。たしかに。そしてその「なるほど」については、

「なるほどですね」

これをよく口にする人を2人ほど知っているが、意味は、

「何の関心もないこと」

そうだったのか!

結局この本は、

「人間観察の一冊」

ということになりますね。

それにしても、本書の中にフルカラーでいっぱい出て来る著者の写真は、

「3分の1ぐらいでいい」

と思いました。


star3

(2019、6、26読了)

2019年7月 3日 18:00 | コメント (0)

新・読書日記 2019_089

『空母いぶき12』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2019、5、1第1刷)

おお、「令和」初日に発売だったのかこの第12巻は!出たばかりですね。最新刊。

まだ、物語はここまでしか進んでいないのかと、改めて。

潜水艦vs.潜水艦の闘い。うー、緊張するう。

ソナーで互いのエンジン音を探り合う、それを超越するには!?手に汗握る「眼下の敵」ですねえ!

大体4か月に1冊のペースで出ているから、「第13巻」が出るのは9月かな。


star4

(2019、6、22読了)

2019年7月 3日 17:58 | コメント (0)

新・読書日記 2019_088

『空母いぶき11』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2019、1、1第1刷)

局地的な「戦闘」は、拡大しなければ「国対国」の「戦争」ではない。

しかし、「戦闘」は「戦争」の端緒であり、しばしば「戦争」になり得る。

どういう経緯で「戦域」が拡大するのか?しないのか?実にリアルな表現で描けていると思う。現実が後追いしている。


star4

(2019、6、25読了)

2019年7月 3日 17:57 | コメント (0)

新・読書日記 2019_087

『空母いぶき10』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2018、8、4第1刷)

この漫画では、対峙する敵国は「中国」と明示されているが、さすがに映画では、「バーチャルな仮想(空想)の国」という想定にしてあった。「漫画」と「映画」の「メディアとしての違い」が、そこにはあるな。

(☆4つ)


star4

(2019、6、22読了)

2019年7月 3日 17:55 | コメント (0)

新・読書日記 2019_086

『空母いぶき9』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2018、4、4第1刷)

第9巻は、まだ増刷されていない。読者がまだ追いついていないか、読むのをこの辺でやめたのか?

戦闘機に積むミサイルには、重い「対艦ミサイル」と、軽い「対空ミサイル」がある。

軽い「対空ミサイル」の方が当然たくさん積み込める。でも「対空ミサイル」を「空母」などの「艦船」に使うこともできる。「撃沈」することはできないが、甲板上の施設を破壊して、航空機の発着をできなくしたり、対空砲を破壊して戦闘不能にすることもできる。

その辺りは、まさに「戦術」によって使用されるものなのだろう。

また、今の戦争が、いかにレーダー頼りであるかということや、ミサイルを迷わせる(誤爆させる)「フレア」や、魚雷を誤誘導させる「囮(デコイ)」にしても、もちろん無限に撃てるわけではないことなど、改めていろいろと勉強になる漫画だ。

(☆4つ)


star4

(2019、6、22読了)

2019年7月 3日 17:54 | コメント (0)

新・読書日記 2019_085

『空母いぶき8』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2017、12、5第1刷・2019、3、16第4刷)

ミサイルや魚雷を打つときの命令の声は「撃て!」だが、この漫画では、そこにルビが、こう振ってある。

「撃(てっ)て!」

この方が「叫んだ感じ」がよく出ている。考えられたルビだと思います。

巡洋艦のある艦長は、興奮すると「関西弁」で、

「いえまえ!」

と言う。そういうキャラ設定は、映画も同じ。

(☆4つ半)


star4_half

(2019、6、19読了)

2019年7月 3日 17:52 | コメント (0)

新・読書日記 2019_084

『空母いぶき7』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2017、8、2第1刷・2019、3、16第6刷)

「戦闘」が佳境?に。やはり単行本は「一気に」読めるところが魅力。

最新の「増刷」(重版)の「発行日」を見ると、「4~8巻」は全て「2019年3月16日」。映画化を控えたことし3月に、一気に増刷に入っている辺りは、ちゃんとメディアミックスしてるなと思う。


star4_half

(2019、6、19読了)

2019年7月 3日 17:51 | コメント (0)

新・読書日記 2019_083

『空母いぶき6』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2017、3、5第1刷・2019、3、16第8刷)

人質を取られた中で、いかに命を守りながら、戦いを優勢に進めるか!?息を呑む攻防です!

(☆4つ)


star4

(2019、6、18読了)

2019年7月 3日 17:50 | コメント (0)

新・読書日記 2019_082

『空母いぶき5』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2016、11、2第1刷・2019、3、16第10刷)

盛り上がって来ました。

人間関係も戦闘もそして背後にある敵の人間関係。お互い、同じ人間として、命を守るために相手の命を奪ってしまうこともあるのが「戦争」だが、攻撃した相手の救護が必要なケースもある。その手間を考えたら、余力がない時にはそういったことを起こさないようにする、という判断が総合的判断。つまり戦闘を避ける。


star4

(2019、6、17読了)

2019年7月 3日 17:49 | コメント (0)

新・読書日記 2019_081

『空母いぶき4』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2016、6、29第1刷・2019、3、16第10刷)

2冊ずつ読むぐらいのペースがいいかな。

「空母」は「海上」、そこから発艦する「戦闘機」は「空」、そして「潜水艦」は「海中」。海の中、海の上、空の上が一体となって空間を制圧する。「それぞれの戦い」がある。そしてそれらは関連し合っている。総合的な判断が必要となる。「戦闘」とはそういうものか。「陸上」は「司令塔」として離れたところにある。


star3

(2019、6、16読了)

2019年7月 3日 17:45 | コメント (0)

新・読書日記 2019_080

『空母いぶき3』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2016、2、3第1刷・2018、12、12第10刷)

連載が終わっていない段階のものを原作にして映画化するというのは、かなり難しいのではないかなあと思ったが、映画はよくできていたと思う。

漫画も週刊誌で連載していると断片的にしかわからないが、単行本でまとめて読むと流れがわかる。

(☆3つ)


star3

(2019、6、13読了)

2019年7月 3日 17:44 | コメント (0)

新・読書日記 2019_079

『空母いぶき2』(かわぐちかいじ、協力・惠谷治、小学館:2015、10、5第1刷・2018、12、12第12刷)

第1巻をようやく読み終えて、登場人物の輪郭がつかめて来ました。まだ「戦闘」は始まっていない。人間関係を揃える段階。


star3

(2019、6、10読了)

2019年7月 3日 17:43 | コメント (0)