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『道浦TIME』

新・ことば事情

7036「なんなら」

「今、親の老後と自分の老後、なんなら娘の老後も考えていて。」

と、去年離婚した歌手の大塚愛さんがインタビューで、こう答えていました。この、

「なんなら」

は、ちょっと気になる使い方です。本来「なんなら」は、

「あした梅田に行くんで、なんなら買ってきてあげようか」

というように、

「(相手の)つごうによっては。おのぞみなら。」(「三省堂国語辞典」第7版)

のように使う言葉です。(しめしめ、まだ「三国」=「三省堂国語辞典」にも、この用法は載っていませんね、飯間さん。)

「デジタル大辞泉」でも、

*「なんなら」[副]《「なになら」の音変化》

(1)相手が実現を希望していることを仮定する気持ちを表す。もしよければ。「何なら私のほうからお電話しましょう」

(2)相手がそれを希望しないことを仮定する気持ちを表す。気に入らないなら。「ビールが何なら日本酒にしましょうか」

となっています。

しかし、大塚愛さんの「なんなら」の使い方は、

「それどころか。~はおろか・・・まで。」

の意味で使われているところが新しいのです。

「なんならの新用法」

で検索したところ、二松学舎大学の島田泰子さんという方が10か月前(2018年3月)に書かれた論文が出て来ました。

https://hjl.hatenablog.com/entry/2018/08/09/090000

やはり気付いている人がいたか!

それによると、従来の「なんなら」の用法は、

(1)差し支えなければ/あなたが何(=OK)なら

(2)可能ならば/状況的な前提が何(=許す)なら

となっており、それに対して「新しい用法」の用例は、

「なんなら1週間ぐらいアナログゲームしかしてなくても大丈夫と思います」

「なんならむしろ、自分ではよく聞き取れたな、くらいに思ってたんで」

「もう12月っすね、なんなら7日も経っちゃってますがな」

のように使われ、明らかに使い方が異なり、

「聞き手への意向が、ほとんど含意されない」

ところに特徴があると、島田さんは書いています。ただ「全く新しい用法か?」と言うと、そうではなく、

「近世後期にすでに次のような例がある」

と書いています

「おらアこれからあるいてゆかふ。なんならせう〳〵は銭を出しても、のるこたアいやだ」(膝栗毛)

「小金『手を叩いて床を敷いて貰ひませうか。』彦三『なんなら今に持つて来るだらう。床急ぎのやうで格好が悪い。』」(恋迺染分解)

「△吉何をいふのじやヱ。早ふおりて来なされ△息なんなら、そちらから上つた方がはやからふ」(落噺千里薮[1846])

という具合です。ちょっとわかりにくい所もあるけど、確かに「新しい用法」に似ていますね。

また、読売新聞のオンライン「発言小町」でも、2017年7月18日に、

「『なんなら』という言葉の使い方」

というタイトルで「疑問」が呈されています。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2017/0718/811935.htm

この方は、

『従来は「なんなら私がお手伝いしましょうか?」とか「なんなら、ついでに○○したらどう?」とか、申し出や提案などの時に使うと思っていたのだが、新しい「なんなら」は、「その上」あるいは「ましてや」などの意味で使っているようだ』

と違和感を示していました。

今後、この新しい「なんなら」に、なんなら注目したいと思います。

なまら「なんなら」に、こだわっているんでないかい?...とつい大泉洋さんのように「北海道弁」になってるべさ、北海道出身でもないのに。

(2019、1、8)

2019年1月 8日 20:19 | コメント (0)