新・読書日記 2018_157
『コンビニ外国人』(芹澤健介、新潮新書:2018、5、20)
最近、コンビニの店員さんが外国人であるのは、普通だ。中国人や韓国人だと、日本人と見た目はあまり変わらないのですぐにはわからないが、見た目ですぐ外国人とわかる人もいる。特に東京のコンビニでは、そういう外国人多い気がする。
そんな中で、この本。興味を持って読んだ。
折しも国会では「外国人労働者の枠」を拡大することの是非が、論じられている。また、ここ1~2年は「働き方改革」が社会を席巻している。私たち「会社勤めの者」にとっては、「働き方改革」という言葉は、大変身近である。(実質は「働かせ方改革」のようにも思えるが。)そして、韓国で「徴用工」の裁判の判決も出た。これも「働かせ方」の問題だ。
一体「労働」「働く」「働かせる」とは、どういうことなのか?ということを、根本から考えなくてはならない時代に来ていると言えるのではないだろうか?
少なくとも現在の日本では、外国人労働者が(も?)日本人の生活を支えてくれていて、しかもその待遇はすこぶる悪いというのは間違いのないところだろう。データを誤魔化すなんて、明らかにおかしい。本末転倒である。
日本人だって、これだけ「正規雇用」が減って「非正規雇用」が増えて「終身雇用制」がほぼ崩壊している現状は、「待遇が良くなっている」とは、全然言えない。
今までのように「円」が強く、それでいてアジアの他の国にとって「日本が魅力的な国である」というのは、現実的ではない。「日本人」は「日本」の姿を、冷静に・客観的に見つめ直すべきだ。
そういえば「東京五輪のボランティア」、案の定、当初の予定ほど、人が集まっていないという。「ボランティア」だって「労働の一種」だと思う。
「働く」ってなんだ!?
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