新・読書日記 2018_145
『記者、ラストベルトに住む~トランプ王国、冷めぬ熱狂』(金成隆一、朝日新聞出版:2018、10、30)
「ラストベルト」の「ラスト」は、「最後」の意味の「last」ではなく「錆び付いた」の意味の「rust」であると、どのくらいの人が分かるのかな、といつも思う。でも「錆び付ついた」ままで終わってしまうのなら「rust」であると同時に「last」なのかなとも思う。
朝日新聞のニューヨーク特派員として2016年の大統領選挙で取材したこの地域の人たちは、実際にトランプが大統領になって1年以上経過して(まもなく2年、中間選挙)、どういう風に感じているのかを、実際にその地域(地元の人が「あそこに住むのは、やめた方がいい!」と言うような治安の悪化した地域)に3か月間住み込んで取材したのが本書。
結論はサブタイトルに記されている。
「トランプ王国、冷めぬ熱狂」
であろう。もちろん、期待したほどの成果は上げられていないし、政策はデタラメな方向だと専門家は言うし、客観的に見たらそれが正解だろう。しかしトランプ"信者"にとっては、そうは見えていない。「期待」が「実態」を上回ったままなのである。それが「破滅」に向かう「きらびやかな目抜き通り」だとしても。
ちょうどこの本を読み終わってすぐに、マイケル・ムーア監督の最新作「華氏119」を見た。「119」というのは、日本の消防車・救急車の電話番号ではあるが、それは意識されていないのではないか。ムーア監督の出世作(と言っていいでしょう)「華氏911」の「その後」という意味合いもあるし、「119=11月9日(2016年)」はトランプが大統領になることが決まった日でもある。もともとの「華氏911」は「9月11日(2001年)」のアメリカ・ワールドトレードセンターへの航空機衝突テロに始まる21世紀・テロの世紀に、アメリカが、ジョージ・ブッシュ大統領がどう対応したかを描いたものであった。アメリカにおける警察の電話番号が「911」であることも意識されていたかもしれない。そもそも「華氏911」というタイトルは、ブラッドベリ―のSF小説「華氏451度」へのオマージュでもある。「華氏451度」とうのは「紙が燃える温度」、つまり「焚書」=反知性的なファシズムの台頭に警告を与えるものであった。
さて、この映画「華氏119」は、封切り2日目の夕方の回で、シネコンの100席ある客席に、観客は10人だった。映画のテーマは、「水道」「銃乱射」「トップの無能」などだった。過去にマイケル・ムーア監督の作品を見た時に感じたのは「アメリカの闇の部分は深いなあ、大変だなあ」という他人事であったが、今回は「銃乱射」以外は、まるで日本の出来事と同じで、なぞらえながら見ることが出来た。あんなにウソばかり吐ついて人を攻撃する下品な人がアメリカの大統領。後半は、「トランプを見くびるな、ファシストはそういう形でやってくるのだ」と、ヒットラーの演説の映像に、トランプの演説をかぶせたり、かなり恣意的(マイケル・ムーア風)ではあったが、同じことは日本にも言える。いや、アメリカと日本だけでなく、世界の多くの国でそういった事態が起こっている。民主主義の危機であるということに警鐘を鳴らしている。
日本では「銃」の危機は今のところないが、「薬物の危機」は忍び寄っているのではないかとも、本書を読んで感じた。貧困に陥った「ラストベルト」の人たちが、現状の苦しさから逃れるために「クスリ」に手を出して、その人生を滅ぼしていく、それがはびこっている様子。「オピオイド系」の鎮痛剤の乱用。よくは知らないが「ソドム」という街は、そんなところだったのではないのか。
本書を読んで、マイケル・ムーアの新作映画を見ることをお勧めする。そこに、
「近未来の日本」
があるのかもしれない。
さあ、「中間選挙」だ!