新・ことば事情
6808「知識を身に付けるか?着けるか?」
『ウェークアップぷらす』担当のS部長からメールです
「道浦さんがいつも送ってくれる『ミヤネ屋』の『きょうのスーパーチェック』のメールで、
×『知識をつけないと』→〇『知識を着けないと』
とあったのですが、オンエアで見ていて、私はてっきり『着けないと』が『間違い』だと思っていました。『読売ハンドブック』も『つける』の項目のなかに『知識・技術を身に付ける』とあり、感覚的にも『付ける』のような気がするのですが、テレビルールとしてこうなのでしょうか?」
細かい所まで見ていますねえ。
最初これは「つける」での発注だったのですが、私は「身につける」は「着ける」だと思っていたので、
「知識を(身に)着ける」
であろうとして直しました。記憶に頼ってやったので、メールを頂いてドキッとして、
改めて『新聞用語集2007年版』(これが最新)で「つく・つける」の項目を引いてみたところ、
「知識を身に着ける」
で載っていたので、ホッとしました。
しかし、読売新聞社の『読売スタイルブック2017』は、たしかに
、「知識・技術を身に付ける」
になっています。
手元にある他社の少し古いハンドブックを見てみると、
「毎日新聞」(2007年)=身に着ける
「朝日新聞」(2005年)=身に着ける
と両方「着ける」なのですが、新しい「共同通信記者ハンドブック」(2016)では、「使い分けに注意」として、
「身に付ける」=知識や技術
「身に着ける」=衣装や装身具
となっています。
元読売新聞・校閲のNさんに聞いたところ、
「たしか、前の前のスタイルブック(2011年)ぐらいから、『着ける』→『付ける』に変更されたように思う」
とのことでした。
新聞用語懇談会の関東幹事会で、『新聞用語集2007年版』の改訂作業をずっとやっているんですが、まだ次の『新聞用語集』発行のメドはたっていません。その中で、自社で独自のハンドブックを数年おきに改訂・発行している「読売新聞」や「朝日新聞」は、「関東幹事会」での討議の「果実」を一足先に自社ハンドブックに反映させているので、こういった事態が生じているのだと思います。
読売テレビは、基本的にキー局・日本テレビに従っており、日本テレビは『新聞用語集』を基本的に使用しているはずです。
私も基本は『新聞用語集』、そこに載っていない場合は『読売スタイルブック』を使うようにしています。
今回の「身につける」の場合の語感としては、
「着ける」=体全体を覆う
「付ける」=部分的にピタッと貼り付ける
という感じで、
「身に着けた知識」=体にぴったりフィットしている、一体となった知識。
「身に付けた知識」=付け焼刃でウィキペディアをコピペしたような上っぺらの知識。「外付け」のような感じ。
のように感じるというと、言い過ぎでしょうか?
「張る」と「貼る」の使い分けに似ているような気がします。(「貼る」の方が「はる面積」が狭い感じ。)
読売新聞の用語幹事で、用語集改訂の中心メンバーであるS氏に、このあたりの事情を聴いたところ、
「『知識を身につける』は、新聞はずっと『着ける』やってきた。2014年に国語分科会で『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』を作ったときも、私は新聞での扱いから『着ける』を主張した。ところが、学習指導要領では『付ける』を使っているということが分かり、『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』では、『知識を身に付(着)ける』と併記したうえで、それぞれの理屈を示した注釈を付けることにした。『指導要領での表記』を第一にしつつも、『新聞表記』も認めるかっこうにしたのだが、そうした経緯から、『指導要領に合わせたほうが良いのでは・・・』という社も現れたため、このような異同が生じている。」
とのことでした。
漢字の使い分け一つをとっても、このように大変細かな背景、差異があるのですねえ。。。
(2018、5、22)
(追記)
2011年3月に「平成ことば事情4335身に“着く”か?身に“付く”か?」で同じようなことを書いているのを見つけました。
(2022、10、24)