新・ことば事情
6786「女人禁制」
4月4日、京都府舞鶴市で行われた大相撲春巡業・舞鶴場所で、挨拶に立った多々見(たたみ)良三市長が、土俵上で心筋梗塞のため倒れました。命を助けるために、知り合いの看護師の女性が土俵上に挙がったところ、若い行司が、
「女性は土俵から下りてください」
と再三アナウンスしたことが問題になっています。
もうひとつ、市長が担架で病院に運ばれたすぐ後に、土俵に塩が撒かれたことも、
「女性が土俵に上がって穢(けが)れたとして、塩をまいて清めたのではないか?」
という問題まで起きています。
市長が無事だったので、それは本当に良かったと思います(多々見市長はお医者さんで、心臓カテーテルの京都府で一、二を競う名医なんだそうです)が、いろんな問題点があるので、ちょっと整理しないと議論がかみ合わない気がします。
そこで、私なりに「"悪い"と批判されるポイント」を上げてみました。つまり、
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そもそも女性を土俵に上げないのが女性差別で悪い。
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人命救助という緊急事態なのに、女性を排除しようとしたのが悪い。
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女性を穢らわしいものとみなして、その女性が神聖な女人禁制の土俵に上がってしまったので塩で清めたと思われる行為が悪い。
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「清め」という思想そのものが、差別につながるので悪い。
という「4点」に集約されるのではないでしょうか。
その中でとりあえず、今回の一番のポイントは、
(2)人命救助という緊急事態なのに、女性を排除しようとしたのが悪い
なのだと思います。その延長線上に(1)をどうするか?という問題がある。これの根拠としては、
「相撲は神事。神様が女神なので、女性が土俵に上がると嫉妬する」
というようなことが言われます。「船」でも同じような話は聞きますね。
また(3)(4)は、女性が土俵に上らなければ起きない問題ですので、また別の区分になります。(3)に関しては、
「女性が土俵に上ったから塩を撒いたのではなく、病人やけが人が出た場合には塩をまいて清めることになっている」
と相撲協会は話していました。つまり、
「女性差別ではない」
と。しかし、批判する人がもし(4)の立場を取るとすれば、(3)に対する相撲協会の言い分も否定され、それどころか普段の相撲の取組で力士が土俵に塩を撒くのも「悪い」ということになります。
うーん、そうすると料理屋などが商売繁盛を願って、お店の前に塩を小皿に入れて盛る、
「盛り塩」
もダメなのか?たしかに最近は、葬式帰りに渡される御礼状に、
「清めの塩」
が入っていないことが増えました。それは、
「『死』が、清めなければいけない"穢れ"ではない」
という考え方に基づくのでしょう。「塩」って、単なる、
「NaCl」
なのにね。
いろんなことを深く考えなくてはならない感じがしますが、とにかく人命救助のために、相撲協会がすぐにでも手を付けなくてはならないことは、たくさんあるように思いますね。
その前に「女人禁制」の読み方は、
「にょにんきんぜい」
宗教的にはそういうことですが、単に「女の人が入れない・立ち入り禁止」と言うなら
「女性禁制(じょせいきんせい)」
でも良いとは思うのですが。