新・ことば事情
6669「遺体を『遺棄した』か?『捨てた』か?」
死体遺棄事件のニュースの原稿で、
「遺体を『遺棄した』として」
という文章が出て来ました。これは以前は、
「遺体を『捨てた』として」
としていました。「罪名」(容疑)としては、
「死体遺棄容疑」
ですが、
「遺棄した」
という言葉は、目で見ると意味は一目瞭然ですが、明らかに「書き言葉」で硬い。そして、耳で聞くと、
「イキシタ」
というのは、
「息した」
にも聞こえてしまう上、「イキ」という「2音節」の音は、聞き取りにくいです。
「捨てた」
のほうが、明らかに話し言葉で分かりやすいです。おそらく「警察発表」のまま原稿を書いていると、こういうことになるのではないか?と思います。
読売テレビ報道局の原稿を「2000年1月22日」から「2年刻み」で検索して、
「遺棄したとして」「捨てたとして」
の件数を調べてみました。(協力:・諸国佐代子アナウンサー)その結果は以下の通りです。
(年) 「捨てたとして」 「遺棄したとして」 (合計)
2000~02 10件 1件 11件
2002~04 5件 0件 5件
2004~06 5件 0件 5件
2006~08 4件 5件 9件
2008~10 5件 10件 15件
2010~12 3件 15件 18件
2012~14 8件 28件 36件
2014~16 5件 55件 60件
2016~18 4件 36件 40件
という結果が出たのです。2006年まではほとんど「捨てたとして」だったのに、2008年頃に「遺棄したとして」が台頭し、その後2010年までに「捨てたとして」を逆転し、その後は「遺棄したとして」が圧倒的です。
実はこの変化を見て思い出したのが、
「けが人はいませんでした」「けが人はありませんでした」
という表現です。以前は「けが人」は「ある」「ない」で表現していましたが、ある時期から「いない」「いる」という表現に変わって来たのです。
「平成ことば事情3234けが人はいない?ない?」
「平成ことば事情3838けが人は『ありません』か?『いません』か?」
でも書きましたが、「遺棄したとして」「捨てたとして」と同じように、報道局の原稿検索をしたところ、
(年) 「...ありません」 「...いません」
2004 7件 0件
2005 29件 4件
2006 25件 7件
2007 16件 14件
2008 19件 15件
2009 16件 21件
と2007年~2008年頃を境に「逆転」していたのです。
「遺棄したとして」「捨てたとして」も、ほぼ同じ時期です。これは一体なにがあったのか?読売テレビだけの問題なのか、世の中全体の流れなのか?あ、そうか「2007年」は、
「2007年問題」
があった年だ。覚えていますか?皆さん、「2007年問題」。これも、
「平成ことば事情2089 2007年問題」
で書きました。
思い出した?
そうです、「2007年問題」というのは、
「『団塊の世代』が60歳の定年を迎え始め、社会への影響が少なくないだろう予測のこと」
なのです。
もしかしたらそこで、「団塊の世代」までは何とか伝わって来た「それまでの表現」が、新しい表現に、劇的に変わったのかもしれませんね。もちろんこれは「仮説」にすぎませんが。
それにしても、「遺棄した」「捨てた」という原稿の数が、大幅に増えています!
せいぜい10件ぐらいだったのが、40件とか60件とか!うーむ、まさか「団塊の世代」を「遺棄したり」「捨てたり」する事件が増えている?という訳でもないと思うのですが・・・。