新・ことば事情
6660「『逗子』の『逗』~1点しんにゅうと2点しんにゅう」
神奈川県逗子市で2012年に起きたストーカー殺人事件で、被害女性の住所を市職員が漏らしたとして損害賠償を求められた裁判で、横浜地裁は1月15日、逗子市に110万円の支払いを命じました。
この「逗子市」の「逗」の「しんにょう」は、「逗子市」のHPでは「2点しんにゅう」になっていますが、新聞各紙(1月16日朝刊)は「1点」と「2点」が分かれています。
*「朝日・産経」=「2点しんにゅう」
*「読売・毎日・日経」=「1点しんにゅう」
でした。
1月15日の「ミヤネ屋」の「250ニュース」(午後2時50分ごろのニュース)では、日本テレビのテロップは、
「1点しんにゅう」
だったのですが、読売テレビでは「逗子市」のHPに「2点しんにゅう」に出ていたので「2点しんにゅう」
出だしました。(まあ、恐らく誰も気付かなかったと思いますが・・・。)
以前は、
「常用漢字は『1点しんにゅう』、表外字は『2点しんにゅう』」
という目安があったと思うのですが、最近は曖昧(あいまい)なように感じます。
過去の新聞用語懇談会での「しんにゅう」に関する討議の内容をここで記しておきます。
【2007年5月(関西)】
「しんにゅう」は、「点の数が2つ」の「2点しんにゅう」が康煕字典体で、「点が1つ」の「1点しんにゅう」が簡易慣用字体です。具体的には、
*「辻」=「1点しんにゅう」=簡易慣用字体
*「逵、逹、遉」=「2点しんにゅう」=康煕字典体
というわけですね。
放送局に限って対応を見てみると、放送は新聞ほど字体にこだわりを持っていないので、パソコンのワープロソフトに掲載された漢字をそのまま使っている、というのが実態だと思います。しかし、「Windows Vista」からは、康煕字典体が搭載されているそうですから、今後「1点しんにゅう」か「2点しんにゅう」かという問題は、遠からずやってくると思います。ちなみに例の「辻元清美」の選挙ポスターは「2点しんにゅう」でしたが、放送各局でわざわざ「2点しんにゅう」にしているところは、私が見た限りありませんでした。全部「1点しんにゅう」でした。実際「辻」という漢字を使う名字の人で、「2点しんにゅう」を使っている人は、少ないそうです。
【2010年5月(関西)】
「改訂常用漢字を巡る阿辻京大教授の講演」<字体の問題~之繞(しんにょう)の点の数>
司馬遼太郎は自分の名前の「遼」の字の「しんにょう」の「点」が「1点」だと烈火のごとく怒ったそうだ。私の名字(阿辻)は本来は「2点」だが、「1点」でも全然気にしない。点が1つか2つかということは、同じ字なのに形が違う「異体字」と呼ばれるもの。
7世紀の「干禄字書(かんろくじしょ)」という本は「国家公務員となって給料をもらうには、どんな文字を書けばいいか?」というマニュアル本だが、一般の「俗字」とは違う「国家公務員が使う漢字」が載っている。その本によると「しんにゅう」は「1点」。ところが18世紀以来、漢字の字形の「お手本」とされる「康煕字典」では「しんにゅう」は「2点」になっている。
1946年に「当用漢字表」を作ったときに、当用漢字に入った漢字の「しんにゅう」は「1点」になったが、当用漢字ではない漢字は、正式には「2点」のままだった。1981年制定の常用漢字でも、それが踏襲されているが、今回新たに「常用漢字」に入る漢字は、現状においては「表外字」なので「2点しんにゅう」。今回はそのまま「2点しんにゅう」で入ることになった。つまり、これまでは、
*「常用漢字」=1点しんにゅう
*「常用漢字外(表外字)」=2点しんにゅう
という明確な区別があったが、「新たな常用漢字表」では、
「『1点しんにゅう』と『2点しんにゅう』が混在」
する事態になってしまった。その一番大きな理由は、「パソコンの文字」。
2000年に当時の国語審議会は、「表外漢字字体表」というものを作った。そのきっかけは、それまでのパソコンのワープロソフトでは、「森鷗外」と書こうとしても「鷗外」の「鷗」の字が「鴎」という簡単な字体しか出ないことに批判が集まり、パソコンで正しい字体の「鷗」が出るように改良を求める声が上がった。それにあわせていくつかの表外字を、「康煕字典」の字体にあわせた。そこではもちろん「表外字」は「2点しんにゅう」。それに基づいて、パソコンソフトの会社とJIS(日本工業規格)は「JIS2004」という字体の規格を作った。(まさか、その6年後に常用漢字表が改訂されるとも思わずに・・・)
今回の改訂で、たとえば「迷」という漢字は「1点しんにゅう」だが、その字を「つくり」に持つ「謎」という漢字(=新たに常用漢字に入る)は「2点しんにゅう」になるというような事態が出てきた。
しかし、パソコンのソフトを変えるには相当な費用がかかるという理由で、「JIS2004」に従う形での「新しい常用漢字表の字体」になってしまったという。ただ、表外字から新たに常用漢字に入る漢字の「しんにゅう」は、
「2点が基本だが、1点も許容」
なので、実際問題としてはそれほどの混乱は起きないかもしれない。気付かない人も多いだろうから。
そして、一番のポイントは、
「手書きと印刷字体は違う」
という当たり前のことをわかっていない人が多すぎるということ。あと、
「中学・高校といった教育現場で、字体の違いを生徒にどう説明して教えていくか」
というのが最大の問題ではないか。
たとえば「令」という文字は、手書きだとほとんどの人が、「令」というように、「点」の下はカタカナの「マ」のように書いていると思うが、明朝体など印刷字体は「令」。「点」ではなく「一」と横棒を引かないといけないし、その下も「マ」ではなく「ヨコ・タテ・タテ」。
ところが、小学校レベルの教科書で「光村図書出版」や「東京書籍」という教科書会社では「手書き字体に配慮」して、「令」という字体を使っているという。それが中学・高校の教科書では、明朝体の「令」に変わっていると。気付いていましたか、皆さん!?私は、阿辻先生のお話で初めて知りました!おそらく、全国の「鈴木さん」も気付いていないのでは?
話が横道にそれが、とにかくこういった「字体」の問題は、将来に禍根を残しそう。今回新しい常用漢字に「稽古」の「稽」の字も入ったが、この字も手書きと印刷字体が違う。印刷自体では「つくり」の部分の下の方が「旨」になっているが、手書きだと「稽」の「つくり」の下の方は、「上」と「日」を組み合わせた字体になることがある。「剥製」の「剥」も、「へん」の形が、「印刷字体」と「手書き字体」で変わることがある。こういった「異体字」はたくさんあって、学問上は「正字」と「俗字」に区別できるが、生活上・一般には「どちらでもよい」というのが、阿辻先生のお立場でした。
【2010年5月(秋田)】
<しんにゅう・食へん>)
Q:(東京毎日)新常用漢字の「食へんの形」や「しんにゅうの点の数」について、どちらを使うか、既に決めた社はあるか。
A:(?氏)現状のままで変えずに、放っておく。「横棒の食へん」と「2点しんにゅう」でいく。
A:(朝日)2007年1月に変えた、表外漢字の印刷標準字体のままで行く。変えない(つまり、「横棒の食へん」と「2点しんにゅう」ということです)。
A:(フジ)現状は変えない方向。会社の文字変換機で対応できない字、出ない字があるし、今回の新常用漢字制定のためだけに、機械を買い替える余裕はない。また、系列局にも、機械の買い替えを強制する立場にはない。
【2014年5月(関西)】
パソコンOSやフォントメーカーの仕様によって同じ文字なのに字体が変わってしまうことがあり、困っている・・・。(KTV)
→(神戸新聞)「辻」は「2点しんにゅう」しか出て来ないが、実際の名字としては「1点しんにゅう」が大半だと思う。
各社は「しんにゅう」の「1点・2点」問題は、「地名・人名」などで、どう対応されているでしょうか?2月に行われる「新聞用語懇談会・放送分科会」で聞いてみたいと思います。
あ、「道浦」の「道」は、「1点しんゆう」です!