新・ことば事情
6562「アゼルバイジャンは『東欧』か?」
11月1日、くりぃむしちゅー・上田さん司会のテレビ朝日のクイズ番組『ミラクルナイン』を見ていたら、回答者の一人、ピーター・フランクルさんが、
「この前アゼルバイジャンに行ったら、日本人みたいな顔をしてると言われた」
と言って、上田さんから、
「してねえよ!」
と突っ込まれていました。その、
「アゼルバイジャン」
という国名の後に、テロップで、
「東欧の国」
と説明書きが出ているのに違和感が。
「アゼルバイジャンは、『東欧』か?そもそも、東西冷戦が終わって30年近く経つのに、まだ『東欧』ってあるのか?」
という疑問です。「東西冷戦」があったから、
「思想的に東と西だったのでは?」
と思ったのです。もちろん「地理的」にも「東西」はあるでしょうが。
「北欧」と「南欧」の場合は「地理的分類」しかないと思いますが、「東西」は2つの意味があるんですよね。「中欧」はどうでしょうか?また「西欧」は?
これに関して、11月16日に岡山で開かれた「新聞用語懇談会・秋季合同総会」で質問しました。
『先日見ていたテレビのクイズ番組で「アゼルバイジャン」という国名の後にテロップで「東欧の国」と説明書きが出ていて、違和感がありました。「東西」という場合には、当然「地理的」に「東」と「西」があります。「アゼルバイジャン」は「カスピ海」と「黒海」の間に位置します。「南」は「イラク」、「西」は「アルメニア」と「ジョージア」。「トルコ」よりも東に位置します。「ヨーロッパ」の国々の集まりである「EU」に、「トルコ」は入れてもらえません。その「トルコ」よりも、「アゼルバイジャン」はヨーロッパから遠いのです。(ちなみに、この地域は「カフカス・コーカサス」とも呼ばれます。)
もう一つ「政治的」に「東と西」があります。「アゼルバイジャン」は、「ソ連」が崩壊した後に「元ソ連の自治共和国」であった国々で作った「CIS」に含まれていますが、東西冷戦が終わって30年近く経つのに、まだ「東欧」なのでしょうか?「東欧」「西欧」(あるいは「中欧」)の区分は、どうされていますか?急に面倒なことを質問して、すみません。』
これに関する各社の用語医院からの回答は、以下の通りです。
(朝日新聞)関連で、「グルジア」が「ジョージア」に国名変更した際に「AIIB」参加国の図版を作ったことがある。その際に「ジョージア」は「欧州」か?「アジア」か?が問題になった。結局「外務省のサイト」を見たら、「ジョージア」は「欧州」に区分されていた。おそらく、「CIS」の国々は「欧州局」が管轄しているからではないか。その後、「西アジア」という区分を作って「ジョージア」をそこに入れた。「中央アジア」でもある。「地理的に」ということだが。
(共同通信)「東西」に関する「地理的な概念」と「政治的な概念」は必ずしも一致しない。一般的に「東欧」と言えば「旧ソ連の構成国」だろう。例えば「東アジア」と言ったときに、「狭義」では「日中韓(北朝鮮)」の「3(or4)か国」だが、「広義」では「東南アジア」も含む。日本の外務省では、「欧州局」が「CIS」を担当している。
(ytv)サッカーのワールドカップ予選では、昔、1990年代の後半は「カザフスタン」は「アジア予選」に出て来たが、今は「ヨーロッパ予選」に区分されている。
(朝日新聞)サッカーでは昔は「イスラエル」も「アジア」に区分されていた。
(ytv)その意味ではサッカーの予選分けは「地理的」ではなく、「政治的」な配慮があるのかもしれない。
会社に戻ってから、、帝国書院の「世界地図」(2010)を見てみたら、
「『アゼルバイジャン』は『アジア』」
に区分されていました。そのほか「アジア」には、
ジョージア(旧グルジア)、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トクメニスタン、イラン、イラク、クウェート、シリア、ヨルダン、レバノン、サウジアラビア、カタール、トルコ、キプロスも「アジア」に区分。一方「ヨーロッパ」には、
ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、モンテネグロなどが。
「地図帳」だけに、純粋に「地理的に分類」しているのでしょう。
一方「外務省のサイト」を確認すると、「アジア」に分類されている国は、
インド、インドネシア、カンボジア、シンガポール、スリランカ、タイ、韓国、中国、
ネパール、パキスタン、パキスタン、バングラデシュ、東ティモール、フィリピン、
ブータン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、モルディブ、モンゴル、
ラオスの他、北朝鮮、香港、マカオ、台湾が別グループで載っていますが、
「アゼルバイジャン」などはありません。そして「欧州」の国々の中には、
アゼルバイジャン、ウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、キプロスなどがありました。「外務省」的には、
「アゼルバイジャンは、『欧州』」
なんですね。これは明らかに、
「政治的な分類」
ですね。また、外務省のサイトの「アジア」にも「欧州」にも、「サウジアラビア」「イラン」「イラク」「カタール」などの「中東」の国はありません。これは、
「中東」
という別の区分が、ちゃんとあるんですね。「中東」には、
アフガニスタン、アラブ首長国連邦(UAE)、イエメン、イスラエル、イラク、イラン、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、シリア、トルコ、バーレーン、
ヨルダン、レバノンそれとパレスチナ。わりと「中東」と言われて、納得する国々です。
外務省の組織図を見ると、
「アジア大洋州局」「欧州局」「北米局」「中南米局」「中東アフリカ局」
の「5局」があり、「アジア大洋州局」の下に「南部アジア部」が、「中東アフリカ局」の下に「アフリカ部」がありました。
ついでに「FIFA(国際サッカー連盟)」のサイトで、「アゼルバイジャン」はワールドカップのどこの予選に区分されているかを見ると、
「ヨーロッパC組」
でした。アゼルバイジャンと同じ組には、
「サンマリノ、チェコ、北アイルランド、ドイツ、ノルウェー」
がいます。ヨーロッパだ!ドイツと同じ組ですか、かわいそう。
「ヨーロッパ予選」の各組の国(地域)は、
(A組)ベラルーシ、フランス、ブルガリア、ルクセンブルク、スウェーデン、オランダ
(B組)アンドラ、ラトビア、ハンガリー、フェロー諸島、スイス、ポルトガル
(C組)アゼルバイジャン、サンマリノ、チェコ、北アイルランド、ドイツ、ノルウェー
(D組)ジョージア、オーストリア、セルビア、アイルランド、ウェールズ、モルドバ
(E組)カザフスタン、ポーランド、デンマーク、アルメニア、ルーマニア、
モンテネグロ
(F組)リトアニア、スロベニア、スロバキア、イングランド、マルタ、スコットランド
(G組)アルバニア、マケドニア、イスラエル、イタリア、スペイン、
リヒテンシュタイン
(H組)ボスニア・ヘルツェゴビナ、エストニア、キプロス、ベルギー、ギリシャ、
ジブラルタル
(I組)フィンランド、コソボ、クロアチア、トルコ、ウクライナ、アイスランド
でした。ご参考までに。
こういったことに関して大変詳しい博覧強記の郵便学者・内藤陽介さんにツイッターで、
「アゼルバイジャンは、アジアなんでしょうか?ヨーロッパなんでしょうか?『地理的概念』と『政治的概念』の線引きは、どのようにするのでしょうか?」
と質問してみたところ、詳しいご説明を頂きました。
「帝国書院の地図帳は、地図帳ですので『地理的概念』で『アジア(ウラル山脈以東)』に入れたのでしょう。外務省が『中東』としたのは、アゼルバイジャン人が言語的・文化的にテュルク系であることに加え、イランの人口の25%を占めているという事情から、中東の担当者が扱ったほうが好都合だということだと思います。『ヨーロッパ』という区分については、例えばワールドカップや五輪は、『旧ソ連』から分かれたという経緯でアゼルバイジャンは『欧州扱い』です。文化面でも同様のケースが多く、iTVが欧州放送連合(EBU)の加盟国ということで、アゼルバイジャンはユーロヴィジョンにも参加しています。切手の世界でも、アジア連盟の加盟国にはなっていなかったはずです。旧ソ連諸国の場合、基本的には『人的なネットワーク』としてロシアとのつながりが強く、組織運営のシステムや国内のルールなども、ソ連時代からの流れで欧州の方がやりやすいということではないかと思います。また、おそらく欧州連盟ではロシア語は公用語でしょうが、アジア連盟では違うでしょう。」
ということは「政治的な区分」というよりは、「文化的視点」や「人的ネットワークの面から「ヨーロッパ」と「アジア」の区分がなされるのでしょうか?そう問うたところ、
「特に、言葉の問題は大きいです。公式の場ではみんな英語で話していても、食事やパーティー・非公式な打合わせなどでは、言語ごとのグループに分かれて(アジアでは、そもそも人口の関係もあって、「中国語」と「非中国語」のグループに分かれることが多いですが)内密の話は『その言語』でということも多いです。
いずれにせよ、アゼルバイジャンを含む南コーカサスの旧ソ連諸国に関しては、その時々で、『アジア』に入れたり『欧州』に入れたり、というのが実情のようです。彼らも『欧州』に入れられることには、不満を持っていないようですが。」
ここで、テレビ番組で「アゼルバイジャン」が「東欧」とされていたことついて言うと、
「なるほど、たしかに『アゼルバイジャン』を『東欧』というのには違和感がありますね」
と共感して頂けました。内藤さん、ツイッターという文字数に制限のある中で、詳しいご説明を、ありがとうございました!(しかも、夜中に)
そうそう、「南北」に関しても「北欧」と「南欧」は「地理的な概念」だけかもしれませんが、それ以外にも「経済的な概念」がありますね。
・「南」=貧しい、自然がある、農業
・「北」=裕福、都市、工業
というようなイメージが。これは「イタリア」の場合には歴然とありますし、「スペイン」も少しあるのかな。「南」に対してはありそう。「フランス」や「ドイツ」はどうなのかな?
いずれにせよ「政治的な区分」「経済的な区分」(これも「政治的な区分」だが」)という、
「人間が勝手に、恣意的に決めたもの」
に加えて、歴史の中で培われて来た、
「文化的・言語的区分」
も絡んで来るのですね。「分類という思想」も複雑ですね。思わぬ勉強になりました。