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『道浦TIME』

新・読書日記 2017_130

『日本代表を撮り続けてきた男 サッカーカメラマン 六川則夫』(六川則夫、スクワッド:2017、9、4)

サッカー本、好きなんだよね。しかもカメラマン。なので写真も豊富。紙が良いから重い本です。それで1600円+税は安い。

1951年生まれの著者は、私よりちょうど10歳年上。東京オリンピックの頃からサッカーにはまったとのこと。しかも早稲田大学の先輩でもある。早稲田大学ア式蹴球部(=アソシエーションフットボール=サッカー)は、身長170センチ以上でないと入部させてくれなかったので、同好会の「稲穂キッカーズ」の門を叩いたと。これ、有名な同好会です。もう一つ「荒友キッカーズ」という同好会もあって、私も門を叩きましたが。

そして就職に当たっては、自分が一番好きな「サッカー」を封印して(それは「趣味」でやろうと)、2番目に好きな「映画」関連の仕事をしようとしていたら、いつの間にか一番好きな「サッカーを、撮る仕事」=「サッカーカメラマン」になっちゃったと。そんなものかもしれませんね、人生なんて。

サッカー雑誌『サッカーダイジェスト』のカメラマン。私は『サッカーマガジン』派だったけど、もちろん知っていますよ。(立ち読みしてた。)『イレブン』という、ちょっと形が変型のサッカー雑誌もありましたね。

六川(ロクカワ)さんは、ワールドカップは1982年の「スペイン・ワールドカップ」から取材を続けていると。私が初めてワールドカップを見に行ったのは、1990年の「イタリア・ワールドカップ」からなので、それよりも2回早いですね。でも「イタリア」「アメリカ」「フランス」ワールドカップの様子が書かれている所なんかは、「そうそう!」と懐かしい。フランスW杯の日本の試合会場で流れた曲が、安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBRATE?」といいう記述もあったが(112ページ)、そうなんです、私も聴きました、リヨンのジェルラン・スタジアムで。「ドーハの悲劇」も。そして、日本サッカー冬の時代の1970年代から80年代の話も「そうそうそう!!」と、うなずけます。1997年のフランス・ワールドカップアジア最終予選の韓国戦、ソウルの蚕室(チャムシル)スタジアムの試合も見に行ってたから、同じスタジアム内にいたのですねえ。ちょうど20年前かあ、もう、そんなになりますか。もっと前、会社に入った年に、釜本選手の引退試合(1984年)、私も取材に行きましたよ。また、ジーコ選手が、当時2部リーグの住友金属に来た際にも長居スタジアムに取材に行ったけど、試合後にジーコを囲む記者があまりにも少なかったのには驚いたなあ。思い出します。

178~179ページ見開きの白黒写真、JSL最終年(Jリーグ発足の1年前)である1992年に撮影された「日本サッカー界の立役者たち」に映った31人の内、顔と名前が一致して分かった人が17人、名前だけ知っていた人が24人いた。あれから25年、経つのかあ・・・。川淵チェアマンも若い!お亡くなりになった方の写真も。同窓会みたいな感覚で読めました。

1か所、誤植発見。193ページ上の壇の後ろから4~3行目。

×「日韓戦での戦積は」→○「日韓戦での戦績は」

「糸へん」ですね。是非、増刷して、修正を!


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(2017、10、25読了)

2017年10月26日 19:51 | コメント (0)