日本時間の昨年12月28日、安倍首相は米・ハワイのオアフ島にある「真珠湾」を訪問し、17分間にわたるスピーチを行いました。
その演説の中で気になったことがあります。
「日本帝国海軍大尉」
という言葉の、
「大尉」
を、安倍首相は、
「だいい」
と「濁って」読みました。これは、
「たいい」
という「濁らない読み方」が普通だと思うのですが、「間違い」ということではありません。「云々」を「でんでん」と読んだのとは違います。
実は、「海軍」では習慣的に、
「大尉(ダイイ)」「大佐(ダイサ)」
と「大」を「ダイ」と濁って呼んだそうなのです。
「昭和期の海軍に関する場合はダイイ・ダイサが望ましい」
というのを聞いたことがあります。
NHK放送文化研究所の「ことば」に関するサイトには、山下洋子さんが次のように記しています。
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「大尉」「大佐」ともに、軍隊の階級を表す語です。一般的には「タイイ」「タイサ」と読みます。しかし、別の言い方を情報として示す辞書もあります。
例えば、『大辞林第3版』(平18・三省堂)の「大尉(たいい)」「大佐(たいさ)」の項目には、「旧日本海軍では『だいい』と称した」「旧日本海軍では『だいさ』と称した」と説明があります。「ダイイ」「ダイサ」という言い方が本当に、旧海軍で使われていたのか。また、旧海軍のことを伝える場合「大尉」「大佐」の呼称は、どのように扱えばいいのか、ドラマの時代考証を担当し、軍隊のことばにくわしいNHKドラマ番組部・大森洋平シニア・ディレクターに聞きました。
1.海軍でも正式には「タイイ」「タイサ」である。
海軍省監修書籍には「たいい」「たいさ」の読みがながつけられており、表記で「だいい」「だいさ」が出てくることはない。(考証資料:『旧軍諮問録3』ほか)
堤明夫元防衛大学校教授(ドラマ「坂の上の雲」の海軍考証を担当)によれば、海軍でも正式には「たいい」「たいさ」だった。
2.「ダイイ」「ダイサ」は昭和になってはっきり出てきた呼称である。
NPO法人「零戦の会」会長神立尚紀氏(ノンフィクション作家)の取材経験によれば、海軍兵学校の同窓会で60期(昭和4年入校者)までの人は「タイイ」と言う人が多く、はっきり「ダイイ」と言うのは62期(昭和6年入校者)からである。
3 .昭和期の海軍に関するドラマのせりふやドキュメンタリーのコメントでは、当時を知る人の強い要望もあり、極力「ダイイ」「ダイサ」が望ましい。
4 明治・大正期のせりふでは「タイイ」「タイサ」で差し支えないが、「艦長」「分隊長」などの役職名にすれば、海軍の習慣にもかなう。
参考文献:『考証要集 秘伝!NHK時代考証資料』文春文庫
「ダイイ」「ダイサ」については、正式の読み方ではなく、昭和期の旧海軍での習慣的呼称であり、旧日本海軍では全期間において、「○ダイイ、ダイサ」「×タイイ、タイサ」ということではありません。このことを踏まえたうえで、番組で使うことばを選ぶようにしてください。
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また『新聞用語集2007年版』の、「放送で標準とする読み方例」には「大尉」「大佐」は載せていませんが、載せる必要はないのか?また各社、こういったケースはどう対応されているか、2月3日に開かれた新聞用語懇談会放送分科会で聞いてみました。
その結果は、以下の通りです。
(NHK)NHK放送文化研究所のサイトに、そのコラムを書いたのは、私。ドラマやドキュメンタリーにおいては「ダイイ・ダイサ」とすることもあるが、ニュースでは濁らずに「タイイ・タイサ」で良いと思う。
(ytv)昨年末の安倍首相が「ダイイ」と濁って読んだときに、社内で「違和感がある」というような声は出なかったか?<→各社、特に出なかった模様>
(NHK)「ダイイ・ダイサ」が出て来るのは、昭和の中期以降。「ダイイ・ダイサ」を使われる方は誇りをお持ちで「ダイイ・ダイサでなきゃ嫌だ」とおっしゃる。(海軍兵学校の同窓会で60期【昭和4年=1929年入校者】までの人は「タイイ」と言う人が多く、はっきり「ダイイ」と言うのは62期【昭和6年=1931年入校者】から。)ドキュメンタリー番組で以前、制作サイドが当事者とかなり話し合って「タイイ」としたことがあった。「ダイイ・ダイサ」という「濁り」は話し言葉だけであって、書き言葉には出て来ない。
(ytv)かなり「限定的な使用例」であるようなので、『新聞用語集』の「放送で標準とする読み方例」には、「大尉」「大佐」の読みとして載せる必要はないだろう。
(2017、2、6)