新・ことば事情
6088「モハメドか?ムハマドか?」
6月3日、74歳で亡くなったボクシングのレジェンド、モハメド・アリ。
私の世代だと、まず、あの猪木との「異種格闘技」を思い出します。また、1996年のアトランタ五輪では、パーキンソン病に侵されながら聖火の最終ランナーも務めた姿も思い出されます。あれも衝撃的でした。
そして訃報に接しては、「モハメド」か「ムハマド」かという問題が。
我々にとっては「モハメド」と言わないと、「本人」という感じがしないんですが、
「読売・朝日」を除く全国紙と共同通信は「ムハマド」でした。
テレビ局は、全て「モハメド」でした。
6月の新聞用語懇談会放送分科会で、この点に関して質問しました。
「先日亡くなった元ボクシング世界チャンピオン『モハメド・アリ』氏の表記が、『モハメド』『ムハマド』の2つありました。どちらを使われましたか?また、その根拠は?(イスラム教で「モハメッド」が「ムハンマド」になったのと同じようなものでしょうか?)
私の調べ(ネット)では、テレビ局は全て『モハメド』。新聞社は読売と朝日、それと時事通信が『モハメド』で、毎日・産経・日経・東京・共同通信が『ムハマド』でした。
これに対する各社の回答は、
(共同通信)2001年3月改訂の『共同通信記者ハンドブック・第9版』で、それまでの「モハメド」から「ムハマド」に変更した。実は1990年代の記事から「ムハマド」が多くなってきて混在していたので、統一したということ。しかし、アリ氏が亡くなった当日は加盟社や読者から「なぜ『ムハマド』なんだ?『モハメド』ではないのか?」という問い合わせや質問が相次いだ。放送原稿も「ムハマド」で出した。(しかし、放送局はその原稿を「モハメド」と読んだのかもしれない。)
(MBS)テレビ局が「モハメド」を用いたのは、もしかしたら「テレビの事情」があったのかもしれない。というのは、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」の当時(1970年代)の映像の実況などでは、すべて「モハメド」と言っていた(テレビ朝日さんが6月12日に放送された「追悼番組」でもそうだった)ので、それとの「整合性」を取らないと、混乱するからではないだろうか。
(フジテレビ)外信部デスクに確認したところ、「一般にすぐにわかる名前で放送するのがスジだろう」ということで、これまでの「モハメド」を使ったとのことだった。
(ytv・道浦)1996年アトランタ五輪の最終聖火点灯者で登場した際の実況で、NHKは「モハメド」「ムハマド」のどちらを使ったのか?
(NHK)「モハメド」を使った。
(共同通信)現役当時のアリ選手のセコンドが着ていたTシャツには「MUHAMAD」と書かれていたので「ムハマド」のほうが原音に近いのではないか?
(NHK)ボクシングが好きなので、よく当時のビデオ・DVDなども見るが、当時のリング・アナウンスを聞くと「モハメド」と聞こえた。
ということでした。
その後、ベースボールマガジン社から出た「追悼記念特集号」を買って読みましたが、やはり、
「モハメド・アリ」
でした。
ところが!
その「追悼記念特集号」の最終ページに全面掲載されていた、同じベースボールマガジン社発行の『プロレスs&ボクシング1972年4月増刊号』の表紙のアリの写真を見ると、
「ムハマッド・アリ(クレイ)」
と書かれているではないですか!
「クレイ」は「カシアス・クレイ」、「アリ」を名乗る前の名前ですが、当初は、
「ムハマッド」
だったのか!うーん、話がよけいに、ややこしくなってきたような・・・。
なお、「モハメド」か?「ムハマド」か?については、過去にも用語懇談会の席で議題に上がっていました。【2011年9月】
『フジテレビの委員より。「9・11同時テロ10年」で、実行犯の「モハメド・アタ容疑者」。死亡しているのに「容疑者」をつけるのか?呼称はどうしたか?「ビンラディン容疑者」に関しても同じ。うちは仕方なく「容疑者」をつけたが、各社はどう判断を?「受刑者」でも「死刑囚」でもなく死んでしまったが・・・「呼び捨て」にするという意見は出なかったか?』
<各社>「容疑者」をつけた。特に疑問の声は上がらなかった。
<NHK>「容疑者」には特に意見は出なかったが、視聴者から「モハメド・アタ」でいいのか?「ムハンマド」ではないのか?という意見は届いた。本人は「中東生まれ・中東育ち」ではなく、「アメリカ生まれ・アメリカ育ち」なので、英語風に「モハメド」でいいのではないか?ということになったが...。「モハメド・アリ」ぐらい定着していたらいいが...。