新・ことば事情
皆さんは、
「重用」
という言葉はどう読みますか?
「チョーヨー」
でしょうか?それとも
「ジューヨー」
でしょうか?私は、
「チョーヨー」
と読みます。「ジューヨー」と読むと、
「重要」
と勘違いするかもしれませんしね。
ところが!辞書を引くと、
「ジューヨー」
のほうが「メイン」で載っているものが多いのです!!
「見出し」と「語義の説明」が載っているものを○、「見出し」が載っていないものは×、空見出しを△としました。
【ジューヨー】【チョーヨー】
『日本国語大辞典』(1989) ○ ×
『広辞苑第4・5・6版』(1991・1998・2008) ○ △
『NHK日本語発音アクセント辞典』(1998) ○ ×
『新潮現代国語辞典第2版』(2000) ○ ○
『集英社国語辞典第2版』(2000) △ ○
『大辞林第3版』(2006) △ ○
『岩波国語辞典第7版』(2009) ○ ○
『明鏡国語辞典第2版』(2010) ○ ○
『新選国語辞典第9版』(2011) ○ ○
『新明解国語辞典第7版』(2012) ○ △
『三省堂国語辞典第7版』(2014) ○ △
『NHK日本語発音アクセント新辞典』(2016) ○ △
<以下「電子辞書」>
『デジタル大辞泉』 ○ ○
『旺文社標準国語辞典』 × ○
『精選版日本国語大辞典』 ○ ○
こうやって見て来ると、昔は「ジューヨー」と読んでいたものが、最近は「チョーヨー」も認める様になってきているような感じもします。
今年入社して報道記者に配属された新入社員の女性に、
「『重用』は何と読む?ジューヨー?チョーヨー?」
と聞いてみると、
「『チョーヨー』としか読んだことがありません!」
と言っていました。
もしかしたら、「チョーヨー」と読むと、
「徴用」
と同音なので、間違われることを嫌って「ジューヨー」と読んだのかもしれません。「徴用」などあまり使わない言葉だと思う「戦争を知らない世代」は「チョーヨー」と読み、戦争の記憶の中の「徴用」が、生きた言葉として残っている世代は「ジューヨー」と読むのかもしれません。
これは、思いのほか「ジューユー」な問題なのではないでしょうか?
ちなみに、たまたま報道フロアで擦れ違ったアナウンサー4人に聞いてみたところ、
4人全員が、
「チョーヨー」
でした。「『ジューヨー』と読むと、間違ったみたい」(2年目・女性アナウンサー)という声もありました。
この問題、NHK放送文化研究所の塩田雄大さんにぶつけてみたら、
「NHKでは1999年2月の用語決定で、それまで『ジューヨー』のみを認めていた『重用』の読みを『(1)ジューヨー(2)チョーヨー』としています」
と資料を送ってくれました。その資料(『放送研究と調査』1999年4月号)によると、
・「チョー=漢音」
・「ジュー=日本の慣用音」
とした上で、『NHK日本語発音アクセント辞典』に載っている「二字漢語」の「重○」の「重」の読みを分類して、
*「ジュー」=重圧、重刑、重厚、重婚、重罪、重刷、重視、重々、重傷、重症、重唱、重心、重臣、重水、重税、重貴、重奏、重曹、重層、重体、重代、重大、重鎮、重点、
重電、重度、重任、重罰、重版、重犯、重病、重文、銃砲、重宝(お家の~)、重油、重要、重用、重量、重力(以上39語)
*「チョー」=重畳(山岳~)、重宝(~がる)、重陽(菊の節句)(以上3語)
*両用=重複(1語)
と記しています。そして、アンケート調査(重複じゃないの?)によると(「ことばのゆれ調査」(全国)1404人:1998年)、
「この会社は若手を重用している」
という文章の読み方は、
(1)「ジューヨー」=751人(54%)
(2)「チョーヨー」=574人(41%)
で、また、
「信長は秀吉を重用した」
については、首都圏在住の元NHK番組モニター調査(86人:1991年8月28日~9月10日)で、
(1)「ジューヨー」=15人(17%)
(2)「チョーヨー」=69人(80%)
さらに、国語辞典90冊を対象にした調査では、
*「ジューヨー」の読みを掲載しているもの=76冊
(初出=『日本大事典 言泉』大倉書店:1917年)
*「チョーヨー」の読みを掲載しているもの=55冊
(初出=『広辞苑 第1刷』岩波書店:1955年)
そして、1999年2月の放送委員会での意見をまとめてあります。
「『重要』も『ジューヨー』と読む。『重要な』『重用する』と品詞が異なるので混同することはないが、『ジューヨー』と耳にしたときに、とまどうことはあり得る。そういったことを避けるために『重用』を『チョーヨー』と読んだ方がよい状況もあるだろう」
とのことです。また、塩田さんは、
「道浦さんがお引きになった『NHK日本語発音アクセント辞典』(1998)は、おそらく、初刷り(あるいはかなり初刷りに近い時期のもの)ではないかと思います。1999年2月の放送用語委員会で、それまでの『ジューヨー』に加えて『チョーヨー」も認めました。それ以降の刷りのアクセント辞典では、そのように示されているものと思います。(中略)アクセント辞典では、放送用語委員会の決定で『発音』や『表記』に変更が生じたときには、修正をおこないます。『発音』を議論する場合、厳密にやろうとする際には、(1998)という初版の発行年次だけではなく、何刷りなのかを考慮する必要があります。』
さすが塩田さん、ご指摘どおり、今回の上に書いた「1998年版」の「NHKアクセント辞典」は、「紙」の「初刷(第1刷)」を使いましたが、実は、先日買ったばかりの「電子辞書」に採用されていた「1998年版の"新しい刷り"」に相当するものも見ていて、「1998年版」の途中で「チョーヨー」も採用されていることは、認識していました。
しかし、「1998年版」の最初(初刷り)と、2016年版の「NHKアクセント"新"辞典」との違いを際立てるために、「刷り」の情報は、あえて省かせていただきました。ご了解を。
でもこれで、
「そもそも『ジューヨー』があって、後から『チョーヨー』という読みが加わって来た」
という流れは明らかになりましたね。そして国語辞典の「初出」も、
「ジューヨー」が「1917年」
「チューヨー」は『広辞苑』初版の「1955年」
まで待たなければいけなかったと。
でも、もうその「チョーヨー」の初出から60年以上たっていいます。「チョーヨー」のほうが主流だと思われるのですが、その辺りはどうなんでしょうかね?
あ、そうだ、「ジュー」か「チョー」かという話で言うと、『広辞苑』の編纂者として知られる、
「新村 出(しんむら・いずる)」
先生ですが、お名前の「出」は、新村先生のご実父・関口隆吉氏が、前任地の「山形」から「山口」に転任されて間もなくの誕生だったことから、「山口」と「山形」の「山」が重なる因縁によるものなのだそうです。そして新村先生の雅号は、
「重山(ちょうざん)」
と「チョー」です。これは、「出」の文字が「山」を「縦に2つ重ねている」ところから付けたそうです。
また、「重」の読み方の関連で言うと、文化庁の『言葉に関する問答集・総集編』の369ページに、
「『重複』は『チョウフク』か『ジュウフク』か』
という項目が載っています。それによると、明治19年(1886年)刊行の『和英語林集成』から、明治31年(1898年)刊行の『ことばの泉』までは、
「チョウフク」
を採用しているが、その項目に「ジュウフク」(旧仮名遣いは「ぢゆうふく」)の語形は載せておらず、見出しもないそうです。『ことばの泉・補遺』になって「ジュウフク」を見出しに掲げ、
<「ちょうふく」の誤読。>
としているのだそうです。
そして明治44年(1911年)に改定した『辞林』では「ジュウフク」を参照見出しとして<「ちょうふく」に同じ。>としているとのです。以後は、ほとんどの辞書が「チョウフク」を本項目にして、「ジュウフク」も参照見出しで載せる形で、昭和2年(1927年)観光の『日用語大辞典』では、両形を本項目としているということです。
そして、
「『重』は、漢音がチョウで、慣用音がジュウである。『重』を含む漢字二字から成る熟語では、どちらかと言えばジュウと読むものが多いようである。そして、これには、現代でも日常語としてしばしば使われている語が多い。『重圧・重囲・重視・重傷・重症・重職・重心・重税・重体・重大・重鎮・重砲・重役・重量』や、『重婚・重層・重殺・重箱・重犯・重訳』などである。チョウと読むものには『重畳・重陽』や『慎重・丁重』などがあるが、右の語(注・ジュウと読む語)に比べて日常語からは少し離れているようである。ジュウともチョウとも読むものには『重出・重臣・重祚(ソ)・重任・重用・重来』などがあるが、これらは、現代語としては、ジュウの方が優勢である。そして、『ジュウ』と『チョウ』とで、意味の区別があるとは言えない。以上のようなことから、チョウフクは、伝統的な言い方、ジュウフクは、比較的新しい言い方と言うことができるであろう。NHKではチョウフクを使っている。なお、『重宝』とか『自重』とかのように、チョウと読むかジュウと読むかで、意味を異にする語もある。例えば『重宝な品物・重宝がられる』と、『伝家の重宝』、『自重してください』と、『自重一トン』などのようである。」
とありました。ここにも「重用」が、
「ジュウともチョウとも読むもの」
として出て来て、
「現代語としては、ジュウの方が優勢である。」
と記されていました。これは『言葉に関する問答集・第8集』に収められてものなので、
「昭和57年(1982年)3月」
に出たものです。
「重複」の場合は「チョーフク」が伝統的で、
「重用」の場合は「ジューヨー」が伝統的
ということのようですね。
なお、復刻版の大槻文彦『言海』(ちくま学芸文庫)には、
「じふやう」も「ちゃうやう」も
載っていませんでした。
この『言海』は、「明治22年(1889年)5月15日」に刊行された『言海』(628刷!!!:昭和6年=1931年3月15日刊)を底本としているそうです。