新・読書日記 2015_175
『戦争と読書~水木しげる出征前手記』(水木しげる・荒俣宏、角川新書:2015、9、10)
亡くなった水木しげるさん。亡くなる前に購入して読みさしになっていたが、これを機に一気に読んだ。
「死」と向き合う前に「時代」と向き合っていた若き日の水木さんが、如何に真剣に「よりよく生きる」ことを考えていたか、がその日記によってよく分かった。昨今の「反知性主義」とは全く逆の「知性主義」に生きていたと思われる当時の若者たち。
水木さんの笑いは非常に「シニカル」だ。「ゲゲゲの鬼多郎」や「妖怪」という世界を描いたのも、人間界に妖怪がたくさんいたからではないか。また、「この世」と「あの世」の境界線を自由に行き来できたからではないか。
数年前、天皇陛下主催の園遊会だったかに水木さんが招待された映像が、亡くなった後に「ミヤネ屋」でも流れたが、園遊会後に「天皇陛下は、どんなお話をされましたか?」とインタビュアーに聞かれた水木さん、その前に流れた映像では、天皇陛下に「漫画を描くのは大変ですか?」と聞かれて「ええ、とても大変です」話していたにもかかわらず、「天皇陛下は、何も話されませんでした」と答えていました。水木さん一流の「おとぼけ」だと、その時は思ったのですが、後でこの本を読んでから考えが変わりました。水木さんが考えている「天皇陛下」は「昭和天皇」であり、「今上天皇ではない」のではないか。だって、水木さんを戦場に送り出したのは「昭和天皇の名において」ですから、左腕を失ったことも、またその後、妖怪漫画で一家を成したのも、全て「昭和天皇」から始まると考えているのではないか。水木さんにとって「天皇=昭和天皇」なのです。だから「天皇陛下と何を話されましたか?」と聞かれて、
「(昭和)天皇は何も話していない」
と正直に答えたのではないかな?というように感じたのでした。