新・読書日記 2015_123
『八紘一宇~日本全体を突き動かした宗教思想の正体』(島田裕巳、幻冬舎新書:2015、7、30)
自民党の三原じゅん子参議院議員が、2015年3月16日の予算委員会で突如として口にした「八紘一宇」という言葉。国際的な租税回避問題についての質問の中で「世界が一家族のように睦み合う」との意味で用いたというが、そもそもこの言葉は「大東亜戦争」のスローガンとして使われた「過去」がある。
由来は『日本書紀』にあり、神武天皇が奈良・橿原に都を定めた際に「八紘(あめのした)をおおいて宇(いえ)と為(なさ)ん」と語ったことによるという。「八紘」は、中国の思想書「淮南子(えなんじ)」に出て来る言葉で、「地の果て」を意味し、転じて「天下」「全世界」を指す。これを基に、国家主義的宗教団体「国柱会」の創設者・田中智学が造語した。
田中智学とはどんな人物であったか?そのあたりは、第1章に詳しく書いてある。
宮崎市の平和台公園には「八紘一宇」という文字が刻まれた「平和の塔」がある。三原議員が「八紘一宇」を口にした際に、麻生副総理も「宮崎にある平和の塔に刻まれた文字」のことに言及していた。この塔の設計者は「日名子実三(ひなご・じつぞう)」なのだという・・・と、言われても、普通はその名を知らないのではないか?私は20年ほど前のJリーグ発足時に、日本サッカー協会の「八咫烏(やたがらす)のマーク」について調べたことがあり、その際にこの「日名子実三」という名前を目にしたことがあった。(昭和6年に「八咫烏」のマークを作った人として)が、どんな人であるか詳しくは知らなかった。「八紘一宇の塔」と繋がりがあったとは・・・。「八咫烏」「八紘一宇」、共に「八」が付くな。
しかし「無謀な戦争のスローガン」だった「八紘一宇」の文字が見逃されるはずはなく、1946年GHQは、軍国主義の象徴だとしてこの文字を削るよう命じた。ところが、なぜか、20年も経たない1965年に「八紘一宇」の文字が復元されている。
「世界が一家のように仲睦まじく」と願うことに問題はない。問題は「その手段」であり、「過去の失敗の歴史から何を学んでいるか」なのである。「平和のためなら戦争も辞さない」構えでは、「本当の平和は確立できない」のである。
本書では、田中智学の日蓮主義と国体論、日蓮宗を通じての田中智学と宮沢賢治との関係、石原莞爾、北一輝といった人の名前も出て来る。実に「そうだったのか!」と思わされる一冊である。