新・ことば事情
5656「『ISIS』と『ISIL』」
日本人・2人の人質を取っている「イスラム国」は、「国」と名乗ってはいますが、いわゆる「国」ではなく「テロ組織」「過激派」です。そのことは「平成ことば事情5605『イスラム国』」に書きました。
その「イスラム国」は、以前は、
「ISIS」
と名乗っていました。これは、
「Islamic State of Iraq and al-Sham」
の頭文字を取ったもので、
「イラクと大シリアのイスラム国」
と訳されます。(『現代用語の基礎知識2015』より)
そして2014年6月からは、
「イスラム国(IS=Islamic State)」
と名乗るようになりました。
しかし、「ミヤネ屋」のスタッフによると、アメリカ・オバマ大統領や国連、そして安倍総理大臣は、
「ISIL」
と呼んでいるようなのです。これは『現代用語の基礎知識』にも載っていません。調べて見ると、2014年9月12日のCNNの日本語サイトに、
『「イスラム国」「ISIS」「ISIL」の違いは?』
というのがありました。それによると、
「イスラム教スンニ派過激組織『イスラム国(ISIS)』はもともと、2004年に故アブムサブ・ザルカウィ容疑者がイラクで立ち上げた国際テロ組織アルカイダの分派だった。」
とあり、ザルカウィ容疑者が2006年6月に米軍の攻撃で死亡したあと後継者となったアブアイユーブ・マスリ指導者が、数か月後に、『イラクのイスラム国(ISI)』の創設を発表したと。さらに「ISI」は2013年4月、シリアのアルカイダ系武装組織である「ヌスラ戦線」を統合し、ヌスラ戦線の指導者アブバクル・バグダディ容疑者が、
「組織は今後『イラクとレバント(またはシャム)のイスラム国」と呼ばれるようになるだろう』
と発言し、これが現在の同組織の呼称を巡る混乱のもとになっている、と記されていました。以下要約し転載。
【ISIL】=「イラクとレバントのイスラム国」
(Islamic State in Iraq and the Levant)」
オバマ米大統領や国連、一部の報道機関がこの組織を指すのに使っているのが「ISIL」。CNNのエリーゼ・ラボット特派員の分析では、米政府がこの呼び方を使う理由は、
① 組織がイラクやシリア以外の国への拡大を視野に入れているとみられること。
② 米政府はカリフ制イスラム国家を設立するという組織の計画を認めない立場を取っている。
コロンビア大学のラシッド・カリディ教授(シリア史)によれば、「シャム」はトルコからシリア、エジプト、パレスチナやヨルダン、レバノンを含むもっと広い地域を指すという。
【ISIS】=「イラクとシャムのイスラム国」
「The Islamic State in Iraq and al-Sham」
CNNでは「イラク・シリア・イスラム国」の略として「ISIS」を採用している。アラビア語で「シャム」は、レバント、シリア、大シリア、場合によってはダマスカスのいずれの意味にも取れるとされる。
【イスラム国】=「Islamic State」。
国境を越えたカリフ制国家を作りたいという彼らの意思を正確に表した言葉。彼らがインターネットで公開した動画では、単に「国家(ダウラ)」と表現している。
【DAIISH】
アラビア語の組織名(アラビア語でal-Dawla al-Islamiya fi Iraq wa al-Sham)をアルファベットで音写した頭文字をつなげたもの。アラブ世界の報道機関や政治家はよく使う。ただし、DAIISHには否定的なニュアンスがあり、反対派の人々が使う呼び名。組織側はこの呼称に異議を唱えているという。
ここに出て来た、
「レバント」(地中海の東部沿岸地方)
って、世界史に出て来たあの、
「レパントの海戦」(1517年)
の「レパント」ですかね?似てるな。でも「パ」と「バ」、違うのかな?
地図を見たら、もしかしたらそうかもしれません。その辺りまでの支配を考えていると見るかどうか。その辺りで、名称が違うのかもしれないと思いました。
また、池内恵さんの『イスラーム国の衝撃』(文春新書)を読んでいたら、「イスラム国」には、これまでに「6つの名前の変遷」があったと書かれていました。それは、
(1)1999年~2004年10月
「タウヒードとジハード団」
(2)2004年10月~2006年1月
「二つの大河の地のジハードの基地団」
(3)2006年1月~10月
「イラク・ムジャヒディーン諮問評議会」
(4)2006年10月2013年4月
「イラク・イスラ(―)ム国」
(5)2013年4月~2014年6月
「イラクとシャームのイスラ(ー)ム国」
(6)2014年6月~
「イスラ(ー)ム国」
で、「ISIS」あるいは{ISIL}は(5)の段階を指します。著者の池内さんは、
「米政府が『ISIL』を用いることもあって、日本ではそれに追随する場合も多い」
と記しています。
その、(5)の中に出てくる「シャーム」については、
「アラブ世界の歴史的な塵概念で、東地中海沿岸地方から内陸部にかけて、げんざいのシリア・レバノン・ヨルダン・パレスチナを含む広い範囲を指す。近代英語への訳語としては、『拡大シリア(Greater Syria)』が最も厳密である。(中略)欧米語では『シャーム』にある程度重なる地域を『レバント(the Levant)』と呼ぶため、al-Sham の英訳語にthe Levant を充てられることがある。しかし『レバント』という呼び方は、欧米側の視点からの物で植民地主義的な意味合いが感じられる場合もある。」
そして、
「『ISIS』とするにせよ、『ISIL』にするにせよ、欧米側では the Islamic Stateの部分を極力発語せずに略称でのみ呼ぼうとする傾向がある。この組織が『イスラーム』を代表する者ではなく、『国家』としても承認しえないという意思表明なのだろう。アタブ諸国の政府やメディアも『シスラーム国』が『イスラーム的』でも『国家』でもないと主張するために、アラビア語の頭文字をつうないだ略称『ダーイシュ』で呼ぶことが多いが、「イスラーム国」への共鳴者はこの語を強く忌避する」
とありました。これは私たち日本のメディアでも、
「『イスラム国』は、国ではない」
ことを示すために、必ず「カギカッコを付けて」、
「イスラム国」
としているのと同じですね。気付いている人は、少ないかもしれませんが。
ちなみに「『国家』の成立の3要素」を確認しておくと、
(1)国民
(2)国土(領土)
(3)政府(統治組織)
ですね。
(追記)
「国家の3要素」を書きましたが、それに加えて、
(4)他国からの承認
も、国際社会においては必要だと思います。「国家の4要素」ですね。
また、1月26日に「自民党」は、
「今後『イスラム国』ではなく『ISIL』と呼称する」
という方針を決めました。谷垣幹事長はその理由について、
「『イスラム国』と呼ぶと独立国家として承認している印象を与えかねないため」
と話しています。
また日本テレビも、ニュースの「冒頭」で一回は、
「イスラム過激派組織『イスラム国』」
という言い方にすることになりました。読売テレビも、NNN系列なのでそれに倣います。
(2015、1、27)
(追記2)
1月29日、安倍首相は衆院予算委員会での答弁で、「ISIL」を、
「アイシル」
と発音していました。
(2015、1、30)