新・ことば事情
5636「生絹」
クレジットカードの会員誌『AGORA』の2015年1&2月号を読んでいたら、吉岡幸雄さんという人のコラム「男たちの色彩」で「生糸」のことについて書かれていました。
そこに、
「生絹」
という言葉が出て来たのですが、この言葉には、
「すずし」
とルビを振られていました。初めて見た言葉です。
「なまぎぬ」
ではないのですね!『広辞苑』を引いてみたら、載っていました。
「すずし【生絹】」=生糸(きいと)の織物で、練っていないもの。軽く薄くて紗(しゃ)に似る。⇔「練絹(ねりぎぬ)」
とありました。1603年に編まれた『日葡辞書』には、
「ススシ」
と濁らずに載っているようです。反対語として記されている「練絹」も引いてみましょう。
「ねりぎぬ【練絹】」=(古くは「ねりきぬ」か)生織物を精錬して柔軟性と光沢を持たせた絹布。
「生絹」は、『三省堂国語辞典』には載っていませんでしたが、『新明解国語辞典』には載っていました。
思うに、軽工業である「繊維関連」の言葉は、明治から戦前までは日本を代表する産業であったために、それに伴う言葉は漢字もよく使われ、目にする機会も多かったのでしょう。しかし、戦後の重工業中心の高度経済成長下では、次第に接する機会が減って来たということが、辞書の採用語からもうかがえます。生きの良い言葉を採用することで知られる『三省堂国語辞典』は、限られた紙面でそれを達成するために、古い言葉は落としている(不採用にする)面があるのでしょう。
ちなみに、2010年の常用漢字の改定で、それまでの常用漢字から外れた「5つ」の漢字は、
「勺」「銑」「錘」「脹」「匁」
です。このうち「錘」は、
「紡錘」
で使われる漢字ですが、意味は、
「紡錘」=糸を紡ぐ機械の部品。
ですから「繊維関連」の言葉ですね。
また、「銑」は「銑鉄」、つまり「製鉄関連」の言葉ですね。「脹」も「膨脹」ですから、「製鉄」に関係あると言ってもいいでしょう。
残りの「勺」と「匁」は「尺貫法」の「基準単位」ですね。
かつては生活に密着していた言葉が、静かに表舞台から引退して行っているような気がしました。