新・ことば事情
5508「降りてまいります」
今からちょうど60年前の1954(昭和29)年に製作された映画『ゴジラ』のデジタル・リマスター版を見ていたら、最後の場面で私のアナウンスの先生(入社前の研修期間の)である、元・TBSアナウンサーの故・池谷三郎先生が実況している場面が出て来ました。
「池谷先生は『ゴジラ』に出ている」
という話は、研修中(つまり30年前)から聞いていましたが、実際に見るのは実は初めて!とっても感銘深く見ました。
その池谷アナウンサーのセリフの一つに、こういうものがありました。
「只今、芹沢博士は静かに降りてまいります」
本来「参ります」は「謙譲語」ですから、自立動詞としては、
「私がお届けに参ります」
となりますし、補助動詞的に使う場合も
「今後も精進してまいります」
のように「自分を主語」として使います。しかし、ここでの主語は「芹沢博士」で、しゃべっている本人ではないので、この「参ります」は、
「丁寧語」
として使われているように思います。
私も参加している日本新聞協会新聞用語懇談会放送分科会が、10年前の2004年にまとめた冊子『放送で気になる言葉・敬語編』の29ページには、競技場での実況で
「○○選手が入ってまいりました」
という言葉について書かれています。これは「あまり適切な表現ではない」ということで、「適切な表現」としては、
「国立競技場に○○選手が入って来ました」
となっています。「解説」には、
「『まいる』は『来る』の謙譲語なので、『○○選手が入ってきました 』でよい。選手団や電車が入って来た場合などに丁重表現として使われているから誤りではないが、乱用は避けたい。主語が高い尊敬を必要とする人物の場合は誤りとなる。」
とあります。つまり、
「誤りではないが、乱用は避けたい」
という立場のようです。
「芹沢博士」は若い学者ですが、ゴジラを倒すために自らの命を賭して最終兵器を操作するという場面なので、ここでいう、
「高い尊敬を必要とする人物」
にあたるのではないか?そう考えると、この「降りてまいりました」は(10年前から現在の基準でいうと)「誤り」かもしれません。
しかし『ゴジラ』撮影・公開時点の60年前は、ごく普通の表現であったのではないでしょうかね。
30年前にアナウンスを教わった先生の、60年前の出演場面を見ていろいろと勉強させて頂くというのは、貴重な体験となりました。合掌。