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『道浦TIME』

新・読書日記 2013_161

2013読書日記161『神の雫39』(作・亜樹直、画・オキモトシュウ、講談社:2013、9、20第1刷り)

ご存知、ワインの漫画です。第十一の使徒・スペイン編が、あっけなく終了。なんと第十二番目の使徒は「日本のワイン」!確かに、最近日本のワインの実力は上がって来ているらしい。つい先日、東京駅の中にある、山形・米沢牛を食わせる店で出された米沢ワインの赤は、お肉にも合い美味しかった。そういえば、兵庫・丹波ワインもおいしい。コストパフォーマンスはそれほど高くはないのかもしれないが、おいしいのは間違いない。そのあたり、今後、注目ですね!


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(2013、9、27読了)

2013年9月30日 18:07 | コメント (0)

新・読書日記 2013_160

『そして、人生はつづく』(川本三郎、平凡社:2013、1、11)

著者は数年前、妻に先立たれた。まだ60代だが、その筆には「老い」を感じる。

妻を亡くしても、なお「人生」は続く。表紙の絵の「駅」は、「人生」を「鉄道の旅」に例えているような感じだ。

これは、連載エッセイをまとめたものだが、その途中で「3.11」を迎えた。「3.11」前後で、どう著者の気持ちは変わったのかを読み取れる。

なんか、小林信彦のエッセイと似ているような気もするが、ちょっと違う感じもする。年齢はおそらく小林の方が10歳ぐらい上だと思うが。


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(2013、9、7読了)

2013年9月30日 12:30 | コメント (0)

新・読書日記 2013_158

『地名に隠された「南海地震」』(谷川彰英、講談社+α新書:2013、3、19第1刷・2013、6、6第2刷)

今年の夏休み中に読み終えた一冊。「地名」に、津波などの「自然災害の記録」が残されていると主張する著者。「地名は先人からのメッセージである」と。たとえば「浦・津・川・浜」が付く地名は「水害」に遭ったことがある場所だと。たしかに、そうかもしれないなあ。そして、そういった災害に実際に遭遇した場合に「どこへ逃げるのか?」も地名には示されているのだと。まず「街道」。昔から、そういった水害にさらされない場所が街道になっているという。「東海道」では、名古屋近辺では「街道」足りうる土地(宿場町となりうる安全な場所・高台)がなかったので、桑名までは「海路」が「五十三次のルート」になっていたのだという。また、各地にある「神社」も、安全な場所に設置されているという。そして各地の「津波碑」にも注目すべきだと指摘。さらに、地名と地形から見る原発の危険度にもページを割いている。「山辺」は動かないのに「海辺」は常に動いてきた。個々に注目すると「津波対策」が見えて来ると主張している。

 


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(2013、8、15読了)

2013年9月24日 12:11 | コメント (0)

新・読書日記 2013_159

『この地名が危ない~大地震・大津波があなたの町を襲う』(楠原佑介、幻冬舎:2011、12、20第1刷・2012、1、15第2刷)

 

これも今年の夏休み中に読んだ本。著者は、出版種勤務の後に、編集・評論、著述活動に入ったいわば「市井の学者さん」と言える方のようである。

『地名に隠された「南海地震」』(谷川彰英、講談社+α新書)と同じく、「地名には災害の歴史が記されている」という主張。目次を見ると、「原発は津波城主内に建設された」「地名が教えていた東日本大津波」「地名は災害の記録である」「災害にはキーワード地名がある」「災害危険地帯の地名を検証する」という具合で、何が書かれているかは、大体おわかりでしょう。具体的にどこがどうなのか、というのは、本書をお読みください。

☆4つ


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(2013、8、11読了)

2013年9月24日 12:05 | コメント (0)

新・ことば事情

5239「『ゆすぎ』と『すすぎ』」

 

ふと、思いました。

「ゆすぎ」と「すすぎ」の違いはなんだろうか?と。

この名詞の元の形(動詞)は「ゆすぐ」と「すすぐ」ですので、その違いを見てみましょう。『広辞苑』では、

*「ゆすぐ」=水の中で物を揺り動かして、よごれをとる。また、中の水を何度も揺り動かして洗う。ざっと洗う。すすぐ。

*「すすぐ」=(1)水で洗い清める。(2)口をゆすぐ。うがいする。穢れをきよめる。(4)汚名を除き払う。

 

一方、『精選版日本国語大辞典』では、

*「ゆすぐ」=ゆり動かして洗う。ざっと洗う。いすぐ。

*「すすぐ」(1)水をかけて汚れを流す。水で清める。水できれいに洗う。(2)口中をゆすぐ。口の中を洗い清める。嗽をする。くちすすぐ。(3)けがれた心や世の中などを清める。不浄を除き去る。(4)汚名を除き払う。身の恥をはらす。

 

ということで、「すすぐ」の方が意味が多いですね。用例も「すすぐ」は10世紀ごろから載っていますが、「ゆすぐ」は17世紀末。700年ぐらいの差があり「すすぐ」の方が古いのですね。

意味の上では重なる部分もありますから、もしかしたら「すすぐ」からのちに派生して「ゆすぐ」という言葉が生まれたのかもしれませんね。

「ゆりすすぐ」が「ゆすぐ」になったのかも・・・と思いました。

(2013、9、19)

2013年9月23日 16:26 | コメント (0)

新・読書日記 2013_157

『代官山コールドケース』(佐々木譲、文藝春秋:2013、8、30)

 

佐々木譲の最新刊。「コールドケース」というのは「冷たい容器」ではなく、「凍結された事件」つまり、迷宮入りとか未解決事件のことを指すようである。17年前に起きた殺人事件、容疑者と目される男が"自殺"とみられる死に方をして、"被疑者死亡"のまま「一件落着」と見られていた。しかし、17年後に起きた殺人事件の現場で、17年前の殺人事件現場と同じDNAが検出された。ということは、あの事件の犯人は死んでいなかった?連続殺人事件か?神奈川県警とメンツをかけて先に解決しなくてはならない警視庁。しかし、表立った動きはダメ、捜査体制も最小限の2人組プラスアルファ・・・究極に追い詰められた中での密度の濃い捜査が、500ページ近い物語を、一気に読ませた。

 


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(2013、9、9読了)

2013年9月20日 12:25 | コメント (0)

新・読書日記 2013_156

『永続敗戦論~戦後日本の核心』(白井聡、太田出版:2013、3、27初版・2013、8、17第4刷)

 

一部で(?)話題の本。ことしの3月27日に出て、8月17日で4刷。じわじわ、売れている感じかな。あまり部数を刷っていないのか、話題になっている割には、小さめの本屋さんの店頭では、なかなかお目にかからなかった。

1977年生まれの著者は、早稲田の政治学科卒。お、後輩だ。最後のほうに、わたしのゼミの先生である故・河原宏先生の名前も出て来たので、「おや?ゼミの後輩かな?」と思ったら、どうやらそれは違ったようだ。でも白井・前総長の息子さんらしい。

後輩に借りて読んだ竹田恒㤗さんの本『日本人の原点がわかる「国体」の授業』(PHP:2013、8、7)には、日本の「国体」は「天皇」と書かれていたが、この本で著者は、

「天皇にとって安保体制こそが戦後の『国体』として位置づけられはずなのである。そしてこのとき、永続敗戦は『戦後の国体』そのものとなった」

と記している。

「永続敗戦」とは何か?うーん、わかりやすい言葉で端的に言うと、

「アメリカの属国化」

かなあ・・・。「終戦」だと、「戦争は終わり」で「けじめ」が付くが、未だに「敗戦」を背負い続けている。一見「独立」しているように見えて、「真の独立」はなしえていない、ということか。


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(2013、9、4読了)

2013年9月19日 19:13 | コメント (0)

新・読書日記 2013_155

『日本サッカーに捧げた両足~真実のJリーグ創世記』(木之本興三、ヨシモトブックス:2013、7、13)

サブタイトルは「真実のJリーグ創世記」となっていて、確かにそうなんだけれども、私がサブタイトルを付けるとしたら、「愛すべきサッカーバカ一代記」という感じです。

木之本さんの名前は、昔サッカーの取材をしていたころにはよく目にしたように思うし、たぶん、スタジアムですれ違ったりしていたのではないかと思う。こちらもサッカー取材をしなくなったので、目にしなくなったのだと思っていた。ところが・・・Jリーグ専務理事にまでなった男が、こんな人生を歩んでいたなんて、知らなかった。

帯の言葉は、「Jリーグ創設、日本代表W杯出場の立役者が初めて明かす『真実』」。

1949年1月生まれ、いわゆる「団塊の世代」になりますね。東京教育大学から古河電工に進み、あの「赤き血のイレブン」のモデル永井良和の先輩で、上司は川淵三郎。日本サッカー界の「中心」を歩んでいたはずだった。ところが・・・26歳の時(1975年6月)突如告げられた病名は「グッドパスチャー症候群」という、聞いたこともない病気。これで、腎臓を2つとも摘出する手術を受けて、人工透析を必要とする体に。実は、Jリーグ創設に向けて一番活躍するのは、そんな大変な状況の中でだった。

そして2002年6月、日韓ワールドカップの決勝トーナメントに進出した宮城でのトルコ戦、敗戦後、右足が"爆発"する。激しい痛み。「バージャー病」という、これも聞いたこともない病だった。「振り返ると両足で大地をしっかりと踏みしめ、元気に歩き回れたのは、日本中が異様な熱気に包まれた2002年日韓ワールドカップの日々が最後だった。これも何かの運命だったのだろう。」

2007年7月に右足の切断手術を受け、その後左足も失う・・・。

タイトルの示す衝撃的な意味が、ここでわかる。

元気に歩き回ることはできなくなっても、木之元さんはサッカーに携わる仕事を、今も続けている。真に「サッカーバカ・一代記」であると思う。


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(2013、7、27読了)

2013年9月19日 12:11 | コメント (0)

新・読書日記 2013_154

『面白いけど笑えない中国の話』(竹田恒泰、ビジネス社:2013、7、19第1刷・2013、8、1第2刷)

 

サブタイトルは「『竹田恒泰チャンネル』を本にしてみた!」ということで、ニコニコ動画でやっている人気番組を本にしたと。ニコ動の「ことばのことばかり」のライバルだ!(笑)。去年の11月から番組は始まって、毎週2万人以上が見ているそうです。すごいですね。

もちろん、この本も、後輩から借りて読んでいるものです(笑)。

最初に読んだ講演録の本は、買ってまで読もうとは思わないものだったけど、こちらは、「ちょっと、買ってもいいかな」と思わせるところもありました。新聞記事を元にそれにコメントを加えていくという形式で、分量も多いですし。ただ、相変わらず品がない。下品な物言いには辟易としました。「終章」と「あとがき」は、大袈裟な"パッフォーマンス"がほとんどなく、「等身大」の著者の言葉が書かれているようで、落ち着いて読めました。すでに200回以上中国を訪れているという著者、それはすごいなあ。


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(2013、9、17読了)

2013年9月18日 22:11 | コメント (0)

新・読書日記 2013_153

『日本人の原点がわかる「国体」の授業』(竹田恒㤗、PHP:2013、8、7)

 

本当は、この人の本を読む気はなかった。テレビで見聞きする限り、あまり好きではないから。でも、読まずにそんなことを言うのもなんなので読もうかなと。でも買うのはちょっと・・・と思っていたら、後輩が「いやあ、良かったです、この本、勉強になりました」と言うので、「じゃあ、貸して」と、借りて読んだ。

著者は1975年生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫(やしゃご)にあたるそうだ。慶應義塾大学の法学部法律学科卒業。

これは松下政経塾で去年11月に講義した時の講義録が本になったもの。その分、文章も話し言葉っぽくて読みやすい、軽い本。松下政経塾→PHPか。松下政経塾の塾生は、こんな講義を、ふんふんと聞いていたのかなあ・・・。

なんて言うのかなあ・・・基本的に話している内容が、橋下大阪市長的な感じがする。「はったり」をかますのが好き。万が一間違ったことを言っても「あ、それは勘違いでした」で済まそうとする「軽さ」を感じる。実際、かなり矛盾した内容が出て来ている。たとえば「日本は歴史上一度も『君(天皇)』と『民』が対立関係に入ったことはありません」(114ページ)とあるが、じゃあ「西南の役」は?「鳥羽伏見の戦い」は?「白虎隊」は?「五稜郭の戦い」は?「幕府」は「天皇」にさからったのではないのか?また、「南朝」と「北朝」はどのように位置づけるの?そして「明治維新から現在までの間で、天皇が国策を最終的に決定したのは一度だけです。(中略)ポツダム宣言の受諾を決定なさったときだけです」(117ぺ―ジ)。本当?「終戦」を決定したのであれば「開戦」も決定しているのでは?日清・日露戦争は?・・・と疑問が次から次に出て来る。(松下政経塾の聴講者は、質問をしなかったのか?)というふうに、著者が「事実」と決めつけている内容が、どう考えても普通は「え?それは違うでしょ」ということがいくつかある。「日本史」を選択していなかった私でも、これぐらいの疑問は出て来る。それをあたかも「既定事実」のように話す。これって「政治家的」「啖呵売的」な話し方の特徴であり、「学者の言葉」ではない。落ち着いて読めない。

そのほか印象に残ったのは、「国体」はその国によって違うと。フランスは「平等」、アメリカは「自由」、そして日本は「天皇」が「国体」なのだという話。なるほど、わかりやすい。でも、ちょっとおおざっぱと言うか、乱暴な決めつけのように思う。この本の前に読んだ『永続敗戦論』(白井聡)だと「戦後の国体」は「日米安保体制」であったと書かれている。そして、「3.11」以降、我々が「国体=各人が自らの命をかけても護るべきもの」を真に見出さなくてはならず、「伊藤博文らによる発明品としての『国体』」は「我々の知的および倫理的怠惰を燃料としている」と記していた。それを読むと、ねえ・・・講演の文章なので仕方がないけど、やや深みが足りない。もう少し突っ込んだ話を読みたかったなあという気がした。


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(2013、9、13読了)

2013年9月18日 19:09 | コメント (0)

新・読書日記 2013_152

『法廷は言葉の教室や!~傍聴センセイ裁判録』(札埜和男、大修館書店:2013、7、1)

 

今回で6回目となるニコニコ動画「道浦俊彦のことばのことばかり」で、9月24日(火)19時からの回で、初めてゲストを呼ぶことになった。そのゲストが札埜先生。出演を快諾して頂いた上に、ご高著(新著)をプレゼントしてもらった。ありがとうございます!

札埜先生は高校の先生をやりながら大阪大学の大学院に通われて、社会言語学の博士号を取られた。その博士論文をまとめた本を、私も今年の初めに読ませてもらった。(2013読書日記042『法廷における方言~「臨床ことば学」の立場から』(札埜和男、和泉書院:2012、12、15)

同じように、その発表を聞いて「一般向けに本を書きませんか?」と大修館書店の編集者さんが勧めてくれて生まれたのがこの本。ということで、より具体的に、より一般的にわかりやすく、法廷における「方言」の実態とその戦略的使われ方の実例を紹介した本だと言えるだろう。だから、興味深い。おもしろい。法廷で使われる言語は「日本語」と決められているが、では「方言」は「日本語」なのか?「国語」の概念や、方言とその使い手の生活といったことにまで考えは広がっていく好著だと思いました。札埜センセイ、24日、よろしくお願いしますね!


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(2013、9、13読了)

2013年9月16日 17:42 | コメント (0)

新・読書日記 2013_151

『輝ける闇』(開高健、新潮文庫:1982、10、25初版・2005、7、10第27刷)

 

30年で27刷のロングセラー、さすが開高健。でも何冊か家にある「開高健」の本だが、ちゃんと読み通したものはなかった、今回、夏休みにベトナム(ホーチミン)へ行ったこと、そこで宿まったホテルが、たまたま昔、開高健が泊まったホテルだった。まあ、そういった事もあって、改めて読んでみようかなと言う気になった。2013読書日記141で書いた『開高健名言事典 漂えど沈まず~巨匠が愛した名句・警句・冗句200選』(滝田誠一郎、小学館:2013、6、3第1刷・2013、7、1第2刷)も、そういった流れで読んだ。そこに出て来た「水牛と蚊」の話、この『輝ける闇』に出て来た。この本は、読み始めて読み通すのに、1か月かかってしまいました。

開高の印象的な表現、これはすごい「畳み掛け」だった。

「或る哲学者の悲痛な饒舌に私は従いたい。人びとは資格も知識も徳もない輩によって、きびしく監視され、検査され、スパイされ、指揮され、法律をつくられ、規制され、枠にはめられ、教育され、説教され、吟味され、評価され、判定され、難詰され、断罪された。取引きや売買、物価変動のたびに、書取られ、登録され、調査され、料金をきめられ、捺印され、測定され、税の査定をされ、賦課され、免許され、認可され、許可され、但書をつけられ、説諭され、邪魔され、改善させられ、矯正させられ、訂正された、公共の福祉という口実、全体の利益の名において、利用され、訓練され、強奪され、搾取され、独占され、着服され、税を絞られ、だまされ、盗まれ、そして反抗の兆しでも見せたり、少しでも嘆こうものなら、抑圧され、改心させられ、蔑視され、怒られ、追いつめられ、こづかれ、殴り倒され、武器をとりあげられ、縛られ、投獄され、銃殺され、機関銃で掃射され、裁かれ、罪を宣告され、流刑にされ、生贄とされ、売られ、裏切られ、なおそのうえにもてあそばれ、冷笑され、侮辱され、名誉を汚されたのだった。」

圧倒的なことばの機関銃は、「独裁の暴政と虐殺」に対して向けられたものである。

(コブクロの「永遠にともに」を思い出した。あれは全く逆の「めでたいパターン」ではあったが。)


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(2013、9、14読了)

2013年9月16日 11:40 | コメント (0)

新・ことば事情

5238「コンセントとプラグ」

 

きのう(8月20日)のニュースの中の、大阪で高齢者が2人が室内で死んでいたという件で、エアコンの、

「コンセントが抜けていた」

と、各社伝えていました。読売テレビでは、

「電源プラグが抜けていた」

と伝えました。本来「コンセント」とは、

「プラグの差込口」

であり、抜けていたのは、

「電源プラグ」

ですよね?しかし、一般的には「プラグ」のことも「コンセント」と言うと思います。

の一般的な使い方は、放送でも「許容」とされているのでしょうか?

それとも、やはり放送では「プラグ」と使うべきなのでしょうか?

この件について各社の知り合いに、個人的な意見を聴いてみると、

(NHK)NHKのニュースでも、「プラグ」の意味で「コンセント」を使っています。過去の原稿で「プラグをコンセントから抜いて・・・」としたものもありましたが、ほとんどは「コンセントを抜く」になっています。「日本語的な表現」ということでしょうか。なお「コンセント」自体「和製語」で、英語では「outlet(アウトレット)」です。

(KTV)調べたところ、初報は「コンセント」で出稿していました。「コンセントを抜く」という使われ方もなくはないものの、ニュース原稿にはふさわしくなかったと考えます。

(ABC)弊社のテレビニュース原稿を確認したところ、「電源プラグが・・・」となっていました。(8月20日夕方ニュース)ただ、用語として決めているわけではないようです。 一般的には「コンセント」の方が通用しているでしょうから、「伝わりやすさ」で考えれば、「誤用とはいえ、報道局として使うことを排除しない」という考えのようです。

というようなメールが返ってきました。

読売テレビも、今回は「電源プラグ」としたものの、「コンセントを抜く」という表現を使っていないとは言い切れないのではないかと思います。あまり意識していませんでした。

『精選版日本国語大辞典』「コンセント」を引くと、

「コンセント」(和製英語)電器敗戦の末端に設ける、プラグの差込口。また、その器具。(電気工学ポケットブック【1928】)

とあり、「語誌」には、

(1) 大正の末頃、プラグと差込口を組んだものをコンセントプラグと呼んでいたが、東京電燈会社に務(ママ)めていた小林薫が、同社の電気工事規定である内線規程(第二版)を起草するに際して、コンセントとプラグに分けたことから、専ら差込口をいうようになった。

(2) イギリスではwall socket, plug socket, アメリカではoutolet, receptacleという。

とありました。「東京電燈会社」と言えば、今の「東京電力」ですね。あそこの内規で「コンセント」と「プラグ」が分けられたのかあ。

また、私なんかが「ソケット」と聞いて思い出すのは、松下幸之助の、

「二又ソケット」

ですが。

(2013、9、6)

2013年9月15日 01:14 | コメント (0)

新・ことば事情

5237「パワイ」

大阪府枚方市にある遊園地「ひらかたパーク」と言えば、

「ひらパー」

の愛称で有名です(少なくとも関西では)。その「ひらパー」のポスター、夏の間は、新しいひらパー兄さん(PRキャラクター。これまではブラックマヨネーズの・・・えーっと小杉さんでした)になった岡田准一さんがプールサイドに座った写真に、

「パワイ」

の文字。「ヒラパー」の「パ」で、「ハワイ」とかけて、

「電車で17分で行ける『ハワイ』」

というのが「売り言葉」でしたが、今週からポスターが、プールから変わりました。

終わったのね、夏。

「秋、来ぬと目にはさやかにみえねども、、、」

って、目に見えてるじゃん、ポスター。

東日本大震災から、きょうで2年半です。

2013年9月13日 18:47 | コメント (0)

新・読書日記 2013_150

『終わりと始まり』(池澤夏樹、朝日新聞出版:2013、7、30)

 

著者は、現代日本を代表する「知の巨人」の一人ではないかと私は思っている。特に東日本大震災以降、精力的に執筆活動を続けているように感じる。このコラムは、朝日新聞に2009年4月から2013年4月まで、朝日新聞で月1回連載されたものをまとめたもの。つまり「3、11」をはさんだ「前後」の連載であるだけに、書き手の信情の変化なども見て取れる。「月1」という「定点観測」だとも言える。

タイトルは、よく見ないと間違いがちだが、「終わり"の"始まり」ではなく、「終わり"と"始まり」。ポーランドの女性詩人・シンボルスカの詩「終わりと始まり」から取ったそうだ。何の「終わりと始まり」かと言うと、「戦争」なのだそうだ。

「戦争が終わるたびに、

誰かが後片付けをしなければならない

物事がひとりでに 

片づいてくれるわけではないのだから」(沼野光義 訳)

おお、これを読んで今、思い出すのはまさに「シリア」ではないか?

イラク戦争(2003年3月)からちょうど10年、「大量破壊兵器などない」ことは、いくらあのブッシュJrでもわかっていたはずなのに、戦争に突入した背後には「軍需産業の介在」が指摘されることがある。ブッシュJrよりは「聡明」とされるオバマが、国内世論の60%という反対を押し切ってまでシリアへの「軍事介入」に踏み切るとしたら、その背景には何があるのか?

「"平和"とは"戦争と戦争の間の短い期間"」

という警句を聞いたことがあるのを思い出して、暗い気持ちになる。7年後に開催が決定した"平和の祭典・東京五輪"に沸くIOC総会の背後に蠢くものは・・・。

ここまで書いて数日、アメリカ・オバマ大統領は、外交的手段での解決を目指す方針を明らかにしました。

(☆4つ)


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(2013、8、25読了)

2013年9月12日 17:38 | コメント (0)

新・読書日記 2013_149

『アーサーの言の葉食堂』(アーサー・ビナード、アルク:2013、8、5)

 

前半のエッセイが、かなり厳しく直接的なものが目立つ。その後から後半の方が、のんびりした感じがするが、これは「3・11」より後と、前に書かれたという違いなのか?

一冊の本に連載エッセイをまとめる時、まとめ方によって本の印象がかなり変わると思った。当たり前だけど。

「外国人」の眼から見た「おかしな日本語」というのもたくさん取り上げられていて、「日本語」について、見開き2ページぐらいでいろいろな見方が出来る本。読みやすい。


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(2013、8、31読了)

2013年9月12日 12:33 | コメント (0)

新・ことば事情

5236「知人関係」

 

金沢で33歳の女性が殺された事件で、容疑者の女が逮捕されましたが、9月10日の日本テレビ「every.」で、この二人について、

「二人は知人関係にあったということで」

と言っていましたが、この、

「知人関係」

っておかしくないですか?

「知人」

でいいのではないでしょうか?

「内縁関係」

ならば問題はないですが、

「恋人関係」「友人関係」

というものも、

「恋人」「友人」

でいいのになあと感じましたが、いかがでしょうか?

(2013、9、10)

2013年9月11日 22:22 | コメント (0)

新・ことば事情

5235「よろしければご覧ください」

 

同僚の女性が、おいしいお肉のお店に行った時の話。

女性店員に、こう言われたそうです。

「こちらが飲み放題メニューになっております。よろしければご覧ください」

「よろしければ」って・・・

「メニューを見なかったら、注文できへんやろ!」

と店員を説教したそうですが。

最近確かに、「よろしければどうぞ」という店員のコメントをよく耳にする気がします。私がこの言葉を耳にするのは近くの「回転ずし屋」さん。

「お薦めの○○が入りました。よろしければどうぞ!」

「よろしければどうぞー!!」

店員全員で復唱します。その様子が面白いのか、小学3年生の娘は家でもよく口真似をして、

「よろしければどうぞー!」

おちょくった口調で言います。やはりなんとなく「おかしい言葉」なのですね。

「よろしければ」という言葉を付ければ、「丁寧な言葉になる」というようなマニュアルがあるのでしょうか?これも一種の「マニュアル敬語」なのかもしれませんね。

(2013、9、10)

2013年9月11日 17:11 | コメント (0)

新・読書日記 2013_148

『蘭印戦跡紀行~インドネシアに「日本」を見に行く』(内藤陽介、彩流社:2013、8、17)

 

おなじみ、切手学者・内藤陽介さんの本。また送っていただきました。ありがとうございます!それにしても今年は「マリ」の本をこないだ出されたばかりでは・・・と思って読んでみたら、「蘭印=オランダ領インドネシア」の戦跡巡りに行かれたのは「去年」のことらしい。それを今年まとめたと。

ご自分でも書いているが、単にインドネシアに行くのではなく「蘭印=戦中のインドネシアの面影を求めて」旅するというのは、まさに「漫遊記」ならぬ「漫"郵"記」である。それにしても、これだけ詳しく当時の歴史を記述しながら、実際にその歴史の跡を現在の現地でたどるという行為は、内藤さんの頭の中で広がっている"時空を超えた世界"が、どれだけ広い世界なんだ!?と驚きを禁じ得ない。

118ページに出て来た「ムラビ山」の絵葉書の写真、「これって、富士山じゃん!」と思った。「火山」が噴火した後の「山の形」というのは、どれもとてもよく似ているのだなあと感じた。


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(2013、8、25読了)

2013年9月11日 15:32 | コメント (0)

新・ことば事情

5234「かみつきザル」

 

9月9日の「ミヤネ屋」「250ニュース」にも出て来た、宮崎・日向市の

「かみつきザル」

ですが、

「カミツキガメ」

のように

「そういう種類の名前のサル」

ではなくて、

「人にかみつくという行為をしたサル」

のことを便宜上、そう呼んでいるので、「 」か" "を付けますね、普通は。「通称」だからね。それにしても、

「『種』の名前として『カミツキガメ』という名前が付いている」

「カミツキガメ」はすごいなあ。

(2013、9、9)

2013年9月11日 11:10 | コメント (0)

新・ことば事情

5233「ON」

 

オバマ大統領のシリアへの軍事介入に反対するアメリカの人たちのデモ行進。その際に手に持っている横断幕やプラカードに書かれた文字は、

NO  WAR  ON  SYRIA

とありました。ここで使われる前置詞は、

ON

なんですね、「IN」ではなく。

「シリアの上に」

襲いかかる軍事力というイメージなのでしょうか?

こういった英語の前置詞の使い方って難しいなあということも、改めて感じました。

(2013、9、9)

2013年9月10日 22:04 | コメント (0)

新・ことば事情

5232「神さびる」

 

川本三郎『そして、人生はつづく』(平凡社)を読んでいたら、

「ひなびた寺の方がかえって神さびて見える。」(158ページ)

という一文が出て来ました。この、

「神さびて」

が、わからない。『精選版日本国語大辞典』を引くと、載っていました。

「神さびる」=(1)神らしく行動する。神にふさわしい振る舞いをする。→かんさぶ。(2)神々しい様子を呈する。古色を帯びて神秘的な様子である。古めかしくおごそかである。(3)古風な趣がある。古めかしくなっている。年を経ている。(人間などが)老いている(4)古びて閑静な様を呈する。荒れてさびしい有様になる。」

とあり、さらに「語釈」には、

「『万葉集』では「かむさぶ」がふつうで、「かみさぶ」は挙例が唯一の例である。「かみ(神)の「み」に「美」が用いられるのは上代の特殊仮名遣としても異例。防人の歌でもあり、東国形共考えられる。」

とありました。ふーん。

(2013、9、5)

2013年9月10日 19:02 | コメント (0)

新・ことば事情

5231「お・も・て・な・し」

 

2020年、東京オリンピック開催が決まりました!

私個人は、決まるまでは、それほど盛り上がっていなかったのですが、開催が決まるとやはりうれしいですね。それと「あと7年」という期限を区切っての東日本大震災からの復興という使命を、国際的に約束したのと同じ、ということです。そう考えるべきです。

さて、最終プレゼンで登壇した方は、皆、熱のこもったスピーチをされましたが、中でも、フランス語でプレゼンをしたフリーアナウンサーの滝川クリステルさんが、

「お・も・て・な・し。おもてなし」

という「日本語」を紹介した場面は印象的でした。これ、「流行語」になるのではないでしょうか?

なんとなく、若い女の人が甘えていうポーズ、ちょっと...という感じもありますが、パロディーで使えますよね。たとえば、

「ろ・く・で・なし。ろくでなし!」

とか、

「ひ・と・で・な・し。人でなし!」

とか。いかん、いかん、なんだか似ているがイメージが違う言葉になってしまう。最後の「なし」のところを脚韻を踏むように5文字で言うとこうなってしまう。

『逆引き広辞苑』で「なし」の付く言葉を拾ってみましょう!

おお、500以上(519語)出て来た!その中から「5文字」のものを書き出します。

『開け放し、小豆梨、あずきなし、荒ごなし、有るか無し、意気地な無し、幼(いとき)し【稚(いときな)し】、色話、稚(いわけな)し、憂さ話、打ち放し、現(うつつ)無し、裏話、うわえなし、おおけなし、大話、おぎろなし、奥処(おくか)無し、幼(おときな)し、おとめなし、思い做(な)し、親げなし、及び無し、隠れ無し、敵(かたき)無し、頑(かたくな)し、蕪(かぶら)無し、ぎこつなし、ぎごとなし、結解(けかい)無し、気穢(けぎたな)し、玄圃(けんぽ)梨、心地無し、心做(こころな)し、心無し、事もなし、差しこなし、直話(じきばなし)、子細無し、下話、しだらなし、しどろなし、品々し、勝負無し、所詮(しょせん)無し、底ひ無し、空悲(そらがな)し、高話、他事無し、方便(たずか)無し、方便(たずき)無し、立ち話、便り無し(頼りなし)、序(つい)で無し、尽きし無し、辻噺、恙(つつみ)無し、艶(つや)話、つれもなし、出っ放し、手持ちなし、とけしなし、所無し、とりこなし、長話、何彼(なにか)無し、何が無し、何と無し、濡れ話、馬鹿話、計り無し、腹熟(ごな)し、引っ放し、人気(ひとげ)無し、人で無し、陰嚢(ふぐり)無し、待った無し、身の熟(こな)し、冥加(みょうが)無し、見る目なし、虫熟(こな)し、無駄話【徒話】、申し做(な)し、勿体(もたい)無し、持ち放し、物気(ものげ)無し、文句無し、止事(やごつ)無し、止事(やごと)無し、安げ無し、遣り放し、行方なし、ゆくりなし、夢話、与太話、陸(ろく)でなし【碌でなし】』

全部で、「96語」ありました!ああ、疲れた・・・。「い・く・じ・な・し!」

(2013、9、9)

2013年9月10日 13:43 | コメント (0)

新・ことば事情

5230「鋼板の読み方」

 

毎日放送のKさんから質問が。

「『鋼板』の読み方は『コーハン』?それとも『コーバン』?」

え?私は、

「コーハン」

「濁らない」と思っていましたが。(表記は発音のため「-」を使っています。)

辞書を引くと、見出し語で分けると、

*「コーハン」=広辞苑、三省堂国語辞典

*「コーバン」=明鏡国語辞典、精選版日本国語大辞典、デジタル大辞泉、新明解国語辞典、新潮現代国語辞典、

*「両方、載っていない」=岩波国語辞典、新選国語辞典

もちろん、見出しは片方しか載せていなくても、意味の説明の中に「コーハンとも」「コーバンとも」と両方書いてあるものも多いですが。

『NHK日本語発音アクセント辞典』では、

「コーハン」「コーバン」

の順番で載っています。

読売テレビのアナウンス部で聞いてみたところ、

*「コーハン」

(50代男)社名などの固有名詞でなければ、迷わず「コーハン」でいきます。ちなみにアクセントは「後半」と変わらず平板で読みますね。

(50代男)私は「コーハン」でしょう・・・か。「甲板員」と重なるイメージだからでしょうか?考え方にはいくつかあるのでしょうが、言いやすさが優先された例かと思います。

「看板、天板」は「ばん」、しかして、「合板(はん)」・・・これも「ゴウバン」とも言うか...「コーバン」となると、「交番」をイメージしてしまいそう。

(40代男)「コーハン」です。

*「コーバン」

(20代男)「コーバン」です。

(30代女)「コーバン」で読みたくなります。が、ニュースで「コーハン」で読んでいるのを聞いたことがあるように思います。

(30代男)私は「コーバン」で読みます。

という具合でした。サンプルの数は少ないですが、若い人は「コーバン」と濁り、年配の方が「コーハン」と濁らない傾向があるようですね。

(2013、9、6)

2013年9月 9日 17:33 | コメント (0)

新・ことば事情

5229「御すんぱいねぐ」

9月3日のNHKの朝ドラ「あまちゃん」。東日本大震災に遭遇した日という設定で、心配していたおばあちゃんが無事を知らせるメールを送って来たという場面。そのメール画面には、

「御すんぱいねぐ」

とありました。その後、

「お構いねぐ」

という文面も。これに関して、

「東北の人は、『文字まで訛る』ものなのか??」

と、ちょっと疑問に思いました。もちろん、関西人の場合はケータイメールの文面で、

「あかんわ」「行かれへんで」「心配せんといて」

など、関西弁をそのまま打つことは当然ありますが、東北の人もそんな感じなんでしょうか?知り合いにメールで聞いてみたところ、

「『方言コスプレ』(「方言」を「コスプレ」の様に演じる手段に使う)的なものであれば、文字も『なまる』し、若い人であればそのようにもすると思いますが、『夏ばっぱ』のような高齢の人がそのようなことをするかは、少々疑問ですね」

という返事が。私も、

「ケータイの文章は『音声言語の文字化』で、『書き言葉ではない』と思いますが、その意識は、せいぜい40代ぐらいまでではないでしょうか?それより上の世代は個人差はあっても、原則、『書く(打つ)文章は「書き言葉」で』と思っていると思うので、『気付かれない方言』以外の『方言』の出る幕はないのではないでしょうかね?」

という返事を送りました。でも、翌日の放送でも、

「お構いねぐ」

が使われていたので(回想シーンで)、原作・脚本の宮藤官九郎さんは「意図的に」使っているのだな。とそういう意味では、

「夏ばっばに『方言コスプレ』を演じさせている」

と言えるのではないでしょうか。

その後、また知り合いから届いたメールでは、

「40歳前後の東北出身女性に尋ねてみたところ、『高齢者でも、ありうるのではないか』とのことでした。そう考えると、高齢女性でもあのような打ち方をすることは、現代ではありうるのではないかと考え直しました」

とのことでした。

やはり「ケータイ」という道具は「書き言葉」ではなく「話し言葉を文字化する道具」と考えた方がいいのかもしれません。

あ、それと、東日本大震災直後から至る所で見かけた、

「がんばっぺ東北」「まげねぇぞ」「おだづなよ津波」

という横断幕やステッカーの文字も、方言でしたね。そう考えると

「御すんぱいねぐ」「お構いねぐ」

も、何の不思議もないのかもしれませんね。

(2013、9、6)

2013年9月 9日 10:56 | コメント (0)

新・読書日記 2013_147

『被災地から問うこの国のかたち』(玄侑宗久・和合亮一・赤坂憲雄、イースト新書:2013、6,6)

3人の著者(話者)の中で、一番ズシーンと伝わったのは、福島在住の詩人・和合亮一さんの話だった。高校教師であり、詩人である和合さん。本は講演を書き留めたものだが、その言葉を読みながらボールペンで赤線を引いていたら、ほぼ全部、赤線を引いてしまった。出演者からの質問で「高校教師はやめないのか?」という問いに対して「高校教師をすることと、詩人であることは両輪」というように答えていたが、これはわかる気がした。また、福島で被害に遭った地元の人25人にインタビューした本もあるという。まるでジャーナリストだ。その本も読むぞ!と思い、この本を読んだ後に本屋さんに注文したら、とっても分厚い本が届いた。


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(2013、8、15読了)

2013年9月 8日 11:55 | コメント (0)

新・読書日記 2013_144~146

『図書館の主(あるじ)4~6巻』(篠原ウミハル、芳文社:4巻=2012、12、29初版・2013、1、25第2刷、5巻=2013、5,1初版、6巻=2013、9、1初版)

 

1&2巻を読んで、その後、捜していたんだけど見つからなかったマンガ。芳文社だったのか!図書館の司書、しかも児童書の...というとっても変わったテーマの本。東京の三省堂書店(新橋)で見つけて、3巻までは読んだと思って「4巻から6(最新刊)」を購入したが、家に帰ると、3巻も読んでなかった。しまった!ちょっと話がつながらない。


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(2013、9、1読了)

2013年9月 7日 11:39 | コメント (0)

新・読書日記 2013_143

『悪の引用句辞典~マキアベリ、シェイクスピア、吉本隆明かく語りき』(鹿島茂、中公新書:2013、7、25)

 

この著者の本は非常にインテリ度が高くてハードルが高いのと、なんとなく趣味が合わない気がして、これまでちゃんと読んだことがなかったが、この本は、いい。でもこういった名言辞典に「吉本隆明」を入れているのは、吉本が「団塊の世代」へ与えた影響が、いかに大きかったかを物語っているのだろう。でも同じ「団塊の世代」でも、「呉智英」は、吉本隆明をめちゃくちゃこき下ろしていたが。

タイトルは「悪の」とあるが、全然「悪」ではなく、あきらかに「名言辞典」だと思うのだが。


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(2013、9、1読了)

2013年9月 6日 17:37 | コメント (0)

新・読書日記 2013_142

『ナショナリズムの誘惑』(木村元彦・園子温・安田浩一、ころから:2013、6、15)

 

在特会の取材をしている安田、東日本大震災後に映画「希望の国」を撮った園、そして旧ユーゴでのセルビアによる虐殺を取材した木村という、人間のアンダーグラウンドな「黒い一面」について興味を持ち、表現し続ける3人による対談。3人に共通する意識は、

「民族というのはフィクションだ」

ということ。そうだったのか!と目からうろこが落ちる思いだ。私も「民族とはなんだろう」と考えて来たのだが。これは、のちに読む白井聡の『永続敗戦論』(太田出版)にも同じようなニュアンスを感じた。

園子温監督の作品は、あの宮崎駿監督「風立ちぬ」と同じように「ベネチア映画祭」にエントリーされているそうだ。観てみたい。


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(2013、8、27読了)

2013年9月 6日 11:36 | コメント (0)

新・読書日記 2013_141

『開高健名言事典 漂えど沈まず~巨匠が愛した名句・警句・冗句200選』(滝田誠一郎、小学館:2013、6、3第1刷・2013、7、1第2刷)

夏休みにベトナムへ行った。ホーチミン。その際に泊まったホテルの「103号室」のドアの横に金属の銘板が貼られていて、そこには「この部屋には開高健が宿泊した」と書かれていた。「おお、そうだったのか!」と、日本へ帰って来てから、家の本棚に眠っていた開高健の本を読み出した。そして、たまたま寄った本屋さんの隅っこで目に留まったのが、6月に出たばかりで7月に増刷されているこの本。決して目立つところに置いてあったわけではないのに、売れているんだ。

これはたしかに「名言集」というか、開高健という「ひと」がわかる珠玉の言葉の数々が、収められている。

「教えるものが 教えられるのが 教育の理想である」

「男は具体に執して 抽象をめざそうとしているが 

女は抽象に執しながら 具体に惑溺していこうとする」

「大人と子供のちがいは 持っている玩具の値段のちがいだけである」

「何事であれ 取材費を惜しむと 仕事が痩せる」

「飲むのはつめたく 寝るのは軟らかく 垂れるのはあたたかく 立つのはかたく」

howはわかるけど whyはわからない」

「春の肉体に 秋の知慧の宿る 理屈があるまい」

「人の一生の本質は 二十五歳までの経験と 思考が決定する」

「右の眼は 冷たくなければならず、左の眼は 熱くなければならないのである。

 いつも心に 氷の焔をつけておくことである。」

「神」にまつわる名言も。

「神がサイコロを振ることはない」(アインシュタインの言葉)

「神とともに行け VAYA CON DIOS」(スペイン語の別れの言葉)

「神は細部に宿り給う」

などなど。中でも「開高健の言葉だったのか!」と思ったのは、

「明日世界が終わるとしても 今日私は(あなたは)リンゴの木を植える」

という言葉。もっとも、その後に読んでいる川本三郎の『そして、人生はつづく』(平凡社)(118ページ)によると、この言葉は、

「開高健が引用したことで有名になったルーマニアの作家ゲオルギューの言葉」だそうですが、日本でこの言葉を広めたのは開高健、というのは間違いないようです。ほかにも、

「月並みこそは黄金」(ル-マニアの諺)

というのもあって、開高健はたぶん、ルーマニアの作家たちと、何らかの交流があったのかもしれない。

この調子で行くと、全部抜き書きしてしまいそうだが、全部で200の言葉が収められている。これらはすべて、著者が開高の著作を読んで抜き出した、まことにアナログな作業から生まれた労作。最後の方に「開高が愛した言葉」も、付録のようについている。その2番目に出て来た言葉は「雲古」。昔、フランス文学者の渡辺一夫はペンネームを「雲谷斎(ウンコクサイ)」と名乗ったそうだ。「ウンコクサイ」と言えば、立川談志の戒名も「立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)」だったなあ。漢字がちょっと違うが。


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(2013、8、29読了)

2013年9月 5日 21:35 | コメント (0)

新・読書日記 2013_140

『本の雑誌2013年9月号~特集=いま校正・校閲どうなっておるのか!』(本の雑誌社:2013、9、1)

 

2013読書日記133で紹介した『増補版・誤植読本』を、『本の雑誌』の編集者も読んで「おもしろかった!」と思ったのではないか?本屋さんでこの雑誌を見かけてすぐさま購入。最初のページで『増補版・誤植読本』を紹介していた。その後、校正・校閲担当者の鼎談など。「そうそう、そうなんだよ」と、うなずきながら読めた。特集のタイトルが「~どうなっているのか」ではなく、「~どうなっておるのか」というのは誤植か?なんか、エラそうではないか。「大上段」に振りかぶって、この問題を取り上げるのだ!という意気込みが感じられる。この雑誌、何部ぐらい刷っているのかなあ。


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(2013、8、27読了)

2013年9月 5日 16:34 | コメント (0)

新・ことば事情

5228「『めくれ上がる』と『まくれ上がる』」

 

9月2日に、埼玉県越谷市と千葉県野田市近辺で起きた「竜巻」。その様子を伝えた翌日の「ミヤネ屋」の中継の中で、

「屋根がめくれ上がる」

という表現がありました。それを聞いて思ったのは、

「『めくれ上がる』と『まくれ上がる』はどう違うのか?」

ということ。これは、

「『めくる』と『まくる』の違い」

を考えることになります。

わたしの「語感」から言うと、

「めくる」=程度・規模が小さい

「まくる」=程度・規模が大きい

感じがします。

『精選版日本国語大辞典』「めくる」を引くと、なんと、

「まくる(捲)」の変化した語」

とあるではないですか!ということは、もともと同じ意味か!?ただ、「めくる」の用例は、

「名語記」(1275)

と古い。一方「まくる」を引くと、

「享和本新撰字鏡」(898901年頃)

と、やはりこちらのほうがさらに古い。のですが、用例は「杜詩続翆抄」(1439年)や「木工権頭為忠百首」(1136年頃)どちらも古いですねえ。ほぼ同じ意味で、使い分けについては書かれていませんでした。

(2013、9、3)

2013年9月 5日 11:16 | コメント (0)

新・ことば事情

5227「触車」

 

東京へ行く新幹線に乗っていたら、ニュースや広告を流す電光掲示板にこんな文章が。

「人が列車と触車したため、運転を見合わせています。」

この中の、

「触車」

という言葉、初めて見ました。「触手」は聞いたことがありますが。辞書(「精選版日本国語大辞典」)を引くと「触○」という言葉は、

「触手」「触鬚」「触礁」「触診」「触甚」「触接」

が載っていましたが、「触車」はありません。JRの用語なのか、電車業界の言葉かは分かりませんが、少なくとも一般の言葉でないのはたしかのようです。

グーグル検索すると(9月3日)、

「触車」=2万7400件

でした。そのトップに出て来た「ヤフー知恵袋」に今年の2月、

「触車事故って何ですか。人身事故とは違うんでしょうか。」

という質問が載っており、それに対するベストアンサーは、

「ほぼ同じ意味です。ただし、『触車』というのは国鉄当局が作り出した言葉であり、世間一般的にはほとんど通用しない言い方です。そうした事由から、『触車事故』という表現は、専ら内部文書に使われており、同じ事象でもプレス発表を行う場合やお客様に事故発生をお伝えする場合には主に『人身事故』という言葉を使います。」

というものでした。回答したのは関係者の方ですかね?詳しいです。さらに、列車に接触した人が軽傷」の場合は『人身事故』という重い響きの言葉を使わず、『列車との接触』というソフトな表現を用いるのだそうです。(事故報告書類上では、死亡も軽傷も『触車』と表現。)

電車の業界用語関連で、「平成ことば事情4535電車が詰まっている」「平成ことば事情2964電車が早着気味です」「平成ことば事情3057コウシュウの立ち入り」などもお読みください。

(2013、9、4)

2013年9月 4日 22:15 | コメント (0)

新・ことば事情

5226「母と彼女」

藤圭子さんが亡くなったことを受けて、8月26日に、娘の宇多田ヒカルさんが自身のサイトで初めてコメントを発表しました。その文章の中では、藤圭子さんのことを指して、「母」という表現と「彼女」という表現が出て来ます。

それはきっちりと状況に応じて使い分けられています。具体的には、

「8月22日の朝、私のは自ら命を絶ちました。」

彼女はとても長い間、精神の病に苦しめられていました。」

「何が彼女のために一番良いのか」

「幼い頃から、の病気が進行していくのを見ていました。」

彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。」

が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです。」

「誤解されることの多い彼女でしたが...」

「悲しい記憶が多いのに、を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。」

の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。」

というように、

=5回・彼女=7回

使われています。「主観的」に話す時は「母」、「客観的に」話す場合には「彼女」を使い分けています。しかも「彼女」と呼ぶときの宇多田さんの視点は、

「まるで、自らが藤圭子さんの母であるかのような・保護者としての視点」

のようにも感じます。

この「母」と「彼女」の使い分けで思い出したのは、やはり今年亡くなった、俳優の三國連太郎さんと、その息子・佐藤浩市さんの関係です。佐藤浩市さんも、父・三國さんへのコメントで、たしか、

「父」と「あの人」

を使い分けていました。

父や母が有名で偉大な人である場合で、その息子や娘もまた、才能を受け継いで活躍している時に、子が親を乗り越えることは、並大抵なことではないのだなということと、この二つのケースでは、「親」が「偉大」「天才」ではあるがゆえに「一般人・常識人」ではない生き方をしてきたことのツケが、子どもとの関係性に大きな影響を及ぼしているのだなというふうにも感じられて、「親子」という人間関係について、改めて考えさせられたのでした。

(2013、9、4)

2013年9月 4日 16:15 | コメント (0)

新・ことば事情

5225「移流」

 

9月2日、埼玉県越谷市・千葉県野田市近辺で竜巻が発生しました。被害に遭われた皆さまには、お見舞い申し上げます。

翌9月3日の「ミヤネ屋」で詳しく状況などをご紹介しました。

その中で、竜巻発生の原因を説明した中で、

「暖気の移流」

という言葉が出て来ました。その、

「移流」

という言葉にひっかかりました。おそらく「専門用語」なのでしょうが、テレビで紹介するには、のどにひっ掛かるような、微妙にわかりにくい言葉です。

「もっと分かりやすい言葉を使って」

と指示したところ、本番では、

「暖気の流れ込み」

という表現で放送されました。

グーグル検索(93日)では、

「移流」=12万7000件

でした。『精選版日本国語大辞典』を引くと、

「移流=広範囲の空気の層がほぼ水平に移動すること。地表近くの低い所でも、また上層部でも生じる。」

とありました。『デジタル大辞泉』では、

「移流=大気・海水中の水蒸気・塩分などの物質や圧力・温度・エネルギーなどの物理量が、その流れによって運ばれること。普通は、水平方向の移動をさす」

と詳しくありました。『広辞苑』にも載っていました。

「移流=(理)adovection」流体中に分散した物質やエネルギーが流れによって運ばれること。多くは水平方向の移動に用いる。」

と書かれていました。『明鏡国語辞典』『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』には、立項されていませんでした。

(2013、9、3)

2013年9月 4日 11:06 | コメント (0)

新・読書日記 2013_139

『司会・幹事段取りの仕方~話し方・マナー・演出のコツがわかる~』(ゴトウライタ、高橋書店:2010、6、15)

 

アナウンサー生活30年目、いまさら何でこんな本を買わなくてはならないのか?

そうですね、最近は結婚式の司会の仕方も変わってきているし・・・というわけではなく、「忌み言葉」について調べていたので、参考のために購入。見開きで「忌み言葉と、その言い換え」の一覧が載っていたので買ったのです。これは勉強になりました。最近の結婚式などでは、以前ほど「忌み言葉」を気にしないとは思いますが、一応、知識としては、ね。知っておいた方がいいです。しかしこの本、なかなかよくまとまっています。結婚式の司会をしようという方、ぜひ読んでみてください。書かれていることは、私たち「プロ」から見れば「当たり前」のことですが、「じゃあ、こんなにわかりやすくまとめて書けるか?」というと、なかなかこれは無理。よくまとまっています。

 


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(2013、16読了)

2013年9月 3日 11:47 | コメント (0)

新・読書日記 2013_138

『日本人の知らない日本語(4)海外編』(蛇蔵&海野凪子、メディアファクトリー:2013、8、2)

 

人気漫画エッセイの第4弾。

今回は著者二人が海外に出て行って、それぞれの国で行われている「日本語教育」の現場を体験するという、なかなか豪華なもの。(取材費用などはどうなっているのだろうか?これまでのシリーズが売れたから、自腹?)

「日本語」って、結構、世界中で人気があるんだなあ・・・と、普段は気付かないことに気付きます。「外から眺める日本語」ってどういうものなのか、という"新鮮な視点"で読むことが出来ました。


star4

(2013、8、16読了)

2013年9月 2日 19:39 | コメント (0)