「時鮭」
のシーズンに入った5月初旬、2013年5月10日の読売テレビのお昼のニュースで「時鮭」が大阪中央卸売市場に入荷し、初セリが行われた様子を伝えていました。
「トキシラズ」
とも呼ばれるこの魚、担当のYアナウンサーから、
「辞書を引くと、『トキザケ』と濁った読み方しか載っていないのですが・・・」
という質問を受けました。『広辞苑』を引くと確かに、
「トキザケ」
と濁って見出しに出ています。過去にこのニュースを読んだとき、私はずっと、
「トキサケ」
と濁らずに読んできました。また、このニュースを取材した記者の原稿にも、
「トキサケ」
と濁らないルビが振ってあります。
なぜ辞書は濁っているのかはわかりませんが、「秋鮭」もやはり「濁って」
「アキザケ」
となっています。(「時鮭」「秋鮭」を見出しに採用していない辞書も多いですが)
東西の違いで言うと「サケ」か「シャケ」かの問題はよく言われることなのですが、「サケ」「ザケ」も東阪の差があるのでしょうか?
また「鮭」と「酒」との区別を付けるために「濁る・濁らない」の違いがあるのでしょうか?わかりませんが。
結局、この日のお昼のニュースでは、「濁らず」に、
「トキサケ」
で放送しました。(読みもスーパーも)同じ日のABC(朝日放送)のお昼のニュースも、
「トキサケ」
と「濁っていません」でした。
各社の知り合いに「濁りますか?濁りませんか?」とメールで聞いたところ、
NHK・OBのSさんからは、
「NHKでは特に決めていませんが、(私は)『トキザケ』と連濁し『平板アクセント』で読むと理解しています。しかし最近は(この20年ぐらい)、連濁をしない例が見られます。鮭については『塩ざけ』を『シオサケ』という人がいます。『回転寿司』も『回転すし』と表記している店が増えています。いろいろと考え合わせると、『Z音になる連濁は嫌われ始めている』と言えるかもしれません。『牡蠣』も『なまかき』というのを見たことがあります。連濁、連声は見た目の通りのつながり方に変化しているのかもしれません。『ウ音便』の衰退とも関連するのでしょうね。」
と、大変、専門的なご意見を頂きました。ありがとうございます。
静岡放送OBのKさんからは、
「個人的見解です。私は『トキサケ』と清音で読みます。『秋鮭』も『アキサケ』と清音です。濁ると気持ち悪いですね。」
とのこと。その感覚、私も分かります。
ABC(朝日放送)のAアナウンサーからは、
「『時鮭』ですが、弊社のニュースでは『ときさけ』と濁らずに読んでいます。ちなみにこの日の朝日新聞夕刊の記事でも、こちらは漢字を使わずに「トキサケ」と濁っていないカナ表示での扱いがあります。今回の道浦さんのご指摘にあるように、私もこれまで、何の 疑問も持たずに『ときさけ』だと思っていました、というより思っています、今でも。(笑)辞書表記が濁っていることに初めて気づいたような次第です。何の根拠も見出せませんが、『時鮭』は『ときさけ』で濁らないのが普通かと思うのですが・・・?」
Aさんも私と同じ感覚ですね。ちなみに5月10日の日本経済新聞夕刊の見出しと本文も、
「大阪で時サケ初セリ」
と、濁らない「時サケ」でした。
福岡放送のKアナウンサーからは、
「福岡県の遠賀川がサケ遡上の南限で、『帰ってきても数匹』いう魚です。頻繁に使う言葉でないので、過去のローカルニュース原稿に見当たらないと思います。アナウンス部員にも聞いてみます」
ということで、実際に聞いてみてくれたところ、こんな答えが返って来たそうです。
『難しい。ルビに濁っていない『トキサケ』と書いてあったら、辞書には『トキザケ』と濁っていると指摘して、デスクと相談する。『広辞苑』には『トキザケ』と濁って載っているが、『大辞泉』では両方併記されていた。ちなみに、FBSの記者パソコンで『トキサケ』と濁らずに入力すると、一発変換されるが、『トキザケ』と濁って入力すると、分割変換される。理由はわからないが・・・。北海道に住んでいた人間としては『トキサケ』と濁らない気はする。一方、『秋鮭』は『アキサケ』と濁らない読み方で間違いないと感じている。辞書には載っていない言葉。新聞でも、濁らない『秋サケ』が使われている。』
また、NHKのHさんからは
「NHKのニュースでは数回しか出ていませんが、いずれも『トキサケ』と濁らずに読んだようです。1つは何年か前の大阪中央卸売市場のニュースで、多分、市場でそう呼んでいたのでしょう。また札幌でのAPECで出された料理のメニューに、『時サケのムニエル』があったそうです。ただ『トキザケ』を×にはできないでしょう。」
とのこと。
さらに、NHK放送文化研究所のSさんからは、
「連濁関連で最近よく思うことは、ある資料に『トキサケ』と書いてあったとしても、それを全員が『トキサケ』と読むとは限らないということです。『トキザケ』と書いてあれば間違いなく『トキザケ』ですが、『トキサケ』の場合には『トキサケ』『トキザケ』両方とも読む(どちらでもかまわない)という人が、相当数を占めるものと思います。
東西差は特に表れなかったように記憶しています。
私は、たとえばネット検索ほかの方法で、仮に『トキサケ』が多い、という結果になったとしても、それをそのまま『どう読むか』の結果には使えないのではないかと思っています。(個人的には、読めと言われれば〔トキザケ〕と発音するように思います。)
また、連濁するかどうかによって、同音異義語を区別するたぐいのものもありますが、『鮭』『酒』はこれにはあたらないように思います。」
というご意見を頂きました。「表記と発音が一致しないケース」が「連濁」の場合(特に清音で書かれたものの発音に関して)はあるというご指摘です。ますます迷宮に迷い込みそうです。
また、MBS(毎日放送)のFアナウンサ-からは、
『MBSは『ときさけ』と濁らずOAしました。個人的には『ときざけ』と濁ると思っていたのですが、取材相手が『さけ』と濁らないと言ったそうで、MBSでも記者が『さけ』でルビを打っていました。これまでどうだったかがわかりませんが、私の記憶では『濁って』読んでいたと思います。理由は・・・わかりません。』
とのことでした。
テレビ大阪のCアナウンサーからは、
「うちのニュースでは『トキサケ』でOAしました。原稿およびスーパーも『トキサケ』のルビ入りでした。」
とのこと。
「サケ」の地元・北海道はどうなのか?STV・札幌テレビのAアナウンサーに聞いてみたところ、
「『トキサケ』と、濁りません。標準語かどうかは分かりませんし、そもそもこの鮭の種類に標準語があるのかも不明ですが、北海道では、私の知る限り『トキサケ』で大丈夫だと思います。また、『秋鮭』も『アキサケ』と、STVのニュースでは濁りません。『トキサケ』も『アキサケ』も、(北海道の)他の局でも同様です。『シャケ』ではなく、こちらでは『サケ』です。でも最近は、温暖化で海水温が上がって、鮭の定置網に高級魚の『ブリ』(出世した段階での本当のブリのサイズ)が揚がって、妙な事になっています。鮭よりも市場価格は高いのですが、『筋子(バラす前のイクラ)』が入荷しない加工業者は大変です。稚内に近い港で『ブリ』ですから・・・大丈夫なんだろうか、オホーツク海は・・・。」
ということで、北海道では「濁らない」ようですね。でも・・・その「サケ」の定置網に「ブリ」か掛かるとは!「濁る・濁らない」よりも、そちらの方がはるかに問題ですね、こりゃ・・・。
(2013、6、17)
(追記)
6月の用語懇談会放送分科会で、東京のテレビ局の用語担当者にも聞いてみたところ、全社、
「特に読み方は決めていない」
とのことでしたが、「もし出て来たら?」ということについては、
(NHK)過去の原稿では2件だけ出て来て共に「サケ」と濁らなかった。辞書はほとんど「ザケ」と濁るが、『大辞泉』だけ「サケ」と清音。
(日本テレビ)濁らない「サケ」が多い気がする。
(テレビ朝日)個人的には「ザケ」と濁る。でも「時ジャケ」と言ったほうがおいしそうな感じなのでフリートークなら「ジャケ」と言う。
(TBS)過去の原稿では3件。すべて「ザケ」と濁っていた。それぞれの取材先の団体は大阪市水産物卸売組合、札幌市豊平川水産センター、マルハニチロだった。(この部分、ちょっと聞き逃したので、正確な団体名かどうかわかりません)
(テレビ東京)フリートークなら「ジャケ」。
(フジテレビ)過去の原稿を検索しても出て来なかった。読み方は原則、取材先に聞くことにしている。」
とのことでした。
(2013、7、1)