新・ことば事情
5034「伝統」
2013年2月18日の読売新聞のコラム「翻訳語事情」で、東京大学教授の齋藤希史(まれし)さんが、
「tradition(伝統)」
について書かれていました。それによると、今ではどんな辞書も、
「伝統」
と訳しているが、明治から大正にかけての英和辞典では「tradition」は、
「口伝」「伝説」「交付」「引渡し」
等を充てるのが一般的で、大きな辞書によると、
「慣習」「因襲」
も見られたが、
「伝統」
という訳語は、まず見られなかったそうです。
ここまで読んで、「へー」と思いました。
そもそも「tradition」はラテン語の、
「tradere(渡す、伝える)」
に由来するそうです。
一方で、「伝統」という漢語自体は、『後漢書』東夷伝にも出て来る古い言葉で、意味は、
「血統や学統を伝えること」「伝えられた血統や学統のこと」
だそうで、いわば、
「系図に示すことができるようなもの」
を指す「系統」の意識の強いものなんだそうです。
その両者が結びつくのは、大正も半ば以降のこと。「自然主義」に対する「伝統主義」や、「民族の伝統文化」のような使い方が目立ってきて、
「守るべき価値のあるものであることを強調するため、単なる伝承や伝説を越えたもの」
として、
「伝統」
が登場したと考えられると。そして、昭和に入ってからますます使われるようになったのは、日本の「伝統」が連綿と続くものとして強く意識された時代だったからだと、齋藤教授は記します。現在でも「伝統」と言えば「守る」イメージが強いですが、本来は「伝える」ことにあるんだそうです。さらに、
「その『伝統』は伝えるに値するものなのか?『統』を守ることにこだわって、本当に伝えなければならないことを見失っていないか?その問いを忘れてはならない」
と齋藤教授は結んでいます。
改めて「伝統」という漢字を見つめると、
「伝える」「統(す)べる」
という二つの意味を持つ漢字の組み合わせなんですね。
「伝統とは『伝える』ものなり」
「伝承」に近い意味合いだったのかなあ。
読売テレビアナウンス部でも「言葉の意味や背景について考える態度」を「伝統」にしたいと思います。