新・ことば事情
5024「フクシマ」
<2012年4月に書きかけました。当時は「平成ことば事情4540」でした>
きょう3月11日で、東日本大震災から丸2年です。早いようで、長い・・・。
正直なところ、大震災からの1年は本当に心が重く、長い1年でしたが、その後の1年間というのは、早かったような気がします。やはり少しずつ「記憶が薄れて」来ていることは否めません、状態は全然変わっていないのに・・・。「風化」というものでしょうか・・・。
やはりきょうは、「東日本大震災」関連の話を書いておかねばならないでしょう。
2011年11月に、青森市で開かれた新聞用語懇談会・秋季合同総会で、ある委員から、
「カタカナ表記での『フクシマ』には、『ヒロシマ』『ナガサキ』の原水爆禁止運動につなげようという意図が感じられる場合もあり、カタカナ表記は慎重にすべきではないか?」
という意見が出ました。これに対して、私は、
「カタカナ表記の『フクシマ』は、福島原発で勇敢に働く作業員たちを指して、外電が『フクシマ50』と伝えているという、外電の意味合いであったのではないか?」
と答えました。たしかにそういう面もあるようですが、反原爆運動とのつながりもあるようです。これについて、原発の地元「福島民報」の委員が、
「カタカナは、ショッキングなイメージがある。我々は漢字の『福島』に住んでいるのであって、カタカナで『フクシマ』と表現されることには違和感を覚える。外国人は(アルファベットであって)、カタカナでも漢字でも意味はない」
という意見を述べました。
福島県三春町在住の僧侶で作家の玄侑宗久さんの著書『無常という力~「方丈記」に学ぶ心の在り方』(新潮社:2011、11、25)の中では、
「フクシマ」
とカタカナでの表記が出てきました。
また、阪神大震災を経験した前・大阪大学総長の哲学者・鷲田清一さんと、東日本大震災を経験した福島県立博物館館長で東北学の権威・赤坂憲雄さんの対談集『東北の震災と想像力~われわれは何を負わされたのか』(講談社:2012、3、8)の第5章「われわれは何を負わされてしまったのか」(最終章)の最後の項目のタイトルは、
『「フクシマ」から「ふくしま」へ』
というもので、
「広島の美術館では、ひらがなで『ひろしま』と表記するようになっていると。もう昔の漢字の『広島』へは戻れないが、カタカナの『ヒロシマ』を内包して、自分たちに固有の都市像を抱きたいと願って、ひらがなにしたんじゃないか」
と鷲田さんは想像します。また、赤坂さんは、
「福島は今カタカナの『フクシマ』だけど、いつかひらがなの『ふくしま』を遠望できるような道筋を探したい」
と話し、実際、2011年11月11日~13日に開いた「草の根会議」のタイトルを、
「ふくしま会議2011」
という「ひらがな」の「ふくしま」にしたそうです。
福島の人たちの声を一つでも二つでもすくいあげて世界に発信する、そのときに「カタカナ」の「フクシマ」でなく、やわらかく溶かすために、「ひらがな」の「ふくしま」にしたとのことでした。
一日も早く「フクシマ」から「ふくしま」「福島」に戻れる日を、応援していきたいと思います。