新・読書日記 2013_052
『デブ、死ね、臭い!を乗り越えて』(細山貴嶺、マガジンハウス:2012、3、8)
ちょっと太めの子役で10年ほど前からテレビ番組でよく見かけた細山くん。「細山」なのに太っているって・・・昔、「細野」という名字の、とっても肉付きのよい後輩がいましたが、初対面でも、たいていの人に一発で名前を覚えてもらっていました。
その細山君、学校でいじめられていたんだって。現在は、高校3年生、かな。
これは去年出された本で、今は「ダイエット」に成功して、全然太っていないよ。いかにして「いじめ」の中で生き抜いたかが記されています。
私も幼稚園の時から小学校の低学年までは、よく「デブ」と言われました。今はたぶん言わないであろう「百貫デブ」ってのも言われた。「百貫」というのがどのくらいの重さかもわからずに、みんな使ってたんだろうな・・・。小学3年の時に、クラスやその周辺の同学年の人たちに「無視」されたのはつらかったけど、家の近くの友達や、サッカースクールなど、いくつか「学校以外の生きる場所」があったので大丈夫だったけど、「学校」「学級」しか生きる場所がなかったら、もっとつらかったと思う。
中学の時も一部の人によく「いじられた」。これは多少うっとうしかったけど、他にやること、頼るべき自己(自分自身)があったので「また、バカがやってるわ」と無視したので、どうということはありませんでしたが。
「いじめ」の問題は、今読んでいる重松清の『十字架』という作品にも描かれていますが、まさに「重い十字架」だ。中学の時に私を「いじって」いた女の子は、卒後20年以上たった同窓会で「謝りたい」と言ってきて、「あの時は本当にごめんなさい」と。こっちはそんなこと全然気にしてないのに、彼女の方に「重い十字架」があったようだった。その彼女は、なんと子供を教える仕事に就いているという。