新・ことば事情
4930「与太郎のアナウンス研修」
アナウンス部の後輩たちの失敗、放送に出なければ「笑い話」で済みますが、出てしまうと大変です。でも、時々出てしまうことがあります。いろいろと教育をしているつもりですが、100%防ぐことはとても難しい。だからと言って、注意してばかり、叱ってばかりでは萎縮してしまう・・・そこで、笑いながら「ああ、あれは間違いなんだ!」と気付いてもらい、印象付けるにはどうすればいいかと考えて、失敗談を「落語風」にしてみました。落語で、失敗をする人と言えばやはり「与太郎」。そこで、与太郎がアナウンサーを目指したら・・・というお話を作ってみました。
与太郎(与太)「こんちはー」
ご隠居「おや、与太郎か。まあこっちにお上がり」
与太「言われなくても、もう上がってらい」
隠居「なんだね早いね、どうも」
与太「ご隠居さん、おいら仕事に就こうと思うんだ」
隠居「それは、お前さんにしては、なかなか見上げたもんだね。で、どんな仕事に?」
与太「『ア』が付く仕事だよ」
隠居「『ア』が付く・・・それは夜働く仕事かい?」
与太「早朝も働くけど、夜も働くね」
隠居「・・・泥棒だな?」
与太「なんで泥棒なんだよ!『ア』が付いてないじゃないか」
隠居「じゃあ、『朝泥棒』」
与太「そんな仕事、無いよ!大体、立場が逆じゃないか、古典落語と!」
隠居「おやおや、少し見ない間に、お前さん勉強したね。で、その『ア』の付く仕事ってえのは、なんだい?」
与太「アナウンサーだよ!」
隠居「アナウンサー!?あのアナウンサーかい?ニュースを読んだり司会をしたりする。『穴があったら入りたいさー』の間違いじゃないのかい?」
与太「ニュースを読んだり司会をしたりする、そのアナウンサーだよ!」
隠居「でもアナウンサーの試験は難しいんだろ。勉強はしたのかい?」
与太「エッヘン!・・・全然してない。」
隠居「それじゃあ、受からないじゃないか」
与太「だからここに勉強しに来たんだい。ご隠居さん、おいらをアナウンサー試験に受かるように訓練しとくれよ!」
隠居「おやおや、たまに顔を見せたと思ったら、そういうことかい。しょうがねえなあ、こいつは」
与太「"しょうが"なくても、"福神漬け"があらい!」
隠居「だれが漬物の話をしたよ。口だけは達者だな」
与太「口が達者だから、アナウンサーになるんだい!」
隠居「わかった、わかったよ。アナウンサーの訓練ってやつをやってやるよ。これでも昔はアナウンサーで鳴らしたんだ」
与太「え!ご隠居さん、アナウンサーやってたのかい?」
隠居「ああ、小学校の放送部でな」
与太「なぁんだ、小学校か」
隠居「なぁんだってヤツがあるか。お前さんよりはずっと上だ。それじゃあ、私について
同じように言ってみろ。『アメンボ赤いな、アイウエオ』、ハイ!」
与太「・・・」
隠居「どした?続けて同じように言ってみろ。『アメンボ赤いな、アイウエオ』だ」
与太「ご隠居さん」
隠居「なんだ?」
与太「ウソを言ちゃあいけない」
隠居「何がウソだ、人聞きの悪い!」
与太「だって・・・アメンボって・・・赤いかい?」
隠居「なんだ、そんなところで悩んでやがる。いいんだよ、そんなこたあ、口と舌が回る練習の文章なんだから」
与太「でもさあ・・・アメンボは・・黒いよ」
隠居「だーかーらー。滑舌練習なんだよ」
与太「ウソは良くないな。真実を報道するアナウンサーがウソのことは言えない!」
隠居「あーうるさい、わかったわかった。じゃあこうしよう、
『アメンボ黒いな、アイウエオ』」
与太「それならいいや。『アメンボ黒いなアイウエニョ...』あたッ。舌かんじゃった!」
隠居「どうしようもねえなぁ、ほんとに」
与太「ご隠居さん」
隠居「なんだよ、今度は」
与太「こんなアメンボの話じゃあなくて、ニュース原稿の練習をさしておくれよ」
隠居「なんだか生意気だね。じゃあ、これだ、読めるものなら読んでもらおうか。ホラッ!」
与太「パナソニックは、カミ半期の業績を『カミガタ』修正しました」
隠居「『カミガタ』修正じゃないよ、床屋じゃあるまいし」
与太「でも『上』に『方』と書いたら『カミガタ』だろ。『カミガタ落語』に『カミガタ漫才』、『カミガタお笑い大賞』は読売テレビだ」
隠居「ヘンなところに妙にくわしいね。でも『カミガタ』じゃあない」
与太「え?じゃあ『ウエガタ』?」
隠居「そうじゃあーねえよ。『ジョーホー』って読むんだよ」
与太「ああ、ジョーホー化社会」
隠居「シャレてんじゃないよ、そんな漢字も読めないくせに。じゃあこれはどうだ?スポーツニュースの原稿だ」
与太「ドラフトの目玉は、甲子園を沸かせた『ミギウデ』です」
隠居「それは『ミギウデ』じゃないよ」
与太「え?『ヒダリウデ』」
隠居「バカッ!『左』のわけねえじゃねえか」
与太「この漢字は『ミギ』だろ?」
隠居「『ミギ』だね」
与太「で、こっちは『ウデ』でしょ」
隠居「『ウデ』だね」
与太「じゃあ、『ミギウデ』で合ってるじゃねーか。ほんとにいじめやがって。教育委員会に言いつけてやる」
隠居「そういうことは知ってやがるんだ。あのなあ、漢字には『音読み』ってえのと『訓読み』ってえのがあって、この場合は野球のピッチャーのことだから『音読み』で『ウワン』って読むんだよ」
与太「(怒って)そんなの『ミギウデ』でも『ウワン』でもわかりゃあ、いいじゃないか!」
隠居「何、怒ってやがるッ。お前さんが教えてくれと言ったから、教えてやってるのに、なんだ、その態度は!(ポカッ)」
与太「ウワーン、ご隠居さんが殴ったあー、ウワーン、ウワーン(右腕)!」
隠居「そうそう、最初から、そう言えばいいんだよ」
(了)