新・読書日記 2012_203
『島へ免許を取りに行く』(星野博美、集英社インターナショナル:2012、9、30 )
「週刊文春」の酒井順子の書評欄で取り上げられていて、興味を持って読むことにした。著者の名前は、以前、ノンフィクションの賞を取ったことで名前と存在だけは知っていたが、初めてこの著者の本を読んだ。
東京に住む40代の独身女性(40代女子)=著者は、愛猫が死んだことや何やらもろもろあって、自動車の免許を取ることに。「スローフード」ならぬ「スロースクール」のような教習所を求めたと。しかし決して運転に向いているとは思えない自分が、納得して免許を取れる自動車教習所を探したところ、「馬に乗れます」という長崎・五島列島の自動車教習所の「合宿免許」を受けることに。なかなか思い切った判断です。「自動車」じゃなく「馬に」乗りたかったのか?馬の免許ってあるの?そこからのドキュメントとおぼしき話は、とっても興味深い。
「先生、レバーが動きません!この車、壊れているんじゃ?」
「ワイパーはカチッと回すと」
こんな生徒を相手に怒らずに教える先生は、エライ!
しかし、さすが作家、よく客観的に、こんなにおかしな自分のことを、面白く書けるなと感心。やはり「物書き」は、自分を客観視できないとダメである。
そしてこの教習所に集まる、著者から見れば娘・息子に近いであろう若者たちが、「島」だからこそ(軽く明るく見えても)とても重い人生を背負い込んじゃっている様子が見えてくる。実はこのエッセイ(物語)、「日本」という国の「過疎」や、「地方と都会の問題」のルポでもあるのではないか。都会から期間限定で来た人には「自然がいっぱいで、いいところだ」と思うかもしれないが、ここで働いて食べていかなくてはならない人たちにとっては、ものすごく狭く重い牢獄のようなところなのかもしれない。実はこれは気の持ちようのところもあるが、明るく気を持つには、やはり先立つモノが...生活が立たないとダメであることも、たしか。そうだ、そういえば、この前読んだ『つるかめ助産院』(小川糸、集英社文庫)も「島」のお話だった。都会から逃れる(都会人にとって現実から逃避する)場所は「島」なのか?でも「島」の人には「島」が「現実」であり、そこから逃れるには「都会」へ出ていくしかない・・・。うーん、難しい。
ま、それはさておき、"人生の達人"の教習所の教官や島の人たちとの交流なども含め、たった4週間しかいなかったとは思えない、2年ぐらいはいたかのような物語は、とてもほのぼのとするし、「仮免」とか「見きわめ」とか「坂道発進」などという言葉と教習の様子は、私が免許を取りに教習所に通っていた30年ほど前を懐かしく思い出させるお話でもあった。免許取得後に、老父に助手席に乗ってもらって路上の練習をするシーンがあったが(私も、先に免許を取った弟に横に乗ってもらってよく練習をしました)、その中で、父が「もみじマーク」を付けるのは「プライドが許さない」ようで、頑として受け付けなかったという話、分かる気がした。しかし、初心者の「わかばマーク」を付けていただけでは、他のドライバーは誰も道を譲ってくれなかったのに、「わかば」と並べて「もみじマーク」を張った途端、他車はみな道を譲り、車間距離を取るようになったので運転しやすくなったという話は笑った。これも、わかるわかる。その項目のタイトルが「わかばともみじ」という、「古い演歌コンビ」みたいなのも、おかしい。
印象に残ったシーンは、
155ページ、運転はメリハリが大切という話で、
「メリハリというのはつまり、大胆と慎重、勇気と臆病、自信と謙虚といった二つの正反対の価値観を使い分けるってことですか?」
「すごく難しく言えば、そういうことです」
という会話や、19歳のガラパちゃん(=ニックネーム)が、実は3歳の娘がいるシングルマザーで、仕事を探すために免許を取りに来ていると。そして今年の春に母が52歳で死んでしまい、父と兄は関東に出稼ぎに行っているという話で、ガラパちゃんが、
「ガキ同士で結婚して、ガキがガキ産んだら悲惨ですよ。ガキだから、そんなこともわからんかった」
「自分、普通の人が一生かけて経験することを、この歳で全部やっちゃったって感じです。この先、いいことなんてあるんですかね?」
ウムム・・・重い・・・。
この本、ゼッタイ、オススメです!
(追記)
そういえば昔、先輩で、やはり30代後半か40代ぐらいになってから、免許を取りに教習所に通い始めた人がいた。しかしこの人は結局、免許を取るのは諦めたそうだ。というのも、教官に「じゃあ、発車して」と言われて発車すると、いきなり車はバックし始めて(ギアがバックに入った)、助手席の教官が前につんのめってフロントガラスで頭をぶつけたとか、坂道を登っていると赤トンボがツイーっと飛んできてクルクルと回ったかと思うとボンネットの上に止まった・・・というぐらいのノロノロ運転だったとか、とにかく運転には向いていなかったらしい。人生、いろいろである。