新・読書日記 2012_187
『私がケータイを持たない理由』(斎藤貴男、祥伝社新書:2012、10、10)
もう日本人の人口を超えて普及しているケータイ。つまり「1人に1台以上」だ。その中で「ケータイを持っていない」というのは、かなり勇気が必要。年配の人はともかく、普通の年代の大人であれば「変わった人だ」と見られることが多いと思う。私も最初ケータイを持つまでは、「しばられたくない」という気持ちがあって、ずいぶん長いこと、持たなかったのだが、やはり報道の仕事にいて、事件・事故があった時に速報する手段としてケータイ電話は必要だろうと思って持ち始めた。そして、子育てをしながら働くためには、子供の保育園の送り迎えなどの連絡のためにも、メールや電話は必要不可欠になっていった。陰謀論ではないが、確かにGPSなどの機能が付いて、より便利になればなるほど、より個人情報が吸い取られていっている現状は、ちょっと立ち止まって考えてみると、ある意味、恐ろしい状況ではある。この本では「ケータイ電話」と「パソコン端末としてのケータイ機器」の話が、ちょっとゴッチャになっているところもあるが、より問題なのは後者だろう。いつのまにか至る所に平然と「防犯」のために張り巡らされた「監視カメラ」と、Nシステム、そしてケータイのGPSで、我々は常に捕捉されている。そんな中で個人のプライバシーってどうなるんだろう?と、少しは考えるきっかけにはなる本。
star3_half