新・ことば事情
4852「『しまい』か?『すまい』か?」
(書きかけのまま、ほったらかしになっていました。)
2011年3月3日の読売新聞朝刊の「編集手帳」。先日亡くなった与那嶺要さんとイチローを比較していました。その最後にこんな文章が。
「きっと、お二人とも怒りはしまい。」
あれ?語尾は「しまい」?「まい」は文語体なので「すまい」では?と思ったのですが・・・。
こういうことに関してはやはりこの人に聞いてみよう!と、NHK放送文化研究所の塩田雄大さんと早稲田大学講師の飯間浩明さんに質問メールを送ったところ、お返事が来ました。まず、塩田さんは、
『添付した文化庁の『言葉に関する問答集』に従えば、「しまい」が本来、「すまい」「するまい」も許容、というようになるでしょうか。ご参考まで。』
飯間さんからは、
『「しまい」「すまい」の問題については、塩田さんご引用の文化庁の文章で、尽くされていますので、以下は蛇足です。道浦さんが本則でなく、むしろ許容の「すまい」をお選びになったのが興味深く存じます。私も、自分の文章を見ると、「理解しまい」でなく「理解するまい」を使っています。なんだか、「しまい」は古い感じがするのです。ただし、前後の文脈にも影響されます。「忘れはしまい」「忘れはするまい」のどちらを使うかというと、私の場合、「忘れはしまい」を使うような気がします。直前に「は」が来ると、「しまい」になりそうな感じがします。文化庁の文章では、「見るまい」でなく「見まい」が「伝統的・規範的」と言っていますが、伝統を言い出すなら、もともと「まい」は「まじ」であり、「まじ」は動詞終止形につくのですから、「見まい」「しまい」より「見るまい」「すまい」のほうが「伝統的」だとも言えます。方言の影響もあるかもしれません。地域によって接続のしかたに好みが分かれるというようなことはないでしょうか。』
これに対して私は、
『 私は「忘れは・・・」ときても「すまい」ですねえ。「しまい」だと「他人事」っぽい感じで、自らの意志を感じさせるのは「すまい」であり、「すまじ」ですね。「しまじ」と言うのでしょうか?聞いたことがないような・・・。』
と返事をしたところ、飯間さんからは、
『「自分の意志」なら「忘れはすまい」、「他人事」なら「忘れはしまい」とおっしゃる点、分かります。「自分か、他人か」で違うという面がありそうな気が、私もします(そういう説明を聞いたことはないのですが、ありそうです)。』
というお返事が。さらに『「まじ」は動詞終止形につく』と言うjことに関して、
『「まじ」は終止形に付くのですか。マジ?そうすると「するまじ」「すまじ」で、「しまじ」とはならないのですね?「まい」と「まじ」は接続の仕方が違うのでしょうか?同じように考えていたのでが・・・』
と問うたところ、飯間さんから
『マジです。たとえば「源氏物語」なら
〈ともあれかくもあれ、人見るまじくて籠りゐたらむ女子を〉(篝火)
とあります。終止形「見る」に「まじ」がついています。もし連用形につく
なら「見まじ」ですね。
ところが、「平家物語」の時代になると、有名な「宇治川の合戦」の場面で
〈この河は近江の水海の末なれば、待つとも待つとも水ひまじ。〉
と出てきます。「干(ひ)るまじ」とはならず、「干(ひ)まじ」と、「まじ」が「干る」の連用形についています。「ことばの乱れ」ですね。
「まじ」から「まい」が生まれたのは、この時代以降なので、「水は干(ひ)ないだろう」を「まい」を使って言えば「水は干(ひ)まい」になるのは当然ではあります。しかし、「源氏物語」の時代ならば「干るまじ」だったわけなので、それを「まい」に変えて「干るまい」と言っても、悪くは"あるまい"と思います。
ちなみに、「す」に「まじ」がつくときは、「源氏物語」ならば終止形について「すまじ」でしたが、「平家物語」の頃には「せまじ」と、未然形「せ」につくようになりました。「宇治拾遺物語」に、
〈ものうらやみは せまじきことなりとか〉
とあります。これは江戸時代以降まで引き継がれて、歌舞伎「菅原伝授手習鑑」寺子屋の場でも、
「せまじきものは宮仕えじゃなあ」
と言っています。「源氏物語」のように終止形につくなら「すまじきものは」、となるところです。口語でも、「東海道中膝栗毛」に、
〈もしや橋の上から、どんぶりとやりはせまいかと〉
と、「せまい」の形が使われています(これは少数派か多数派か知りませんが......)。
というわけで、「する」+「まい」を使うとき、私は「せまい」「しまい」「すまい」「するまい」のどれを使おうか、非常に迷います。』
という、非常に幅広い教養に裏打ちされた御講義をメールでいただいたので、遅ればせながら記録しておきます。ありがとうございました!